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おのぞみドットコム真剣な会話> 同志社大学言語文化教育研究センター助教授 遠藤徹さん(1)
真剣な会話
遠藤徹さん


審査員全員に衝撃と困惑を与え、2003年度日本ホラー小説大賞を受賞した怪作『姉飼』の著者である遠藤徹氏。兵庫県で生まれ、東大文学部と農学部卒業、早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了および同文学研究科博士課程満期退学。定時制高校の教師として働きながらライター業も営みはじめました。東京外語大、早大、日大ほかの非常勤講師を経て、現在は同志社大学言語文化教育研究センター助教授を勤めています。著書に『プラスチックの文化史』(水声社)、『ポスト・ヒューマン・ボディズ』(青弓社)、『溶解論』(水声社)、『気持ちいい身体』(共著、パルコ出版)などがあり、訳書に『殺人罪で死刑になった豚』『怪物の黙示録』『恐怖の臨界/ホラーの政治学』(いずれも青弓社)、『ソロ・セックス』(パルコ出版)などがあります。

20代は小説の執筆と投稿を続けていましたが、29歳のとき断筆。30歳代はひたすら学術論文を発表していたそうです。その後、39歳で子供ができ、読書にも研究にも十分な時間をとることができなくなり、短い時間でメモしたアイディアを書きため始めたのが小説執筆再開のきっかけになったと語って下さいました。

色とりどりの本棚に囲まれ、BGMに『BEST OF DIVINE』が流れる研究室で、インタビューは始まりました。




Q、著書である『姉飼』の反響は如何でしたか?

日頃から本を読んでいる人や出版社の人は割と評価してくれたけど、一般にはあまり受けていないんですよ。表紙が気持ち悪かったということもよく言われますね(笑)。これからの、納涼シーズンにはもってこいなんですけどね…。全然涼しくならないけれど(笑)。

『姉飼』の評価は、賛否両論だね。全然つまらないっていう意見から、非常に感動したというものまで。いわゆる「怖い」というよりも「切な怖い」と、藤田香織さんという人がどこかに書いていました。それが一番あたっているかな。




Q、先生の来歴とかをお話し頂けませんか。

大学出てすぐ夜学の先生になって、仕事が夕方の5時から始まって夜の10時に終わる。夜、家に帰ってからが自分の時間で、明け方までずうっと小説を書いたり読書したりして昼頃起きる、という暮らしをしていたんだけれど、結局、公募に出していたのが全然ダメで。24歳くらいからずっとそういう生活。29歳で諦めて大学院に行った。それからは小説を書いていなくて。11年くらいは「お勉強の世界」。


Q、20代の頃に「行」というのをされていたそうですが。

ああ、あれはね。カードに毎日5枚ずつくらい、本とか百科事典から、気に入った部分を抜き出して書いてたの。それが「行」。あの頃は「何でも知りたい」っていうのがあったから。どうやって勉強していいのかわからなかったので、とにかく「カードにしてためていけばいいんじゃないか」っていう浅はかな考えで(笑)。だから本当に、無駄なことは一杯したよ。他のことはあんまり言いたくないな(笑)。それこそ、関係ない本ばっかり読んでた。今になってみると、他のことを色々やってみた方がいいのかも知れないと思う。


Q、今のお仕事から考えると、農学部を出られたというのは意外なのですが…。


農業経済が面白かったのは、来てる学生がちょうど文系と理系と両方の底に落ちた澱みたいな“あぶれ者”が集まってくるところ。英文科というのは、文学部のなかでもエリートが集まるすごい真面目なところで、あんまり面白くなかった。農学部はみんながへんてこな人たちで面白かったね。「ヤマギシ会」って知ってる?あの特別講習会も受けてた。有機農業に興味があって。それを深く知るには特講(特別講習会の略称)を受けなきゃな、と思って。1週間缶詰めになって問いつめられるっていうやつ。その他にもいわゆる精神世界系の瞑想とか、エンカウンターグルプとか……。いわゆるアカデミズムから外れたような世界に興味があって。特に「体験」するやつ。けっこう手当たり次第に行ってたよ。

最初は農学部の卒論書くために有機農業の調査していたんだけどね。ヤマギシ会と、世界救済教と、卵の会っていう60年代は左翼の流れだった人たちが「食」の方で活動していたのとを対象にして。イデオロギーでやっている人たちと、宗教でやっている人たちと、反体制でやっている人たちとを取材して。



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