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考える人々 青山 裕都子さん ・橘 真さん ・内田 樹さん ・藤田 功博
いよいよ朝夕冷え込む時期になりましたがお元気でしょうか。

昨日、ニュースを見ていたら、大学生の就職内定率が過去最低を更新したそうです。

内定をもらえなかった学生は、アルバイトをして次年度の採用競争に参加する、留年する、のどちらかの進路を取ることになります。

いったんフリーターになって、次年度の採用に参加しても、希望はきわめて小さい場合が多く、毎年、フリーターの数は増加しています。厚生労働省が制作している「国民生活白書」によれば、2001年において、15歳から34歳までの人で主婦や学生を除いた失業者の数は、89万人にも上っています。

若年労働者を中心とした労働力をもっと活かす場はないのだろうかと思います。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h15/honbun/html/15211010.html
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h15/honbun/html/15211020.html
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h15/honbun/html/15f22030.html

また、同じく国民生活白書によれば、失業率の増加は中高年よりも若年層に多いというデータが出ています。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h15/honbun/html/15212110.html

つまり、会社側にとっても雇用者側にとっても憂鬱な退職勧告や早期退職などのリストラを敬遠し、新卒採用の数を減らすことで人件費の抑制を狙っているのです。

こうなると、ますますアルバイト・パート採用枠は増え、今までなら正社員がやっていた仕事も、アルバイトにまかせる、といったことが起きます。

つまり、「昔なら正社員採用の内定をもらえていた人」が今の時代ではアルバイトのような時限的な機会しか与えられていないのが実情です。それらの人はアルバイトとしてもそれなりの結果を出しますから(昔の新入社員と同じような働きをしますから)、企業はますます「お、アルバイトでもけっこう働いてくれるやん」ということになり、今後も新卒採用を増やそうとはしないでしょう。

企業の多くは、仕事の質が落ちることなく、人件費が減らせれば儲けもん、と考えています。ですから、弾力的に人件費が調節できるような形で、つまりはいつでもクビにできるようなスタッフを多く抱える形で経営していくことに十分な合理性があります。


このような前提をもとにしつつも、今回はあくまで働く側の問題を少し考えてみたいと思います。

まずひとつめの疑問は、フリーターという存在、そしてアルバイトという仕事の形態をどう考えるべきかということです。

今や、街のいたるところに89円のハンバーガーを売る店や、280円で牛丼を食べさせる店、そして24時間食品や生活用品を売る店があります。

少し計算ができれば、これらの店がアルバイトという業務形態、そして安価で優秀な労働力であるフリーターの存在を前提とした商売であることがわかります。

また一方、失業率の増加に頭を悩ませる政府も、自らが運営する郵政事業において、約15万人ものアルバイトを採用しています。

気がつけば、身の回りにある消費財、そしてサービスは、アルバイトという業務形態が存在して初めて提供されるものが多く、アルバイトという業務形態がなければ、そしてその業務を遂行するフリーターが存在しなければ、それを手に入れることができません。

いたって単純な労働であっても、それを誰かが引き受けることが前提になっていると思うのです。めんどくさい、そしてつまらない仕事でも、誰かがやってくれているからこそ世の中が回り、いつものそれはいつものように供給されるのではないでしょうか。


ならばなぜ、フリーターの存在がメディアで批判されるのでしょうか?

確かに、フリーターの多くの人がまかされることになる仕事は、「かけがえ性」や「代わりの誰かがそれをするための苦労」は少ないものが多いように思います。そのような仕事を通じても得るものは少ないのかもしれません。スキルやキャリアは身につけられないかもしれません。

しかし、今の経済は「それらをやる人が誰もいない状態」というのを想定していません。そういう仕事が前提としてまず存在し、そしてそれをまかされる人が決まるのです。

フリーターを批判する人は、世の中からフリーターが0人になった時の世の中を描けているでしょうか?その世の中では、人々はどんな仕事をしているのでしょうか?僕は大いに疑問です。

少なくともコンビニの存在をありがたく感じている人は、そこで行われている仕事、それを担っている人たちを批判することはできないのではないでしょうか。スポット的な仕事、そして時限的な契約で働く人たちを嘆く人は、それらの存在を前提として成立する2003年の経済をどう考えているのでしょうか。

0人になることを目指していなくとも、「一人でも少ない方がいい」という論調で語る人も同じです。100人より99人、99人より98人の方がいいわけで、結果としてフリーターが0人になることを理想としていることに変わりはありません。それとも「ある程度は必要だけれど、今の程度まではいらない」というスタンスなのでしょうか。よくわかりません。

少なくとも、労働に対しての考えが変わってきていることは事実のような気がします。結局は自分次第、というような曖昧なところに落ち着くのではないでしょうか。


ふたつめの質問です。今の時代に、「仕事」というものをどう考えたらよいのでしょうか?あなたにとって、「仕事」とはなんですか?今までの経験を通じて、「仕事」というものをどのようにとらえていらっしゃいますか?お聞かせください。


 
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