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おのぞみドットコム真剣な会話> [阿闍梨餅本舗 京菓子司 満月] 中嶋哲夫さん(1)
真剣な会話
中嶋哲夫さん


[満月]は、安政3年(1856年)の創業の京菓子司。店の看板商品である「阿闍梨餅(あじゃりもち)」は、大正時代に2代目が考案した菓子で、京みやげとしても、京都人のお茶菓子としても絶大な人気を誇ります。そんな[満月]で“番頭さん”と呼ばれ、「阿闍梨餅」以上に親しまれている人が、常務取締役の中嶋哲夫さん。15歳の頃に[満月]に住み込みで働きに来られ、以来48年間も[満月]に勤めておられます。
今回は中嶋さんに、番頭さんのお仕事について、また菓子作りへの情熱について、そして「ひとところに勤め上げること」の心を、お伺いしました。



Q、中嶋さんが[満月]に勤めようと考えられたのには、どういういきさつがあったのですか?

中学を出て、どこに勤めようと考えたとき、3つ候補がありました。ひとつ、身にまとう。ふたつ、食べる。みっつ、住まい。3つとも大好きでね。アパレルいうたら格好いい、憧れの業界ですし、日曜大工は好きでようしてましたし、食文化は奥が深い。どこがええんかいなと悩んでた中学生に、親父が一言「そらぁ、食べもんは食べたらなくなるわなぁ」と言いました。当時は今と違って不景気な時分でしたから、消費されるというのはええことです。食いっぱぐれがないという意味でね。「そうか!」と親父のアイデアをもらいました。甘党やったから“おまんやさん”(お饅頭屋さん)がいいと思って、京都に出て[満月]の工場に住み込みで勤めました。15歳の頃です。[満月]を選んだのは偶然です。来てみたら、それは立派なおまんやさんでびっくりやったけどね(笑)。ちょうど48年前のことで、戦争が終わる時期ですわ。その頃の[満月]は「阿闍梨餅」よりも、九條家御用達のお菓子「満月」の方が人気でした。
洋菓子を作りたいなぁと思ったこともありましたよ。洛北に[バイカル]ってありますわ。そこが飾りつけから何から、天国みたい見えた。華やかやったしね。憧れますやん。人のもんはよう見えるんですわ。そうすると、和菓子屋は悪いようにばっかり見えてくる。人間てマイナス思考なもんで、悪う悪う思てたらどんどん悪いように見えるし、いいもんはどんどんよく見える。そういうとき主人とお話したら「(洋菓子屋に)行ってもいいよ」とおっしゃる。経験として行ってもいいよ、と。でも「また帰ってくるか?」って。主人がよう言うてましたわ。「あっちは主原料がバターやメリケン粉や外国のもん使うて、こっちは米、餅米という和のもん。日本人の風土と、日本人の体と、日本人の食生活と、必ず和に帰るよ」と。バターが体にいいですよ、なんて今誰も言いませんでしょ。それは正直正解だったんでしょうね。




Q、[満月]にお勤めされてからは、どのような仕事をされていたのですか?

まず丁稚(でっち)といって、雑用係です。配達や掃除や下仕事を、だいたい朝の6時から店の閉まる夜10時まで、5年ほどやりました。住み込みでしたから、布団から出たらすぐに工場です。掃除をして、生地を作るのにすり鉢やらキネのような道具を揃えてから、自転車に乗って配達に出ます。出町柳から西大路七条くらい遠くまで平気で、喜んで配達に行きましたよ。作業場にはまず入れてもらえません。それでも、配達先にまっすぐに行って、配達し終わったらまっすぐ工場に帰ってくる。ズルするのは嫌いだったから、一所懸命やりました。
昔は修行や言うても、手取り足取り丁寧に教えてくれることはないから、全部盗み見して、目と体で覚えるんです。配達から帰ったら、きばって盗み見です。この菓子にはどんな砂糖をどんだけ使って、あの菓子はこんな包み方すんねやとか。早く仕事を覚えて独立したい一心でした。
丁稚が終わったら「手元」や「追いまわし」という、メインの人が動きやすいようにお手伝いする仕事につきました。昔は1から10まで手作業ですから、工程の進み具合に合わせて、次の工程で使う道具を横から出します。要領のいい人なら、何も言われんでもスッスッスッとヘラや次の道具が出てくる。僕なんか要領が悪いから走って走ってドタバタして…。素質の問題ですわ。ほんまに不器用やから。
それでも23歳からいっちょ前に菓子作りしてたんちゃうかな。夜10時に店が閉まったあと、「阿闍梨餅」の研究をしてました。餡子の砂糖を減らして、増やして、ちょっとでもおいしくできんもんかと試作を重ねて。夜に作ったお菓子を「どうでっしゃろーっ!?」て朝一番に親方のところに味見してもらいに毎日通いました。朝早うから甘いもん持っていくもんやから、親方もいーした(嫌になった)んとちゃいますか(笑)。「熱心にしとる中嶋に任せる」と言ってくれてね。それからは、餡子なら天下一ですよ。
そのあとは営業部長として、百貨店を中心に営業やらしてもろてました。百貨店の担当の方がおっしゃるのが「気難しい男や」て。[満月]はほんまに真剣にものを作ってるから、ええ加減な売り方したときは厳しかってんよ。相手方も真剣になって、お互いに50・50でやってくれんとね。せやし未だにご挨拶が「こんにちは」やなしに「何かありましたか?!」(笑)。僕が動いたら、百貨店側は「自分らが[満月]に対して不利益を与えたんちゃうか」という見方をされる。だからもう動いたらあかんのです。動いたら、向こうに嫌がられるから(笑)。
下仕事はしんどいって言われますけど、中の仕事と外の仕事と両方あって、僕ら毎日楽しかった。丁稚の1から番頭の10までさしてもろて、ものすごいラッキーですわ。



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中嶋哲夫さん

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