*ほぼ日刊イトイ新聞の「続・会社はこれからどうなるのか? 岩井克人×糸井重里対談篇」の第6回より引用・再編集して転載しています。
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■3月の問い
「経済学は心理学?」
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人々の思いこみや勘違いまで組み入れて理論を作ることは、
むずかしいわけです。
それぞれの人間が
「どう将来を予測しているのか?」
を、さらに予測しないと、経済全体を
予測できないですからね。
でも、経済学者でなくとも、
人は予測をまちがうし、
そして、ほとんどの人は
確信を持って世の中を
イメージしているわけではありませんから、
他人がどう予測するかを見て、
自分も予測する。
そうすると、
付和雷同的にワーッと
まちがった方向に行ったりすることもあるし、
逆に、へそ曲がりに、
ほかの人の予測に反発することもある。
なにしろ、将来が関係してくるわけですから
ほんとうに複雑になってくるんですよ。
つまり、
「複雑である」
「人間を扱う」
「人間はお互いの予測を見あって
お互いに予測する」
という、三つの要素がからみあっているから、
ほんとうに経済の予測は難しいんです。
じつは、それだけではありません。
しかも、その経済の根源には、
貨幣、つまりお金という
ほんとうに、ふしぎなものがあって……。
われわれ人間は利潤を求めるというけれど、
なぜ、お金をほしがるかは不思議ですよね。
ケインズは、『一般理論』の中で、
おもしろいことを言っています。
「人々が月を欲するから失業が生じてしまう」
とね。
お金そのものを欲しがるっていうのは
けっして満たされない欲望ですよね。
モノを欲しがっている人には、
そのモノをあたえれば満足します。
でも、お金は
なにかを買う手段でしかありませんから
お金をいくら持ったって、
ほんとうの意味では心が満たされることがない。
それは、遠くにあって
手のとどかない月を欲するようなものだ、と。
お金をいくら持っても、
心が満たされない。
だから、人々はお金をさらに持ち続け、
モノを買わなくなって、
景気がどんどん悪くなっていく。
そうすると、不安だから、
さらにお金をためようとする。
そうすると、さらに……。
ケインズが『一般理論』を書いたのは1936年ですが、
ケインズは、それ以前に、
フロイトの最初の英訳者であった友人を通して、
フロイトの無意識の理論に
接するようになっていたんです。
じっさい、貨幣の問題は、
無意識の問題と密接に関わっている、
と、彼は書いているんですけど。
モノを買う手段だけど、
それ自体は食べられないし、何の役にもたたない。
人間のそういうお金への不思議な執着について、
それこそ、ギリシャ時代のアリストテレスも、
「自分の触れたモノを、すべて
おカネに変えて欲しいという
神様への願いが、かなったことによって
飢え死にしてしまったミダス王の悲劇」
として、驚きとともに、書いていますからね……。
これは、経済というものが
いかに倒錯したものであるかを
教えてくれる話ですが、
同時に、人間という存在が
いかに倒錯した存在であるかということの
比喩にもなっています。
*ほぼ日刊イトイ新聞の「続・会社はこれからどうなるのか? 岩井克人×糸井重里対談篇」の第6回より引用・再編集して転載しています。 |