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季節によってさまざまに表情を変える、自然豊かな東山。その懐に料亭「菊乃井」があります。大正元年に創業して以来、京都を、そして日本を代表する料亭として多くの人に愛されてきました。今回お話を伺ったのは3代目当主の村田 吉弘さん。「料理人の使命は料理を通じて社会貢献をすること。料理の技術をわかりやすく一般の人にも伝えること。」との信念から、雑誌やテレビなどさまざまな場所で京料理のPRを続けていらっしゃいます。一方で、「和食とは、京料理とは何か」といった問いを常に自分の中に持ち、前例や慣習云々にとらわれず常に合理性を追求する闊達な料理人としても知られています。今回は、料理を作るとはどういうことか、村田さんの考える京料理とはどのようなものかを聞きました。
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Q、中学を卒業したら修行を始める料理人も多いと思いですが、村田さんは大学にまで行かれてますよね?学校へ行きながら、料理の勉強もされていたのですか?
いや、自分にも何か手伝えることがあるんちゃうかと思って調理場に入ったりすると、親父が「お前は学生やろ、学生の本分は勉強することや。出て行って本でも読んどけ」と言ってすぐ追い出された。もともと、「親の七光りなんてまっぴらごめんや」と思っていたし、料理は大学を出るまで全くやりませんでしたね。
Q、大学を出るとすぐに、料理を学ぶためにフランスへ行かれてますよね。卒業したら料理人になろうと決めていたのですか?
実は、大学の時に民青(民主青年同盟)に入っていたんです。青ヘルをかぶり、角棒を持って、デモをしたりしていた。国家に反抗する学生運動というやつですよね。同時に、ゴルフ部にも入っていたから、車の中にはゴルフクラブが常に入っていた。デモの途中に「あ、ごめん、ゴルフやわ。またな」とか言って角棒置いてゴルフ場や(笑)。学生運動は政府を倒すための庶民運動やけど、ゴルフって富裕層のスポーツやんね。そうやって、変な矛盾を楽しんでいた。その頃から物事を多面的に見る癖がついていたんだと思います。
自分の国の将来を真剣に考えたり、身近なひとつひとつについて徹底的に議論したりしてた時期やったと思います。「金魚に精神はあるか」なんてね(笑)。今思えば笑い話だけど、真剣だったんです。この時に過ごした時間は、ほんまに大きな財産やと思うね。議論した結果、人間は結局利己的やと思った。突き詰めれば、自分だけがよければいい。自分のしたいことだけしたい。それが本質やと思ったんです。マルクスやレーニンの考えは確かに素晴らしいと思ったけど、社会よりも自分が一番なんちゃうかと思ったら、急に冷めたねえ。人間は利己的だとふまえたうえで、自分のしたいことが、みんなのためになる、それが一番理想的やと結論づけたのが学生時代でした。
で、卒業してすぐフランスに行った。フランス料理の方がおしゃれでかっこよく見えたから。フランス料理の勉強もした。でも、フランスで食べた日本料理の味に愕然としたんや。このまずいものが日本料理か、と。フランス人にそれが日本料理だと思われることが心底恥ずかしかったんやな。日本人のプライドみたいなものがあったんやろな。それで、日本料理をやろうと決めた。自分に与えられた使命はこれなんや、自分はこれで生きていくんや、と決まった瞬間やったね。その瞬間から、利用できるものは何でもしてやろうという気になった。親の七光りだろうが七十光だろうが、引き受けるべき奴が引き受けて、責任を全うすることが世の中への貢献なんやろうと。やる気になったら必死になったし、素質もあったのか、技術を覚えるのは早かったね。
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