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■1月の問い
「就職活動を始める人へ、
アドバイスをするとしたら?」
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私は子供の、たぶん、小学生の頃、やたらと伝記を読みました。
シュバイツァー博士に豊臣秀吉、そしてキュリー夫人にベーブ・ルース…。家にあったのか図書館で借りたのか、「世界の偉人シリーズ」の全制覇はもちろん、とにかくいろんな人の一生を体験しました。伝記のいいところは頭を使わないで済むことで、どちらかといえば遊園地のアトラクションにちかい。身をまかせていればエキセントリックでグルービーな経験ができる。ということは、今になってそうだったのかなということで、当時は、まぁ本を選ぶのが面倒くさくて本棚の端から順番に手にとっていたとか、そんな理由だと思うけど。
伝記をやみくもに読んだワタシは、「人生努力だ!」ということを宮尾ススムさん的に(ふるっ)学ぶワケなく、人生とはどれだけ注意深く生きたところでえらい落とし穴が待ち受けているもんだと驚愕し、辛苦と幸福はニコイチであると知ったのでした。不遇なくして成功なし。しかし、「不幸の後に幸福や成功がある」ではなく、「幸福の後に幸せや挫折がある」という不条理な事実。そしてそんな脈絡のない時間の連続で、人生というストーリーは構成されているんだってこと。なんたる意味不明。「人生の転機」というものは、いつでも「偶然」「たまたま」にしかおこらない。キュリー夫人も「たまたま」ラジウムを発見したし、豊臣秀吉も「偶然」に織田の家臣となってゆくわけだし…。って、ちょっと乱暴なんだけど。
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今、これを読んでいる人の中に、今から就職活動をする人や、まだ先だけど「就職」をそろそろ考えなきゃなぁという人がいると思いますが、その就職、いや大半は「就社」ですよね。その「就社」を控えたアナタは、長渕剛風にいうなら「今、キミは人生の、大きな大きな舞台に立」っていると錯覚しているかもしれませんが、そんなこと全然ありゃしないのです。麻雀でいうなら東1局。しかし、すぐに南場になる。東1局で必死にリーチかけたけど、誰かがチョンボして場が流れ、気がつけば南3局だった…。
え〜っと、なんだかよくわからない例えでごめんなさい。いいたいのは、人生に大きな舞台なんかなくて、ちっぽけな舞台の連続だってことです。だから、失敗したところで次の舞台がまたあるし、うまく踏めたと思った舞台も明日には公演が中止になるかもしれんということです。本当に不条理ですよね〜。でも、井上和香の胸が大きい上に顔も可愛いように、人間は平等ではありません。しかし、この「人生は不条理である」ということだけは少なくとも私たちみんなに平等です。だから安心してください。
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今から10数年前、バブルの残りカスとともにアーパーな女子大時代を過ごしたワタシは、とにかく家にいるのがイヤという理由だけで就職を考えました。景気は後退の真っ最中。条件は今よりはマシかもしれないけど、マシか、という程度。未来があまりキラキラとして見えなかったのは今も同じだと思います。前回の原稿にも書いたけど、当時はまだワタシの実家は小金持ちでした。
それゆえに自身が幼少の頃お金に不自由した上に封建的な父親は、「おなごはとにかく適当な会社でお茶くみでもして見合いでうまいことまとまってあーめでたし。」ということを考えていたようです。ワタシ自身もさすがパープーな大学生であっただけあり、「めでたし」の部分はそうなるんだろうなと思いつつ、短期間ならいっそ瞬間花火のようになんかやっとくか。そんな「こんな気構えではいけません」の見本を地でいく姿勢で、就職活動をしていました。
案の定、そんな魂胆は銀行の人事担当者にはばればれだったし、たくさんの企業を落とされ「やっぱ思ってもないことは見抜かれるもんじゃのぉ」と感心も落胆もする日々。最終、企業として「瞬間花火」を上げることを目標にしているアパレル業界に潜り込むこととなりました。
ここからは長くなるのでかいつまんで書くと…
入社半年は自社製品を販売するショップに立ち、それからポートアイランドの本社で事務(半年間)をすることとなったのだけれど、新ブランドの立ち上げに際し従来の専門学校生ではなく「アーパーなギャルに売る服はやはりパープーなギャルに作らせろ」プロジェクトが起こり、あまりにワタシが数字に弱いのに見かねたこともあって「お前やれ」の一声で、いきなり服飾デザイナーとなった23歳の春。
以後、4年半にわたって目の前の仕事をこなすことに精一杯で時間は過ぎて、「私がやってるんはトレンドの単なる追っかけちゃうん」とあほらしくなって瞬間花火は燃え尽きた。それから「あ〜休憩休憩」とぷらぷらしていて、あまりにぶーすかしているとその状態に疲れ果て、鬱気味になってしまいました。村上春樹でいう井戸の中にこもった状態で、本を読むか誰かに手紙を書いてココロの均衡を保っていた時、日経新聞で見たエルマガジン社の求人の作文課題を見つけ、自分が書くものを誰かに評価してもらいたいというほぼそれだけで作文を応募。すると「作文が面白かったから」というだけで面接に呼ばれ、その際、江編集長に「今日、来てもらったのはそれだけです」と言われ、そんな失礼なことあるかいなと怒って雑誌業界の悪口なんかをうだうだと言うと、なぜか「自分、オモロイなぁ。明日からバイトしてくれる?」となり、今に至ります。
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このワタシの職歴をみても分かる通り、全ては「たまたま」。服を作りたい〜とか編集者になりたい〜とかそんな強い願望があったワケでは実はありません。前職と現職のつなぎ目の半年間、つまりプー太郎状態の時もやりたいことはよくわからなかったし、そのことにやっぱりうんざりしたから鬱状態になったんだろうけど、それが意図せず現職に繋がったわけで。とはいうものの、ワタシの人生70年として500頁の伝記だったとしたら、たかだか230頁ぐらいしかまだ進んでいない。他人の人生を読んでいたらまだまだ序盤。これからいろんなことあるで〜と意地悪く読むでしょう。それに、明日もしワタシが事故で死んじゃったとしたら、おそらくワタシの人生最大の出来事は32歳で交通事故にあって死んだということでしょう。ちっぽけというかなんていうか、人生は持たせれば意味があるというようなもんです。
話は戻りますが、大学を卒業した際の「就職」は、人生最大の山場ではありません。そういうことをいっても将来の夢やなんかがあって、それに向かって一直線。で、キラキラと目を輝かせている人には「そんなことない」と思うかもしれません。そういう人には最初の「見せ場」でいいと思います。でも、人生は「均一」じゃないので、どこで見せ場がきてもいいじゃん。え、人生とか考えてない? だから、焦る? 意外とそんなアナタの方が、目の前に現れた「たまたま」にがむしゃらにかじりつくことができるのかもしれません。え〜こんな話でよかったかなぁ。ケ・セラ・セラ〜。シャンソンでも歌いましょう。
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【プロフィール】
青山 裕都子
懐に隠した真剣で、世の中を一刀両断する豪腕編集者。見かけに油断し腕一本取られた者多数。 雑誌「Meets Regional」の副編集長でもある。ナイトライフにもそのパワフルさはいかんなく発揮され、本拠地である神戸を千鳥足で日々開拓中。 |