真剣な会話
Q. ただ、堀木さんの技法の中の合わせガラス加工にすると、和紙特有のざらっとした質感が失われてしまって、「和紙らしさ」が失われてしまうのではないでしょうか?
確かにそういう一面もあるかもしれません。だけど、和紙というものを世に広め、残していくために、何を残して何を変えていくかなんですよ。京都は伝統の街だとよく言われるでしょう?でも、伝統と呼ばれるほど長い間支持されるのは、時代に即して革新をとげてきたからです。時代に取り残されたものが残り続けるわけはないんです。
合わせガラス加工で表面の質感が変わる。これは場合によって新素材だという見方もある。外壁に和紙を使えるようになったことで、和紙の可能性が広がったことのほうがずっと大きい価値だと私は思います。ただ、残さなくてはいけないものと、変えていくべきものを見誤ってはだめですね。
Q. 何を残し、何を捨てるか…究極の選択ですね。
でも人生というのは選択だらけですからね。人間の体はすごく機能的にできているから、目を開けばいろんなものが目に映るし、勝手にいろんな音が耳から入ってきます。でもそれは本当の意味で見たり聞いたりしているわけではなく、ただ映像が角膜に映り、音が鼓膜を震わせるだけのことなんです。見る、聞くと言う行為は対象に注目し、意識的に行い、それについて考えることではじめて成立するものだと考えると、何を見て何を聞くのかさえ無意識的とはいえ、何を残し何を捨てるかという選択の一部ですよね。
仕事の面で言えば、やるべき事かやるべき事でないかをまず選択しなくてはいけませんね。私の場合、その基準は私にしかできないことであるのか、和紙にしかできないことであるのか。私は私にしかできない事を、和紙でしか表現できない事だけをやっていくべきだと思っています。だって、人生80年しかないんですから、他の人にできることをわざわざ私が出ていってするより、自分にしかできないことを、自分がするから意味のあることだけをやっていかなきゃもったいない。本当に人生、見極めて選択しなくてはいけないことだらけです。
ただ、そこで基準にしてはいけないのが「できるか、できないか」でしょうね。人っていい訳が上手だから、できないいい訳はすごくたくさん出てくるじゃないですか。「天気が、体調が、タイミングが」って。でも「できない」という選択を捨てると、できる前提で進めるからたどり着くまでにいくら迷っても、最後にはできる。私はお客様の要望に対して「できない」と言ったことは一度もないんです。そして、実際できなかったことはない。最近の若い方たちは、できるできないや、好き嫌いで物事を選んでしまう傾向があるけれど、できないという選択を切り捨てないことには何もできないということを知って欲しいです。

