京阪神エルマガジン社の媒体には「誌面から得られ る、独特の楽しさや気分」がある。これは編集者自身が楽しんで現場に足を運び、また一読者として楽しめるものを目指しているからだろう。村瀬さんの手から 生まれる、次なる「予想を超えるサプライズ」な1冊に期待したい。
そして、出版社と広告店に勤める方々にお話しを伺うことができました。
Meets Regional 副編集長 村瀬彩子さん
出会いは昼休みのおしゃべりから
代理店でOLをしていた頃、昼休みに仲間とごはん食べながらよく雑誌を手にしていたという村瀬さん。その中にあっ たのが京阪神エルマガジン社の雑誌だった。たまたま誌面に載っていた求人広告に惹かれて転職を決意。数ヶ月後には、ガイドブッグ『シティマニュアル京都』 の制作で、取材現場に立っていた。何もかもが初めての連続の編集作業。1つ1つ、周りのスタッフの仕事を見聞きしながら覚えていった。
雑誌はいかに手間をかけずに作るか?
村瀬さんが配属された編集開発室は、社内の編集部でも少し変わった位置にある部署だ。月刊誌で掲載した情報の再利用、有効活用を目的とした部署で、編集の基軸として「再編集」が貫かれていた。それゆえ入社後の数年間は、「雑誌はいかに手間を かけずに作るか。“編集=効率的な流れ作業を構築すること”だと思っていた」と、村瀬さんは話す。 そうして制作する本の版数を重ねていくうちに、自身の中で物足りなさを感じていくようになった。何よりも自分の作った本を手にする読者の顔が見えなかった。
そこで出会ったのが前ミーツ編集長の江弘毅氏だ。「そんなんを編集と思っているようじゃあかん!もっと街に出ろ。街の声、街で感じたことを誌面にいか さな」。
その後、オフィスの移転もあり、各編集部の枠をとっぱらい、ムック本制作チームが編成された。街をインテリアというテーマで取り上げた『'01 Meets別冊 街はインテリアだ』など、次々とヒット作が誕生した。自ら取材先へも出向き、読者からの声も聞かれた。
ヒット作の裏側に読者の声
「この本は絶対売れる。販売の前日に予知夢も見たんです」と村瀬さんが話すのは、京阪神エルマガジン社史上、空前 のヒット作となった'02『神戸本』。表紙は白地にキャッチコピーとコーヒーカップが載っただけの、余分なものをそぎ落とした他に例を見ないデザイン。営業部からは「こんなシンプルでは…」と反対意見もあったが、発売日に書店で売り込みをしていたスタッフからは歓喜の声があがった!久々の10万部作だっ た。
その後『大阪本』・『京都本』と、三都に及ぶリージョナルムックが次々とヒットを呼び、『秋の京都本』・『街図シリーズ』と、すべてが勢いのままに進んだ。
村瀬さんが手がけた中でも特に異色のヒットと言うと、'04『世界遺産本』だ。歴史や物語中心で堅苦しいイメージだったこれまでの寺社ガイドに対し、天龍寺の龍や金閣寺の鳳凰、西本願寺の桃瓦などのディティールに着目し、デザイン観光をすすめる1冊をリリースしたのだ。
この本のアイディアは、東京・吉祥寺のとある書店員さんとの会話から生まれたものだ。「エルマガ目線で世界遺産をやってみては」という、読者目線の熱意ある意見が編集部を動かした。当初は難しさを感じたものの、時間をかけて調査、取材交渉を進めていく中で形が見えてきた。「私は器用じゃないので、時間をかけてもがきながらやっていくタイプ。時に人に助けられながら、人を使いながら、色々なものが形になっていったんです」。
関西・関東で発売された『世界遺産本』は、またもや空前のヒットを呼んだ。寺社ガイドにしては異例の10万部超えの3刷りという数字は、社内の予想をはるかに超えていた。

京阪神エルマガジン社
Meets Regional 副編集長 村瀬彩子さん

今最も実現させたいことは何ですか?(仕事において)
ミーツをもっと売れる媒体にすること。今年は京阪神エリア以外の特集もやります。(小旅行・サーフィン特集など)
10年後の自身の目標は何ですか?(仕事、プライベートいずれでもOK)
仕事をしながら子育てをしていたい。暮らしぶり、左うちわだったらいいな(笑)
ブログやwebマガジンの急速な浸透が進む中、情報誌に求められているものは何か考え、
これから雑誌業界へ入ってくる人たちと一緒に、いい物を作っていきたいですね!
| 企業名 | 株式会社 京阪神エルマガジン社 |
|---|---|
| 公式HP | http://www.lmaga.jp/ |
| 事業内容 | 雑誌の編集・出版 |
| 設立 | 1979年8月1日 |
| 従業員数 | 68人(2006年11月30日現在) |
※2009年新卒採用情報 いまのところなし