| 大原女たちが京都の市中で売り歩いたことで、しば漬は徐々に人気が集めるようになったが、本格的に商売を営む者はいなかったという。明治34年、街道沿いの一軒家でしば漬を初めて大原土産として売り出したのが土井清太郎である。いずれ大原にも大きな道が通り、観光地になってしば漬けが特産品になると見込んで、しば漬を主力商品にしたロードサイドビジネスを起こしたのだ。
狙いは当たり、今やしば漬は、大原土産として定着した。一軒家だった店舗は、今や漬け込みの様子がわかる工場、映画ホールなどを備えた一大漬物パークへと変貌している。工場では機械も導入しているものの、やはり漬け込み作業には職人の技が光る。樽はポリではなく、酒蔵が使う八石樽に1トンの野菜を入れ、1トンの重石を載せて漬け込む。重石をピラミッド状に載せることで荷重が均等にかかっているかどうか、石の傾き方を見ればすぐに分かるそうだ。今では大原へやって来る観光客が立ち寄る定番スポットとなっている。初代が夢見たロードサイドビジネスは、近代的な工場と昔ながらの職人の手作業によって着実に大原の地に根を下ろしている。
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