真剣な会話
京都で暮らす人と、京都を訪れる人、1つのテーマに対して2つの目線で書いた、エッセイガイド『ミソジの京都』(※以下「ミソキョー」)が、いま女性たちの間で話題を呼んでいる。著者は、京都出身、京都在住のライター・高橋マキさん。1年ほど前に二条城近くの長屋に引っ越し、現在は生活の根本からどっぷり京都につかっている。暮らす者の手で書かれた本書は、「読んでくれる人の気持ちになって京都を紹介する」ということを心がけたという。行間からは、京都の案内人としての高橋さんの自負と思いやり、そして時に苦慮が伝わってくる。
京都ブームといわれて久しいこの街で、情報発信の担い手としていま何を感じ、何を思うのか。ミソジ間近のおのぞみスタッフがうかがってきた。
※「ミソキョー」とは:
乙女以上、白洲正子未満。京都は30代からが楽しい、がコンセプト。「ミソジ」=もちろん実年30代の方ではなく、「乙女以上」=単純な「かわいい」を卒業し、経済的にも仕事にも少し余裕ができ、週末などにふらりと京都に訪れ、京都の文化や街に興味を持ちはじめた人たちのことをこの本では「ミソジ」と称している。そんなミソジ女性のための京都指南書。
Q.高橋さんは最近長屋暮らしをはじめられたそうですが、住み心地はいかがですか?
私の祖父母は西陣で織物をやっていて、育ちも半分以上は古い家。メディアでは、古い町家がステキ!としきりに取り上げますが、小さな頃から実際の暮らしを目にしていたので、暗くてせまい上に、夏は暑く、冬は寒い…というデメリットも分かっていたんです。だからひとり暮らしを始めてからはずっと、街中のマンション派でした。ただ、それだと隣近所の付き合いもないし、部屋にこもって書き物の仕事をしていると雨が降ったことさえも気がつかない…。そんな生活になるでしょう?
例えば取材先でステキなほうきに出会っても、マンションのフローリング生活では使うことがないんですよね。でも、仕事を通じて京都で受け継がれてきたものや、ものづくりの素晴らしさに出会い、作る人の思いを文字に書くたびに、少しずつ「実際にこれを使ってみたい」と思いが強くなって、ついに昨年長屋へ引っ越してみたんです。私的には"実験的長屋暮らし"と呼んでいます。
――実験的というと、引っ越されてから自分で手を加えて改装されたのですか?
いえいえ。長屋は築80年くらい経っているものの、昭和の改装がされていて、ずっと人が生活してこられたものなので、引っ越したその日から暮らしはじめられるほど状態がよかったんです。とはいえ、掃除の仕方ひとつとってみても、「はたきってどうやってかけるんだったっけ?そもそも何処で売っているんだろう?」と分からないことだらけで、自分のできないことの多さに改めて驚きました。そんな時、取材先で「私、最近長屋に引っ越したんです」というと、お店の方が「大変でしょう?」と役に立つ情報を色々と教えてくれたんです。「不便」「だけど誇りをもって暮らしている」という感覚で仲間意識が働くのでしょうか、この暮らしをはじめてから町の人との距離がさらに近くなったように感じます。
また、それまでは河原町の街中暮らしだったのが、繁華街から少し外れた二条城周辺に引っ越してきたことで、「住む場所」と「仕事をする場所」とが近いけれどうまく分離され、オン/オフの切り替えがしやすくなりました。
――なるほど。仕事する場所と暮らす場所が極めて近い、職住一体の街として機能していることも、京都の特長の一つですね。書き手として京都を見続ける高橋さんにとって、いまの京都について感じることはありますか?
東京や大阪、そして海外など、京都以外の資本の店が街に急速に増えていること、さらに観光客がそういった店に集中しているのが残念です。その分、昔からやっていた地元の小さな店がなくなっていますし…。変わらないように見えて、京都は少しずつ変わっていますね。

