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京都以外の出身者から、「京都人はイケズだ、ややこしい」などの苦言を耳にすることが多い。あまりにもよく耳にするので、ここらでひとこと言わせてもらいたい。京都人は、はっきり言ってややこしい。どうやらこれはもう、間違いがない。ややこしい原因の1つ目が、京都弁である。京都弁では、丁寧語と皮肉が同じ言葉で語られる。例えば、「うまくいくとよろしいなぁ」という言葉。これは、「うまくいくといいですねぇ」という願望の時にも、「運が良ければうまく行くやろうけど、多分ムリやろねぇ。まぁ、うまくいっても失敗しても俺には関係ないけどねぇ」という皮肉の時にも使う。どちらの意味なのかは、表情を見てもいまいちわからない(どちらの場合でも、笑顔がセットになっている)。もっと言うと、最後の最後までわからない。わからなくても会話は続けないといけない。コアな京都人と話していると、深さも長さもわからないプールで泳ぎ続けているような不安感がある。
ややこしい原因その2は、理解を超えたアマノジャクさ加減である。ある奥さんAはデパ地下へ肉まんを買いに行って、店の前で客が行列しているのを見る。行列の中に、近所の奥さんBを見かける。そんな時Aさんは、行列の中へ割り込んで行って、「あらBさん、何してはりますのん?」とは言わない。肉まんをあきらめ、大学いもを買って帰り、それをオヤツにCさんと「Bさんな、肉まん買うのにわざわざ行列に並んではったで。そんな食べたいんやろかなぁ。あの人も肉まん好きやなぁ」などとのたまうのである。もちろん、AさんBさんCさんの立場は時により入れ替わる。例えばまたある日。電話でBさんからバーゲンの連絡を聞いたAさんは、「ええなぁ。でも明日は用事がありますさかいに、気をつけて行ってきておくれやす」とその場しのぎのウソをつくのだ。そして翌々日、Aさんはひとりでバーゲンに出かけ、Bさんと同じ物を買わないように気を遣いながら品定めしていたりする。右と言ったら左、赤と言ったら白、というアマノジャクさ加減は、遷都以来の生存戦略として京都人のDNAに刻み込まれているかのように思われるのだ。もっとも、たいていの男はこのノラリクラリとした京女の曖昧さに惚れ込んだりするのだけれど。
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