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| 考える人々 ・江 弘毅さん ・藤田 功博 |
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■5月の問い
「情報とは何か?そして情報編集に求められているものとは何か? 序章」
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情報とは何か?
1,
情報とは、それを媒介にして「何か」と「何か」を結びつけるものである。ある物に価値を見いだし、それをまだ知らぬ誰かのところへ運ぶこと。それが情報発信者、すなわち編集者の役割だ。
だからこそ、何かを書くときには、それが「情報」となり得るために、つねに受け取る「誰か」を思い浮かべる必要がある。仮想でも現実でもいいから、誰にむかって書いているのかをしっかり想定することだ。発する者と受け取る者が確定したとき、情報は情報として機能する。
だからこそ外部性(「読まれること」)を意識しない書きものは情報ではない。
独りよがりな文章はゴミ箱に行くだけ。友達にメールを書くような、親に手紙を書くような文章。フレンドリーで温かい文章こそが情報と言える。
2,
情報とは「情(感情)」の「報(知らせ)」と書く。つまり、何者でもない自分の感情の動きを、誰かに伝えるもの。それが情報である。
感情は、できるだけリアルに書くべきだ。
技巧に走ると、本質が揺らぐ。
あらゆる形容詞は何かとの比較であり、読み手によって受け取る意味が変わる。
「今日は暑い」という言葉は、沖縄の人に言っても
共感してもらえない。
「俺は貧乏だ」という言葉は、バングラデシュの人には
共感してもらえない。
「この言葉では共感してもらえない」
「言葉で何かを説明しても、実は伝えられないかもしれない」
そういう不安を常にもつことが、わかりやすい文章への第一歩だと思う。くれぐれも、自分の言葉が自分の思っているように伝わる可能性を過大評価しないことだ。
3,
リアリティは、必ず自分の中にある。暑いと感じる自分がいる。たとえその日が「本当は」寒かったとしても、自分がその日に暑いと感じたことはまぎれもない事実である。
問題はそれをどう伝えるか。暑かった日をただ暑かったと言わず、どう暑かったのか、どれくらい暑かったのかをできるだけ書く。伝わるように書く。
人のことはどうだっていい。あくまで自分はこう思った。
だからそれを知って欲しい。
そういう呼びかけがメッセージとなり、書く文章をユニークなものにする。
自分の感情・自分の経験・自分の感想は常に固有だと思うこと。あなたが楽しいと思う物は、きっと誰かも面白いと信じること。
「俺に言わせりゃ」、「私から見れば」。書き手という自分を強く打ち出すこと。
客観的な文章なんてなくて、全ての文章は主観でしか書きようがない。
4,
取材で知ったことだけではなく、
取材で感じたことも書くべきだ。
人に話を聞いて、それでわかったことだけを書いても、オリジナルにはならない。
誰か違う人が取材に行っても、同じ話を聞くだろうからだ。
他人が絶対ふみこめない世界に話を持っていくか、誰も聞かないであろうことを聞くか、そこまでしないと聞き書きは価値を持たないし、ライターとしての差別化もできない。
聞いたことをありのままに書いたら、そこからスタートする。その話を聞いてどう思ったのか、取材対象(店・人・場所)に対してどういうことを思ったのか。それを付け加えることで、聞き書きがオリジナルなものへと変わる。
店へ取材に行って、インテリアとエクステリアと味と歴史について書いたらいっちょあがり、と思っているメディアが世の中には多すぎる。そんな取材は文字が書ければ誰にでもできる。
そこへ取材に行ったとき、あなたしか書けないことは何か?
どうやったら魅力ある情報になるのか?
それを考えて書く必要がある。
取材対象を解説して描写して満足してはいけない。
「書く」というのは、そこから始まるべきものだ。
5,
情報は常に親切であるべきだ。自分が読み手なら何が知りたいか、自分が読み手だとしたら書いた情報から何を知り得るか、そこに気を配る必要がある。
そしてそれをどう伝えるか。情報はその内容よりも、伝え方によって受け取ってもらえるかどうか、通じ合えるかどうかが決まってくる場合が多い。
読み手のことを忘れ、一人歩きし始めた瞬間にそのテキストは死ぬ。
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