真剣な会話

何を捨てて、何を残すのか。人生って選択することだらけですよ。 [株式会社 堀木エリ子&アソシエイツ]代表取締役 堀木エリ子さん

銀行員という畑違いの仕事から、和紙の世界に飛び込んで20年。堀木さんは数多くの革新的な技術を開発してきた。中でも10m以上の耐久性のある大型創作和紙を漉く手法と立体和紙を漉く手法は特許を取得。和紙で表現できる世界は大きく広がった。
作品は日本だけにとどまらず、各国で高い評価を受けている。特に1999年に天才チェリスト・ヨーヨーマ氏のコンサートツアーで手がけた舞台美術は各方面から賞賛の声。また、2003年にはウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
最近ではそごう心斎橋本店のライティングモニュメントが大きな話題を呼び、見事第40回SDA賞優秀賞を受賞。彼女の躍進はとどまるところを知らない。

Q. まったくの門外漢だった堀木さんが和紙の世界へ進んだのはなぜですか?

銀行員だった私は、あるきっかけで和紙を取り扱う会社に入社しました。働き始めてしばらくしたときに和紙を作る職人さんのところにお邪魔する機会があったんです。真冬の福井県で、車道の横に背丈より高い雪が積もっている時期のことだったんですが、職人さん達が氷水のように冷たい水のなかに肘まで手をつけて紙を漉いているんですよ。腕はもう真っ赤。暖房なんてもちろん入れられないから、部屋の中といってもものすごい寒さで、体からもうもうと湯気が立っているんです。

冷えた空気、紙を漉く際の水音、職人さんの真剣な瞳と、そこから包み込むように立ち上るような白い湯気。「あぁ、なんて尊い景色なんだ」と思いました。この光景は残していかなければならない、と心から思った瞬間でしたね。
しかし、その後会社は閉鎖してしまったので、ならば私がその光景を守っていこう、職人さんの努力を世に広く伝えていこうと思ったんです。その思いを共感してもらった呉服問屋の一事業部として、創作和紙のブランドを設立しました。

Q.しかし、最初から上手くいったわけではないですよね?

もちろん。私は本当に何も知らない素人でしたから。ただ、だからこそ良かった点もあったと思いますよ。というのは、何も知らない中で始めたので、まずなぜ前の会社は経営が傾いてしまったのか、なぜ手漉き和紙というものが生活に上手く密着していないのかを原点に戻って考えることがスタートでした。すると、和紙というものを広めていく上での問題点が見えてきたんです。何かというと、良い物を作れば類似品が出てしまうんですよ。手漉きで和紙を作っていくのは時間もコストもかかります。でも、それを模倣して機械で作れば大量に安く生産できる。手漉きと機械漉きの和紙は品質の水準がまったく違います。でも、それは長く使ってもらうことにより実感できることで消耗品として短期間使用するだけならば大きな違いは感じられないんです。だから人は安いほうに流れてしまう。ならば長く使ってもらえるものを作ればいい。そのために和紙の欠点である「汚れる、色あせる、破れる、燃える」というところを克服すること、便箋や小物のような消耗品ではなく、公共施設や商業施設などの建築物など、長いスパンで使用されるものに和紙を使えるようにしていくことを考えました。そこでそれを克服するための技法がいろいろ生まれたわけですね。[次のページへ]