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Q、先生のそうした反体制みたいなスタンスといったものに興味があるのですが…
アンチを唱えるほどちゃんと活動してないよ。凄いダラダラしてる。
僕は、真面目が好きじゃない。好きじゃないって言っちゃいけないな。真面目な人はもちろん偉いけど、僕は…それが、できないっていうことにある時気付いた。だから自分ができることだけやろう、と。開き直ったってことかな。それなりの倫理はあるけどね。
Q、これからの研究テーマはどうなさるんでしょうか。
60年代のアメリカで戦争が終わってたくさん化学物質が民間放出され、毒ガスが転化して殺虫剤になったりした。そういうのの害を指摘し恐れる人が現れるようになる一方で、当時のアメリカ政府はそこにバラ色の夢を抱いていたわけ。その典型例がサイボーグ研究で、宇宙飛行士を宇宙にやる時に身体の変化を全部クスリで制御してしまおうとすることだね。化学物質に対する恐怖と夢とがせめぎあっていた。ヒッピーもLSDで精神を変容させて世界を変えちゃおうと言っていて、それがサイケデリックロックまでいっちゃう。他方で、60年代には過敏症が現れているし、発ガン物質の問題も出てきた。人間を作り替えてしまう化学物質をどうするか、という問題で60年代はすごく揺れたのね。それを本にしようかなと。70年代になるともう化学物質は悪役だからね。
それで、今講義でやっているのは食品関係の話です。
Q、具体的にはどういったことでしょうか?
いちごポッキーってあるでしょう。小麦粉はアメリカから、いちごは日本のどこかのクズいちご、砂糖とか、練乳とか、添加物とか、世界中から色んなものが寄せ集まってきて、それで僕らが普段食べられるあのポッキーになる。こうしたいつでも食べられるようなものがグローバリズムそのものなわけ。こういう非常に奇妙なものを僕たちは普段気にせず食べている。これは、食が根を失った状態、ルートレスになってるということ。何故ポッキーを買うかというと、例えばミニモニがCMに出てきて「ポキポキポッキー♪」と言って楽しそうに食べているのを見て、イメージに感化されているのではないかと。あるいはパッケージを見て、フレッシュな苺がうつっていて、それにフレッシュな苺が使われているかのような錯覚を抱いて買ってしまう。イメージに操作されて食べているわけです。そうしたイメージに操作された食生活によって人がどのように変容していくのか、というのに興味がありますね。
Q、先生は以前「京都はお惣菜が美味しい」とおっしゃっていましたよね。
京都はね、地元の野菜を使っているでしょ。ルーツも歴史性もある。東京から来る人は、京都のイメージを食べているだけかもしれないけど。僕は東京に18年も住んでたから、僕も抽象概念を食べて美味しいっていってるのかもしれない(笑)。東京ってほら、世界各地の料理店があるけど、何使ってるかわからない。時間の流れにしても、東京は渾沌としてる。あと、東京は偉い人が多過ぎる。「あんな風にならなきゃ」って思わされる人がね。だから凄く焦っちゃう。それに比べると京都は、偉い人は確かにあちこちにいるんだけれどもそんなに目立たない。まあ、それはメディアが東京中心だから、というのもあるんだけれども。静かに暮らせるよね。自分の時間で物事を進められる。京都に来て凄く良かった。自分のルーツを見つけられるっていうか。
Q、それこそ十何年か振りに小説を書きはじめられるような…
そうそう。それは絶対に関係ある。
Q、でもルートレスであることや渾沌についても先生は肯定的ですよね。
生きることと、学問することとは別だから。生きることは…究極的にはルートレスかもしれないけど、安定が基盤になることもあって。生身の人間として生きていく上ではそれはすごく大事なことだと思う。他方で、学問をすることは根拠の無さに耐えることだっていう考え方がある。文系の学問なんて、根拠なんか絶対にない。特に文学研究なんか「こうじゃないか?」って言うだけ(笑)。なんにも真理じゃない。でも、それで良いと思っていなければこんな研究やっていられない。
Q、最後になりましたが、読者にメッセージをお願いします。
人生に無駄なことはありません!やりたいことをやりましょう。
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