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■1月の問い
「就職活動を始める人へ、
アドバイスをするとしたら?」
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それにつけても就職活動を3年生の冬から始めるという悪習はいい加減に止めて欲しいものである。
『こゝろ』を読んでも『卒業』を見ても、主人公たちは、とりあえず大学を出るまでは先のことなんか何も考えていない。
先のことなんか何も考えないで、学問的興味の赴くままに勉強に没頭するというのが、ほんらい学生生活の正しい送り方のはずである。
何をそんな非現実的なことを、企業が求める「即戦力」を身につけなければ、生き残っていけやしない、と言う人がいるようだが、これはまことに現実をしらない人間の寝言と言わねばならない。
私が大学の教師を長年やってきて知ったことの一つは、「今、世の中ではこういう能力がもてはやされていて、それさえ身につければ一生安泰」というような「はやりの学知とスキル」についての情報について、就職希望学生は企業社会に致命的に遅れている、ということである。
だって、考えれば分かることだが、先端的な企業が社員にある種の知識や技能を求めている場合、「求めている」という情報がメディアを通じて一般社会に知られるまでにまず一年から五年のタイムラグがある。
それを見て、「おお、そういうものが売れるのか、では、うちの大学でも、そういうプログラムをつくろう」と新聞を読んだ大学人が思いつき、起案して学内合意をとりつけ、反対する教授会や理事会を説得し、施設を整え、備品を買い揃え、人事を起こして、大学案内に載せるまで、早くて二年、遅くて十年。
それを見て、「よし、この大学に行けば、将来安泰だ」と受験生の親が判断して、子供をせっついて勉強させて、無事大学に入り、出るまで早くて四年。
ご覧の通り、「企業社会が『今』求めている知識と技能」を身につけて、大学を卒業するのは「今」から早くて七年後、遅いと二十年後なのである。
だから就職希望学生が意気揚々と「私、これこれのことができるんです!」と威張ってみても、面接の担当者は「おいおい、また時代錯誤なのが来たぜ」と深いため息をつくだけなのである。
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新入社員に求められているのは「そういうこと」ではない。
学生に求められている知的資質はごく単純なことである。
「他人とコミュニケーションがとれること」、ただそれだけである。
もちろん、人間であれば誰でも他人とコミュニケーションはとれる。
問題はその「範囲」の奥行きと拡がりだけである。
「バカ」と言われるのは、自分の同類(年齢が同じ、社会階層が同じ、価値観が同じ、語彙が同じ)としかコミュニケーションができない人間のことである。
「賢者」と言われるのは、対立者や異邦人や死者や必要があれば異星人ともコミュニケーションができる人のことである。
すべての知的能力は、「バカ」と「賢者」の間のどこかに位置づけられる。
「英語ができる」ことが評価されるのは、英語ができるとコミュニケーションできる範囲が広がるからである。「コンピュータができる」ことが評価されるのは、コンピュータが本質的にコミュニケーション・ツールだからだ。「敬語が使える」ことや「礼儀正しい」ことや「フレンドリー」であることや「聞き上手」であることや「服装に気配りしていること」や「アイコンタクトが適切」であることなどの「面接の着眼点」はすべて「コミュニケーション能力」だけに焦点化している。
どうしてコミュニケーション能力がそれほど厳密に査定されるかと言えば、会社に入ったあと、仕事を教わるときにコミュニケーション能力のない人間は、「自分の知らないことを学ぶ」ことができないからである。
しかるに、社会がその成員に求めるのは、その人に「その人が手持ちの能力では出来ないこと」をしてもらうことなのである。
「仕事ができる人」というのは「たっぷりと手持ちの知識や技能がある人」のことではなく、「自分が知らないことを学び、自分に出来ないことが出来るようになる能力がある人」のことなのである。
就職活動というのは、「そのこと」を学習し、実践する絶好の機会であるはずだが、「三月ウサギ」状態で額に青筋を立てて走り回っている学生たちから発信されるのは「うるせーな。こっちは尻に火がついてるんだから、横からガタガタ言うんじゃねーよ」というきわめて非コミュニカティヴなメッセージだけなのである。
これほどコミュニケーション感度の鈍い人間に社会人としての未来はあるのだろうか。
私は懐疑的である。
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【プロフィール】
内田 樹
神戸女学院大学教授。語り口は柔らかく、それでいて切れ味は抜群の哲学者。驚異のハイペースで出版される書籍は、出されるごとに、「世の中の見方が変わった」というファンを生み出し続けている。2003年に刊行された「疲れすぎて眠れぬ夜のために(角川書店)」と、「子どもは判ってくれない(洋泉社)」はとにもかくにも必読の書。HP「内田樹の研究室」でも読み応えのある日記を公開中。
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