祇園の太夫は化粧をする時、着物を汚してしまわないようにと紙を挟んでいた。そして一度使った紙はすぐに捨てていたという。かたや庶民はちり紙でさえすき直して使っていた時代に、なんとも贅沢な話である。
花街にとってなんのことのない「常識」も、庶民にとっては相当華やいだ別世界の振舞いに映ったことだろう。化粧の仕方一つとっても、祇園は完全に消費型の世界だったのだ。
消費することを惜しまず、浪費を美徳と捉える花街の文化には、「見栄」の精神が見え隠れする。最高の人をもてなすためには、貧乏してでも最高のものを整えなければならない。ソトに対しての言い訳は無用。普段の食事代を削ってでも履き物は良いものをあつらえるという気負いが、人一倍外見も大切にする、花街の消費性向を生んだのではないだろうか。
昔からの祇園を知る[さくら井屋]の奥さんは、「純粋な意味での京都の風習は、花街が崩れた時に終わる」とこぼす。一流の人たちの目にも敏感な花街の見栄は、高価で、それだけの価値がある装飾品や、髪や肌を整えるものを育ててきた。花遊小路に軒を連ねるお茶屋さんにしてもそうだ。庶民の生活のすぐ隣に、非日常的な浪費をする花街があったことで、京都はハレとケの状態を同時に持つ、特殊な街になっていったのではないだろうか。京都の良いものを語る上で、花街の生んだ見栄は大きな役割を果たしている。
|
|