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■2月の問い
「才能とは?」
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村上龍の『タナトス』を読み終えた。
村上龍は「才能」にこだわる作家である。
今回の小説のテーマの一つは「才能がない」とはどういうことか、という問いである。
「才能がない」人間とは「自分には才能がない」という事実を直視できない人間のことである。(おや、いまさっききいたような)彼らは「努力」によって才能の不足をなんとか埋め合わせることができると思っている。
反対に、「才能がある」人間は、自分にはどのような才能があり、どのような才能が欠けているかを知っており、それが「ある」ことも「ない」ことも、個人的努力でどうこうできる水準の問題ではない、ということを知っている。
「才能」というのは「努力できること」を含んでいる。
ある活動のためにいくら時間を割いて、どれほどエネルギーを注いでも、まったく苦にならないで、それに従事している時間がすみずみまで発見と歓喜にみたされているような活動が自分にとって何であるかを知っていて、ためらわずそれを選びとる人間のことを私たちは「才能のある人間」と呼ぶのである。
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私はこのような村上龍の意見には全面的に賛成である。才能は「アウトプット」で測るのではない。その活動から引き出した「快楽の総量」で測るのである。快楽の総量を測るというのはむずかしい作業だ。
多くの人は自分がどれくらいの快楽を得ているのかを言うことができない。そもそも自分が快楽を得ているのかどうかさえ不確かなのだ。自分だけの「快楽の尺度」を持っていない人間は「快楽」と「欲望の充足」を区別することができない。
快楽は本質的に個人的なものであり、欲望は本質的に模倣的なものである。私たちは他人の欲望を模倣する。私たちが何かを欲しがるとき、ほとんどの場合、その理由はそれが「他の人の欲しがっているもの」だからだ。しかし、模倣欲望には終わりがない。
誰かが何かを欲しがる限り、その欲望は私たちに感染するからだ。私たちが「持っていないもの」はそれこそ無数にある。その「どれ」が欲望の対象として前景化するかはそのつど完全に偶然的である。だから、原理的に、私たちの欲望は永遠に不充足のままである。
それに対して快楽は個人的なものである。それは欲望の充足のような集合的なゲームとは成り立つ場所を異にしている。欲望は模倣的であるからそもそもその起源は私のうちにはない。だから、それが充足されたからといって、「私の内部」に充足感がゆきわたるということも起こらない。
模倣欲望の充足とは、欲望の対象が前景から後景に退き、意識されなくなるというだけのことである。私たちが欲望するものはすべて「それはもう欲しくなくなった」と言うだけのために欲望されているのである。
快楽はベクトルがそれとは逆を向いている。快楽の対象がたえず意識に前景化されていること、それ自体が快楽の目的である。
快楽は何かの結果ではない。プロセスである。快楽とは「快楽の追求」それ自体が十全な快楽をもたらすような活動のことである。快楽を求める活動それ自体が快楽の完全な成就であるような活動が「自分にとって」何であるかを言える人間を私たちは「快楽の尺度」を持っている人間と呼ぶ。
快楽と欲望の充足を取り違えている人間にはおそらく快楽は訪れない。
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村上龍はキューバの人間と日本の人間を比較して、キューバの人間は快楽をどう得るかを知っており、日本人は知らない、という書き方をする。
なぜ日本人は快楽を知らないのか?
それは日本人は「モデル」を求めてしまうからだ、と村上は書いている。だから快楽を得る仕方についてまで「あるべき快楽の享受法」があると思い込み、それを学習してしまうのだ。そして、「あるべき快楽」からの減点法で、いまの自分の快楽の「程度」を計量するようなみすぼらしいまねをするのだ。
なるほど、日本人はダメだ。キューバの人はたいしたものだ。だが、村上龍のトリックに簡単にひっかかってはいけない。村上龍を読んで「よーし、おれもキューバ人の生き方に学ぶぞ」と決意するようなバカこそ、村上が嗤う「モデルを求める」日本人そのものだからだ。
村上龍は『タナトス』なんてゴミ箱に棄てろよと言っているのである。「おれはいい気持ちだぜ」なんてことを言っている人間の書くものなんか読むなと言っているのである。
「おれの書いたものなんか読むなよ」と言われて、あわてて読むのを止めるような寂しいまねをするなよと言っているのである。
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【プロフィール】
内田 樹
神戸女学院大学教授。語り口は柔らかく、それでいて切れ味は抜群の哲学者。驚異のハイペースで出版される書籍は、出されるごとに、「世の中の見方が変わった」というファンを生み出し続けている。2003年に刊行された「疲れすぎて眠れぬ夜のために(角川書店)」と、「子どもは判ってくれない(洋泉社)」はとにもかくにも必読の書。HP「内田樹の研究室」でも読み応えのある日記を公開中。
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