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■2月の問い
「自立するということ2」
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『最後の家族』で村上は「自立とは何か?」という問いを立てて、それをめぐって物語を紡いでいる。
四人の家族と、それをめぐる人々が、それぞれの立場から「自立とは何か?」という問いに自分の生き方を通じて答えを出そうとする。
村上の小説のよいところは、この「自立とは何か?」という問いが抽象的な議論に陥ることなく、まっすぐに「何をして生計を立てるか?」というえらく具体的な問いにリンクするところである。
「自立とは何か?」という問いに答えるのは簡単だ。自己決定すること、依存しないこと、おのれの欲望を知ること、模倣しないこと、権威に屈しないこと、自分の言葉で語ること、クリエイティヴに生きること・・・誰でも何とでも答えられる。
村上はそんな答に興味がない。
「では、それを実現するために、君は何で生計を立てるつもりなのか?」自己決定が可能であるためには、その人の「決定」が熟慮された合理的決断であり、かつ誰にも阻止介入することのできぬ実力的な裏付けをもつものであり、かつその事実が関係者全員に熟知されていることが必要だ。
自己決定が可能であるためには、それ以前に、その人の判断が「ほぼつねに適切であった」という事実と、その人がいったん「やる」と決断したことは「ほぼつねに実現されてきた」という事実の蓄積が必要だ。
自己決定というのは「よーし、今日からおれは自己決定するぞ」というようなお気楽なものではなく、長期にわたる実践を通じて獲得され蓄積された社会的な敬意と信用の上にはじめて可能なものなのである。
村上がいちばん嫌っているのはその事実を直視せずに、おのれがすでに自立を達成しているかに錯覚している若者たちである。
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「戦略的に十年後のことを考えたときに、フリーターという地位は非合理的だ。三十五歳でマクドナルドのアルバイトをすることを考えればわかることだ。あるいは四十歳でガソリンスタンドで働くことを考えればわかりやすい。そういった職場で、年下の上役に命令され、こき使われることを想像すれば、ほとんどのフリーターの未来が見える。(・・・)ほとんどのフリーターは『有利に生きられる』ということを誤解しているのではないだろうか。有利に生きるというのは、アドバンテージを持つ、というような曖昧なことではない。それは高価で美味しいイタリアンレストランで食事ができるとか、広い家に住めるとか、他人からこき使われずに済むとか、そういったミもフタもないことである。
どうしてそういったアナウンスがないのだろうか。二十歳を過ぎて、専門的な技術や知識の習得もないまま、十年、二十年が過ぎると、低いランクの職業に就くしか選択肢がなくなり、しかもそれは他人にこき使われることを意味する、というようなことをフリーターに向かって言う大人が誰もいない。」
私の周囲の若者たちの中にも「無為に、無目的に」十代、二十代を過ごしてしまったものはいくらもいる。
本人は主観的には「目的をもって」生きたのかもしれないし、「専門的な技術や知識の習得」をめざしたのかもしれない。だが、その努力も「他人にこき使われずに生きられるような社会的アドバンテージ」と具体的にどうリンクするのかという切実な問いをネグレクトしたままのものであったら、結果的には「無為」に過ごしたのと同じことだ。
卒業後、外国に留学する学生が多い。しかし、二年や三年漫然とアメリカやフランスにいたくらいで習得できる「技術や知識」にはほとんど「値札」がつかない。それは大学や専門学校にしても同じことだ。どこであれ漫然と過ごした時間に獲得できる社会的リソースの価値は「ゼロ」である。
自立というのは、単純なことだ。
それは要するに「バカな他人にこき使われないですむ」ことである。
「あら、あたしは何も社会的能力ないけど、金持ちの男つかまえるから、いいわよ」というような不埒なことを言う女もいる。
だが夫に稼ぎがあって、「高価で美味しいイタリアンレストラン」や「広い家」が確保されていたとしても、夫が「バカな他人」であるかぎり、自己決定の道は構造的に閉ざされている。だって、何の社会的能力もない女を喜んで妻に迎えるような男は、家事労働者と性的愛玩物として「こき使う」ことしか配偶者に求めていないからだ。
「どうしたらバカな他人にこき使われずにすむか?」という問いを切実なものとして引き受け、クールでリアルな努力を継続した人間だけが、他人にこき使われずに済む。
そんな単純なことが分からないでいる若者があまりに多い。
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【プロフィール】
内田 樹
神戸女学院大学教授。語り口は柔らかく、それでいて切れ味は抜群の哲学者。驚異のハイペースで出版される書籍は、出されるごとに、「世の中の見方が変わった」というファンを生み出し続けている。2003年に刊行された「疲れすぎて眠れぬ夜のために(角川書店)」と、「子どもは判ってくれない(洋泉社)」はとにもかくにも必読の書。HP「内田樹の研究室」でも読み応えのある日記を公開中。
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