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・フリーター論(12) ・才能とは? ・自立するということ12) ・知性とは何か?
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■2月の問い
「フリーター論」
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『朝日』の夕刊に藤本義一がフリーターについて書いている。現在、「フリーター」と称する人々は150万人。大卒の四人に一人、高卒の三人に一人が「フリーター」さんだそうである。この趨勢を藤本は「現代の企業形態の本質を本能的に受け取った」若者たちのクールで批判的な生き方であり、「給与や時間に縛られるのは御免だと彼らは危険を察知する野性の小動物的な感覚で行動しているのである」、と称揚している。

まったく藤本さんというのも食えないおじさんである。こういう記事を読んで「よーし、おいらもフリーターになろう」と思う大学生高校生が族生するのであろうか。

私はそれでぜんぜん構わない。ただ、老婆心ながら、言わせてもらうけれど、フリーターの社会的機能はただ一つしかない。 藤本のような煮ても焼いても食えないおじさんがフリーター諸君にむかって「いいねえ、君たちの生き方は」とおだてるのは、その社会的機能を彼らに果たしてもらうことが、日本社会の「インサイダー」からして、システムの安定にとって死活的に重要だからである。フリーターの社会的機能とは端的に「失業者の隠蔽」である。



日本はご存じのように先進諸国の中で、ほとんど奇跡的に失業率が低い。これはどういうことか。今日はこれについて考察してみたい。失業者とは、「自分は失業者だ」と思っている人のことである。

つまり「自分のような能力のある人間が当然得てよいはずの社会的地位や収入が得られない」ということで怒ったり恨んだり悲しんだりしているひと、これが失業者なのである。自分のことを失業者だと思っていない(だから怒りも恨みも悲しみとも無縁の)人は、無収入であろうと、定職がなくても、「失業者」とは呼ばれない。

「失業問題」というのは、無収入のひとがいるとか定職がないひとがいる、とかいう「事実」レヴェルの問題ではない。ある社会的ポジションが「怒りや恨みや悲しみ」をドライブするということから派生する、どちらかといえば「幻想」レヴェルの問題である。

失業問題が深刻な社会問題であるのは、自分がしかるべき収入や社会的プレスティージを得られていないことを「自分の主体的選択の結果ではなく、社会システムの不公平の結果である」と思う人々が、「公正の回復」を求めることに起因するのである。

この場合の「公正の回復」はかならずしも合法的な手続きをとらない。というのも、法制システムそのものがこの不公正を生み出しているという考え方をしばしば彼らは採用するからである。

彼らは一般にあらゆるエスタブリッシュメントに対して不信感ないし敵意を抱く。そのような不信感や敵意を社会の進化のたいへん生産的な契機であるとみなす社会理論がいくつも存在する。

そのような理論は、公共のものを破壊したり、私物化したりすることや、社会的ルールを無視することや、「不当に収奪されたものであり、来来自分に帰すべきもの」と彼らが観念するところのものを「奪還」することなどを正当化したりする。



こういう考え方をする人たちが一定数以上存在すると、社会システムの運営にはさまざまな「防衛的」コストがかかる。さらにそのような「奪還」型の社会理論が一定以上の支持者を得た場合には、社会システムそのものが瓦解することもありうる。

さいわいいまの日本には「社会システムそのものによって不当に収奪されている」という考え方をする人はあまりいない。私たちはこの状態を「治安がいい」というふうに呼んでいる。治安がいいというのは、要するに、お金がなくても、仕事がなくても、そのことを「世の中が間違っているからだ」というふうに解釈するひとが少ないということである。

たとえば、ホームレスなどになっているおじさんたちの多くは「ホームレスというのは、私が主体的に選んだ生き方である」というふうに説明している。あまり世の中のせいにしない。

「ホームレスというのがおれの生き様なわけよ。」
まったくありがたい人たちである。

フリーターのみなさんも、主観的には「これは自分が主体的に選んだ生き方だ」と信じている。だからどれほど雇用条件が不安定でも薄給でも、彼らは文句を言わない。この人たちは仕事をやらせれば、ちゃんとこなす。(足し算もできれば、英語もしゃべれる、コンピュータなんかだっていじれる)

にもかかわらず非人間的な時給でも文句言わないし、定職を得られるように職業訓練をしろとか、学校に通わせろとか、生活を保証しろとか、住宅をつくって住まわせろとか、そういう要求をまるでしない。

この150万人の、そこそこ高学歴でそこそこ有能で、にもかかわらず低賃金で働いてくれて、仕事があるときだけ生産に従事し、仕事がないときは無職に甘んじ、そのうえ「労働組合」を作ることなんか想像だにしていない人たちが「バッファー」として機能してくれているおかげで、日本の失業率は世界的な高水準を保っており、社会治安を維持するためのコストは驚異的に安く上がっているのである。

これでもうお分かりだろうが、藤本のようなおじさんがフリーターという生き方をさかんにもちあげるのは、彼らがいまの日本社会にとってたいへん「好都合」な存在であり、にもかかわらず、どういうふうに「ありがたい」のか、その理由をご本人たちにはあまり知られたくないからである。



「失業率のバッファー」として効果的に機能している集団はほかにもある。

「専業主婦」と「大学生」である。

日本の専業主婦に誰もまじめに「高度の家事遂行能力」を求めないのも、日本の大学生に誰もまじめに「高度の知的能力」を求めないのも、フリーターをもちあげるのと理由は同じである。日本社会が彼らに何よりもまず求めているのは、「自分が失業者であることに気がつかないでいること」だからである。

「家事をしない専業主婦」「勉強をしない大学生」「にこにこ顔のフリーター」これは日本だけに存在して、ほかのいかなある先進国にも存在しない社会集団である。彼らこそ日本繁栄の「秘密兵器」、豊芦原瑞穂の国の「宝」なのである。



【プロフィール】
内田 樹

神戸女学院大学教授。語り口は柔らかく、それでいて切れ味は抜群の哲学者。驚異のハイペースで出版される書籍は、出されるごとに、「世の中の見方が変わった」というファンを生み出し続けている。2003年に刊行された「疲れすぎて眠れぬ夜のために(角川書店)」と、「子どもは判ってくれない(洋泉社)」はとにもかくにも必読の書。HP「内田樹の研究室」でも読み応えのある日記を公開中。

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