人は、料理に色んな想いをこめる。
母親は子どもが元気に育って欲しいと思って、嫌いな野菜を細かく刻んで料理をする。祖母は、孫に自分の育った土地の味を受け継いで欲しいと願い、郷土料理を作る。居酒屋の大将は、友人や同僚同士の話が弾むように、おいしくて気取らず食べられる料理を作る。料亭の料理人は、祖父の喜寿の祝いで訪れた家族のために、一生の思い出になる美しい料理を作る。
値段の高い安いはあるし、手間のかけ方もそれぞれ違う。けれど、単なる命をつなぐだけの食物を、料理という行動を通して作り手の想いをこめているという点ではみな同じだ。いい料理というのは、値段が高いとか、高級な食材を使っているとか、美しい細工がしてあるとか、それだけでは計れないものだ。それはカフェであろうと、料亭であろうと、フレンチであろうと何ら変わることはない。
フレンチでもイタリアンでも料亭でも伝わらない何かが、カフェの料理から伝わることがある。それだけで、カフェに足を運ぶ価値があるのではないだろうか。
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