真剣な会話

盆栽美術家 川崎仁実さん

「渋い」「リタイア後の趣味」「見方がよくわからない」。現在、盆栽に対する多くの若者のイメージはこんなところだろうか。川崎さんのお話によると、ピーク時には3万人を超えた盆栽の愛好者人口は、新たな愛好者が生まれにくく、現在1 万人にまで落ち込んでいるという。
「日本の伝統文化といわれながらも、若い世代に引き継がれていない」。18 歳の頃に出会った盆栽の世界の現実を知るほどに、強い危機感を持ったという川崎仁実さん。現在彼女は盆栽家としてではなく、盆栽の魅力を世に伝える「盆栽美術家」として活動を続けている。

Q. 18 歳の頃に盆栽と出会ったということですが、そのよさというのはすぐに感じ取ったのでしょうか?

一目見てすぐでしたね。最初に盆栽を見たのは、学校帰りに立ち寄った「日本盆栽大観展(*1)」だったんですが、そこに並んでいた樹齢約250 年の黒松の盆栽の前に立った時、その素晴らしさに圧倒されました。もちろん伝統盆栽を見たのはそれが初めてでしたし、鑑賞の仕方なんてまるで知らなかったんですよ。でも、直感的にこれは"すごいものだ"と感じました。

---18 歳で盆栽のよさが直感的にわかるというのもすごい話ですね。

それまでに、お稽古事を通して、自分は日本文化が好きだし向いているとわかってたんですよ。「やらんとわからん、芸は身を助ける」が口癖の両親の元で、ピアノや習字、バレエにテニス、日舞…興味のあることは片端から習わせてもらいました。
あとは中学の頃に、阪神淡路大震災があったのも大きくて。 当時、同級生の間で「地震がきたら何を持って逃げる?」って毎日ほど聞き合っていて。私なりに散々考えて、気づいたことが「たとえすべてを失ってしまっても、身に付いたものは残る」ということでした。
そして当時、とても役にたっていた習字やそろばんなどから日本の文化にピンときたんです。だから、高校に上がる前には、これからは日本の伝統文化を身につけよう!ということは決めていました。そういう流れの中で盆栽に出会ったので、盆栽に惹かれたのも、その世界に進むことも、私の中では自然なことでした。

Q.盆栽の魅力に気がついたあと、自分でつくる方向にいかなかったのはなぜなのでしょうか?

初めはつくる方でした。でもうちの場合"餅は餅屋"じゃないですが、自分でつくって楽しむよりも職人さんのつくる盆栽の方が面白くて。職人さんの考え方や技術を見たり聞いたりするうちに、盆栽の持つ魅力をもっと多くの人にも知ってもらうべきだと思ったんです。
盆栽の世界は、職人自らが仕入、培養、販売までを管理している、「職人=経営者」という構造になっていて、盆栽をつくる人は中々広報的な活動まで手を広げる余裕がありません。だから、一般に盆栽の情報がとても少ない。それは仕方のないことですが、仕方がないで終わらせてしまえば、次第に本来メッカであるはずの日本で先細って行く状況がやってきてしまいます。そのことに強い危機感を抱くとともに、私はつくる方ではなく盆栽の情報を広げる方をお手伝いしようと思ったんです。

(*1)全国の盆栽・水石などの名品を一堂に集めた、秋の京都恒例の西日本一の盆栽展。今年は30周年をむかえる。川崎さんはこの展覧会の企画・広報を去年から担当している。



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