京都には何百、何千という古い建造物が残っていますが、洋館もまた京都を象徴するにふさわしい歴史ある建造物です。寺町通にある京都最古の洋菓子専門店である[村上開新堂]の建物を初めて見た時、私は思わず足を止めてしまいました。とても古い建物で、その空間だけ時が止まったような、そして凛と整った空気が漂うのを感じたからです。私がそう感じたのと同じように、この店が出来た明治37年当時の人々もこの建物を見て、中に入ることを少し躊躇ったのではないでしょうか。店の前に立って扉を開こうとすると、右扉は「をす」という文字が刻まれ、左扉は取っ手がくり抜かれていて引き戸であることに気づきます。これは、まだ引き戸が主流だった時代、洋風の扉の扱いに慣れていないお客さんの為にデザインされたからだと思います。
[村上開新堂]の建物は、明治10年頃に建てられたものです。京都に都がおかれていた頃、初代は御所の料理人として勤めており、東京遷都と同時に東京へ出たそうです。そして東京で出会ったフランス人に、ロシアの家庭で作られるビスケット菓子の作り方を教わったのです。その後、日本人の口に合うようにと改良し、京都で[村上開新堂]を開くにあたって商品にしたのが、今も店頭に並ぶ「ロシアケーキ」です。
この「ロシアケーキ」は、白糖やバターを食べ慣れていないどころか、洋菓子を口にしたことすらない京都人にはすぐに受け入れられず、「バターが口にあわない」と敬遠された時代もありました。また戦争中は、白糖やバターが入手困難となり、お店は休業せざるを得ない状態にまでなりました。ですが、戦後10年経って、京都で洋風文化が浸透すると共に、ようやく洋菓子にも追い風が吹くようになったのです。店の登録銘菓である「好事福盧(こうずぶくろ)」は、先代がゼラチンを使ったオリジナルの洋菓子を作りたいと、試行錯誤を重ねて25年前に完成させたミカンのゼリーです。しかし、ミカンは冬の果物だったため、年中店頭に並べることができませんでした。そして、「夏でも美味しいゼリーが食べたい」という多くのお客さんの要望から、現在の店主が考案したのが、「オレンジゼリー」です。
スプーンですくう度に手に弾力が伝わってくるほどしっかりとしたゼリーは、食べると口いっぱいに柑橘類の爽やかな風味が広がります。オレンジの皮を容器にしつらえているのが粋で、ちょっとした贈り物にも最適、相手に喜ばれることうけ合いです。 |