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Q、高山館長は子供時代、ブリキのオモチャで遊んだのですか?
私は北海道の旭川出身ですが、子供の頃はブリキのオモチャで遊べなかったんです。生活するので精一杯で、買ってもらう余裕がなかった。うちだけじゃなく、ほとんどの家がそうでした。クラスや町内で1人が、そこそこのオモチャを買ってもらえて、私らはお正月かお盆に、ビー玉とかメンコを買ってもらえるぐらい。けど、金持ちの子なんかはね、「高山見てみ、こんなん買ったで」ってブリキのオモチャを私に見せるわけです。触らして欲しいけど、そんな子に限って触ったら「汚した」とか「壊した」とか意地悪なことを言うわけです。それをわかっているから「いいなー」と言うだけで、「触らして」とは言わなかったものです。
誰でも触ってみたい、動かしてみたいけど、壊したら親に迷惑がかかる。子供心にそんなことを考えていました。だから、友達の周りで「すごいなー」とか「いいねー」と言ってヨイショしていた。触れなくても見せてもらえるだけで、嬉しいじゃないですか。
ブリキのオモチャでこそ遊べませんでしたが、こうした子供時代の思い出は、オモチャを集める大きなきっかけになったんです。私はメルセデスベンツのブリキのオモチャを1000点ほど所有しています。これは世界で現存するベンツのブリキのオモチャを全て持っていることになります。何でそこまでメルセデスベンツに思い入れがあるかというと、小さい頃の親父の影響なんです。大工だったうちの親父は、どちらかというと無口であんまり弁のたつ人間じゃない。けど、その親父が酒を飲んだら「豊治、大きくなったらメルセデスベンツに乗れるような立派な大人になれ」と話をするわけです。当時の北海道はベンツなんて走っていないのに、なぜか親父は知っていたんです。
どうしてかというと、親父は第一次大戦の時に、兵隊としてドイツに行ったんです。ドイツではベンツがたくさん走っていますよね。それこそ大衆車から素晴らしい地位の人が乗るグレードの高いものまで。そこで親父は、たまたま機会があって乗せてもらったそうです。だから、戦後帰ってきてから「ドイツには、メルセデスベンツという、すごい車がある」と言うわけです。無口な親父が、ただのベンツじゃなく「メルセデスベンツ」とまで言う。そこだけは非常に文学的な響きがあるというか、うちの親父には似合わないセリフだなって感じたことが頭に残っていたんです。
Q、おもちゃの博物館を開くまでは、何をされていたのですか?
私は高校を卒業して京都へ出て来たんです。同じ人生、苦労するなら北海道よりも自分の憬れの内地でがんばった方がいいかなと思いまして。また、京都に僕の先輩がいることもあって、京都へ住むことになりました。
毎日新聞京都支局販売部で働きながら、京都外語大学の英語商学部の二部に通いました。大学を卒業してからは、自分で商売をしました。最初は、今の博物館のある四条通りじゃなくて、京阪深草駅の近くで、「何でも買います。何でも売ります」っていう看板をあげました。今でいうリサイクルショップを始めたんです。それが時代のニーズに受けたんでしょうね。売る人はいらなくなったら安い値段でも売ってくれ、それが欲しい人にとっては、それが幸いだったんでしょうか。なにせ当時、テレビや冷蔵庫を新品で買える人なんて、とても少なかったのですから。そうして、この商売が軌道に乗り、幸運なことに四条通りに面したこの場所にも店舗を移すことができたのです。
経済的にも社会的にも、人から笑われない程度の成功を手にした時、私は小さい頃に聞いた父の言葉を思い出したんです。「ドイツにはメルセデスベンツという素晴らしい車がある。お前は、大きくなったらその車に乗れるような立派な男になれ」と、お酒を飲むたびに何百回と聞かされたことを思い出したんです。そうなることが自分の夢を実現すると同時に、父親に対して親孝行するようにも感じました。本物のベンツの車を買うのはもちろんですが、同時にベンツのオモチャも集めるようになりました。そして、仕事の日が休みになると「ベンツのオモチャないですか」とオモチャ屋をまわりました。その段階では、あくまで個人の趣味の域をこえていない。展示する目的があったわけじゃなく、自分が感動して、それだけで終わりだったんですよ。
Q、一般の人にもオモチャのコレクションを見てもらおうと思ったのはどうしてですか?
オモチャを収集し始めて25年ぐらいですかね。それまでは、あくまで自分の自己満足だったのですが、あるブリキのオモチャに出会ったんです。それはメルセデスベンツの「300SLロードスター」っていう赤いオープンカーでした。この車は、ベンツの中でも究極の車と言われています。ボディー全体がアルミで作られて軽量化されている。さらに当時の車はシャーシっていうので補強しているんですが、この車はシャーシじゃなくてパイプフレームで強くしている。そうやって強度や安全性を確保しながら、軽くて速い車にしているんです。パイプフレームで作られた車は、世界中でもメルセデスベンツの「300SLロードスター」と、同じくベンツの「300SLガルウィング」という車以外ないんです。言ってみれば、メルセデスの中でも究極の車です。
けど、僕が巡り合ったブリキの「300SLロードスター」は、それだけじゃなかったんです。座席に鉄腕アトムとその妹のウランが乗っていたんです。それを見た時、ベンツだけでもすごいのに、さらに人気者の鉄腕アトムやウランが乗っている。人を楽しませるものが、いっぱいここに詰まっているじゃないですか。この時に決めたのです。「オモチャのコレクションを皆に見てもらおう。それも車やブリキのオモチャだけじゃなしに、ロボットや飛行機やあらゆるジャンルのものを収集して展示するミュージアムを作ろう」と決めたんです。それが僕の使命だと思いました。
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