真剣な会話

知は力ですよ、絶対にね。
京都大学 名誉教授(京都橘大学 文化政策学部教授) 近藤文男さん

旧来ビジネス誌によく登場する「マーケティング」という言葉、実は はっきりとした定義や使われ方をしているわけではない。というのも、 マーケティングが研究され出したのはわずか100年ほど前で、学問の 歴史としては浅い。多様化するビジネスを俯瞰するための知識として も、進化する消費者へアプローチする方法を考える上でも、マーケティ ングの研究に対する注目は高まっている。
京大の名誉教授であり、現 在は京都橘大学で教鞭を執る近藤氏は、主にグローバル競争のもとに おける日本企業のグローバルマーケティングの研究をしている。その 研究を通じて、世の中にどのような影響をもたらそうとしているのか、 研究室を訪ねた。

Q. 学者を目指したのはいつの頃からでしょうか。

私はね、小さい頃小児まひを患い1年間寝たきりになったり、回復して からもおんぶで学校へ送ってもらっていたような子どもだったんですよ。
そんな中、1949年に湯川秀樹さんが日本人初のノーベル賞を受賞されて、 僕もあんな大人になりたい、学者になりたいって考えるようになりまし たね。

成長してからも一時足が悪くて、自転車で通っていたりしたので すが、親戚のあるお医者さんがすごく熱心に治療してくださって、なん とか克服したんです。感激して、僕も絶対医者になろう、病気を治して 人の役に立とうと思いましたね。

Q. なぜ医者から経営学の道へ変更されたのでしょうか。

実はね、某国立大学の医学部を落ちてしまったんですよ。で、たまたま 受かった地元の国立大学の経済学部へ進んだ。田舎の大学で少人数でしたから先生ともよく話す機会があったんです。そんなとき、指導してく ださった先生から、「医学は人間の病気を治すことができる。これは確かに素晴らしい。し かし経済学は、社会の病気を治すことができるんだ。これは医学よりも 遥かに大きなスケールだと思わないか」と言われたんです。

これには心を打たれましたよね。確かにそうだ、経済学も世の中の大き な力になれるのではないかと思った。よし、社会の歪みとか社会の問題点を解決していこう、そういうことに貢献していこうと考えたんです。ちょうど当時は、国家と産業界の癒着だとか、失業の問題なんかがクロ ーズアップされていた時期で、その癒着だとか解決に切り込みたいというのがありましたね。

京大の大学院に進んだときには、経済学を極めたいという一心でした。経済学の勉強には自信があったのですが、京大には優秀な人がわんさか いて、そのような中で何か自分でも勝負できる分野を見つけないとと思ったのです。それが、マーケティングという新しい研究分野でした。

そもそもはマーケティングとはP&Gという会社が19世紀末に使い始め た言葉ですが、当時は「広告でもなく流通でもない新しい概念」として、マーケティングという研究分野に注目が集まっていた時代だったんです。

Q. しかし当時の京大といえばマルクス経済学一色だったのでは。

その通りで、僕自身もその影響を受け、資本主義は崩壊して社会主義に 行くのではないかと思っていました。ベルリンの壁の崩壊、つまりは社 会主義の崩壊に直面すると、これからはいよいよ新しい時代が始まるな、今までの時代が一気に変化して複雑でおもしろい社会が到来していくよ うな気がするね。



Q. 学者という仕事は、研究を通じてどのようなことを成し遂げる仕事ですか。

知識の面から世の中に貢献することです。
経済は社会や暮らしのありようを変えていきますよね。全自動洗濯機や 電子レンジが女性の社会進出を後押ししたように。ビジネスのイノベー ションが暮らしを変えていくんです。
それをふまえて、今マーケティングの現場で何が起きているのか、マーケティングの事例から私たちは何 を学べるのかを研究し、その知見を社会に還元することが、学者の仕事ではないかと思っているんです。 [次のページへ]