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おのぞみドットコム真剣な会話>菊乃井主人 村田吉弘(2)
真剣な会話
村田吉弘さん

Q、料理の世界にも、生まれ持った才能の世界、努力しても及ばない天分の世界というものがあるのですか?

僕は、世の中に差別はないけど区別はあるんちゃうかと思ってる。課せられてる使命というか、責任というか。その意味で、世界は全然平等と違うと思う。代々医者とか、家族みんな弁護士とか、政治家なんておかしい。それに向いてる奴がすべきことであって、向いてる奴がその使命を果たせるような社会の仕組みが必要なんと違うかな。ただし全員が全員、何かを成し遂げられるかというと、そうでもない気がするわ。たとえば、「一流の料理人は、たくさんいすぎてもそれはそれで困る」という現実がある。日本にレストランが1万軒あれば1万人の料理長しか必要ないわけで、調理場の中が全員料理長やと困ったことになる。それでは料理は成立せんわな。好きなことで食べていけるというのはそれだけで幸せなことや、自分は料理長に尽くすんやと思ってどこかで線を引かなあかん料理人もいるわけやな。

別の問題として、「能力をわきまえる」ということは実は非常に難しいんよな。「自分が、何をわかってないかをわかる」ことや、「何が出来ていなくて今何をすべきかをわかる」ことこそセンスが必要。本当の意味で「わかってない」人は、「何がわかっていないことがわかってない」わけや。「そこのそれ、直しておけ」といっても何がおかしいかわからないから、どれを直せばいいかわからない。「そこの掛け軸、ちょっとおかしいんちゃうか」と言っても、わからないやつはどこがおかしいのかわからずに「斜めになってますかね」とか言う。わかってなければいくら努力してもだめで、その意味では「人一倍努力すれば何とかなる」なんてのはウソやと思うなあ。悲しいかな、人が持っている可能性には差があると思う。でもそれを、はっきり言う人は少ないわな。

Q、でも、それを理解するのはなかなか難しく、つらいことですよね。

そうやろなあ。特に多いのが、知識はあるけど知恵がない人。魚を下ろすにはこうして、こうすればいいとか、火を通すときにはこうやればいい、みたいな知識だけあるけど、じゃあそれを実際の料理にどう活かしていったらいいのか、そこに知恵がない人がほんまに多い。それはまさしく、「魚を下ろすとはどういうことか、なぜ下ろす必要があるのか」とか、「火を通すことはどういうことか、火を通すと素材にどういう変化が起きるのか」という考えが足りひんのやな。料理の世界のような職人の世界では、技術を引き継いでいくことよりもむしろ、こういう考え方の部分を引き継いでいかなあかんのちゃうかなと思う。

だから見て盗めるようなものだったら教えてあげればいいし、自分で学べるような内容なら誰でもできる。そういう表面的な技術の話ではなく、それを超えたところに本質があるんやと思うわ。一子相伝とよく言うけど、たいていの場合、技術ではなくて考え方が伝えられてる。技術だけなら一生かからなくとも教えられるわけで、長い時間をかけて教えるべきなのはそういった「ものの考え方」や「ものの見方」と違うかな。

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村田吉弘さん
村田吉弘さん


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