真剣な会話
歌舞伎や文楽よりもはるか昔。
能は600年以上前、室町時代から受け継がれてきました。
心地よい緊迫感が走る能舞台。
シテ方の絶妙な顔の傾け具合で表情を作りだす「能面」をかけ、
能装束をまとって、すり足で登場します。
舞台に立つのは、能楽師 観世流シテ方・林宗一郎さん。
(※観世流・・・「シテ方五流」と呼ばれる流派のうちのひとつ)
能は流派によって異なりますが、シテ方・ワキ方・狂言方・囃子方で構成されます。
「シテ方」とは舞台で舞と謡を演技するいわば主人公。
林家は京都で観世流を広めた「京観世五軒家」のうちの一家で、唯一今も存続している貴重な存在です。その中で宗一郎さんは、次期14世として活躍されています。
若い人には受け入れ難いと思われがちな能の世界。
若手能楽師 林さんが今考える
「能の魅力」と「これからの能」について話しをうかがいました。
Q. 能楽師と聞いても、あまりイメージが湧かないのですが、普段どのような活動をされているのですか?
主に能舞台の出演と一般の方に向けた能のお稽古場を開いています。
能を舞っているだけと思われがちですが、能舞台のプロデュースやチケットの販売まで全て自分たちでやっているんです。映画の世界のように監督・脚本家・衣裳担当・演出担当・広報担当と分かれているイメージとは大違い(笑)。
また、より多くの人に能に親しんでもらいたいので、最近では自宅の稽古場だけでなく、協力していただけるお寺さんなどでも場所を拝借してお稽古場を開いたり、能講座などもしています。お稽古に来られる生徒さんは老若男女問わず様々で、どなたでもお稽古にお越しいただけます。
Q. 幼い頃から能が身近にあったと思うのですが、どのように取り組んでいったのですか?。
はじめは「お稽古ごっこ」からのスタートでしたね。とにもかくにも師匠である父親の真似をしたり、一緒にお風呂に入りながら謡を謡っていたりしたようです。3歳の頃の記憶ですから覚えていませんね。幼くて眠いときはぐずったりもしたみたい。でもお稽古は毎日じゃなかったので小学校に入っても苦だと思わず、ちゃんと続けていましたよ。あとはご褒美目当て(笑)。舞台を終えて「よく頑張りましたね」とお客さんからファミコンをもらった時はめちゃくちゃ嬉しかった!
また、舞台では自分と同年代の子供もいたので、舞台に立つこと・能をやっていることに特別だという感覚はあまりなかったです。ただ小学生の頃、休日に舞台が入ると「もっとみんなと同じように遊びたい!」とよく思いましたね。中学・高校時代は能の勉強はそこそこにサッカーに夢中!それまでも能楽師として生きていくんだなと漠然と考えていましたが、「自分には能しかない!」と決心したのは大学生のときです。そこから能に対する意識や姿勢が変わっていきました。最近は他のジャンルの舞台や芸術品を拝見するなどして何か能に取り込める要素はないか、あまり知られていない能をどのように知っていただくか…と探し求めています。
Q.能を観賞するのは難しいイメージがありますが、実際どうなんでしょうか?
能って不親切な芸術なんですよね。無駄なものをすべて削ぎ落とし必要最低限のものだけで表現するんです。つまりみなさんが難しいと思われる部分は「目に見えないものを楽しむ奥深さ」なんでしょうね。例えばストーリーの中で月が出る演目のとき、実際に月を舞台上に出すのではなく、役者が見上げる先にある月をイメージしてもらう。どんなお月さんをイメージするかはお客さんの自由なんです。「ナンバー1じゃなくていい、オンリー1♪」のように正しい答えはそれぞれのお客さんの心の中にあるんです。月を出してしまったら答えは一つ。それって面白くないじゃないですか。楽しみ方にルールなんてなく、能の「衣裳が好き」「動きが好き」「雰囲気が好き」・・・と楽しみ方は何だっていいと思っています。つまり能はライブ、役者とお客様が一つとなって目に見えないものを作り上げるのが面白いんだと思います。

