真剣な会話
今、京都では町家リノベーションがアツい。外観の虫籠窓、格子戸、そして「うなぎの寝床」と称される、間口が狭く、奥行きが深い、町家ならではの建築スタイルは残しつつも、家の中をきれいにリフォームして、カフェやショップとして次々と町家が再生されている。 京都下京区に本社を構える株式会社庵も、滞在施設そして伝統文化研修の場として、リノベーションした町家を提供している。
その庵でオリジン・アート・プログラム・アシスタント・マネージャーとして働くミガーヒ ハナ(Hanna Mcgaughey)さん。アメリカで育った彼女が、どうして日本で、庵という伝統文化の発信に関わる場所で、働くことを決めたのだろうか。
Q. 京都に来られたきっかけを教えてください。
18歳から20歳にかけて、アメリカのオレゴン州の大学で、言語学を専攻していました。特に、日本語を勉強していたわけではなかったのですが、20歳の時、京都にある同志社大学に短期留学することになりました。そこで、日本文学の勉強をしたり、着付けや茶道、書道なんかもやってみて、日本文化の奥深さのとりこになったんです。友達と「毎日がアドベンチャー」って言い合ってました。
アメリカに戻った後も、「日本語の勉強をやりたい」と思って専攻を変えて…それも卒業まであと1年って時に(笑)。そして、大学を卒業後は日本で働くことに決めました。
私たち外国人が日本で働くには、英語教師になることが一番簡単な道なんです。だから、まずは教師の免許を取ることにしました。私は、アメリカ育ちですが、国籍はドイツにあります。だから、ドイツでビザの申請をしている間に、免許を取得しました。
「日本に行きたい」って気持ちが強かったから、ビザの申請前に、日本行きのチケットを先に手に入れていて。もしもビザの申請が通ってなかったら、チケットが無駄になるところでした。
Q. 日本での生活はどうでしたか?
言葉には悩まされました。留学もしていたし、アメリカに戻ってからも勉強はしていたのに、関西弁って特殊だから…あと、丁寧語、お礼の言葉なんかも。普段の生活が、日々勉強でした。
文化の違いなんかは、今でも分からないときがあって…たとえば、お茶を出すタイミングとか。でも、間違っても「次は間違えないようにしよう」って思うようにしてます。
京都に来て、最初は英会話教室で、英語教師として働きました。でも、教えるっていうことは、やっぱり難しくて…結局11ヶ月で辞めちゃって。その後、庵でアルバイトを始めて、2006年の5月に正社員として採用されました。
Q. 庵では、どんなことをされているんですか?
ここでは、庵の京町家に、滞在や文化研修に来られる外国人ゲストの通訳をしています。 特に、能の文化研修の時の通訳にはプレッシャーがあります。私が、先生の代わりに伝統文化の話をしなくちゃいけないので、やっぱり自分がわかっていないと、というところもあるし、どう説明すれば分かってもらえるのかと苦労します。
たとえば、茶道の文化研修に来られた外国のお客様は「どうしてお椀が1つ1つ違うのか?」という疑問をもたれます。茶道は、その1つ1つ違うお椀を楽しむといった作法に則ることで、その時間を楽しむ、大切にするものなんです。この世界観を理解してもらうのは中々難しいですが、理解して楽しんでもらうとすごく嬉しいです。
私自身も昨年の春から能を始めたのですが、それも社長に「やってみれば?」と誘われたことがきっかけで。11月には、仕舞いの初舞台に上がりました。庵では、伝統文化に関われるきっかけももらっています。

