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24歳の時にオーナーシェフとなった笹島シェフ。その後、何店かの店のたちあげに携わり、2002年12月には、京都東山の地に[イル ギオットーネ]をオープンした。京野菜など地の食材を使った斬新なイタリアンメニューが好評を呼び、店は予約で1ヶ月待ちというほどの盛況ぶりだ。
「店は街と共存している。だから自分の為ではなく人の為にあるべき」と笹島シェフは話します。40歳を迎えた今、どのような事を考えておられるのでしょうか。お話をうかがってきました。
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Q、笹島さんの作るメニューでは、京野菜など地の食材を使われていますが、イタリアンに日本の食材を用いることに抵抗はなかったのでしょうか?
イタリアンにはルールがありますからもちろん悩みました。僕が京都でイタリアンを始めた当初は、日本の食材をイタリアンに使うなんて絶対やるまいと思っていました。京都には京料理という、いわば日本料理の総本山にあたるような素晴らしい文化がありましたから、その文化の食材を使うなんて京料理への冒涜やと思っていたほどです。だから、当初はイタリアの食材をなるべく取り寄せて作っていたんです。僕が目指していたのは、本当にイタリアの現地そのまんまのトラットリアのスタイルだったのです。
でも、自分が京都の食材を口にする機会が増えたり、実際に生産者の人と会う機会があったりして、あまりの美味しさに驚愕したんです。自分が今まで大阪とか他の地域で食べていたのとは全然違うなと思いました。そして、自分が美味しいと思ったものを出すのが料理人としての使命やと思ったんです。現に、本場のイタリアのシェフだってそうなんです。内陸部のあるシェフは、「うちはサーモンやキャビアは出さない。だってこの土地ではとれないから」と言うんです。つまり、その土地のもんをその土地で料理するのがイタリアンのスピリットなんです。
それから、京都の食材を積極的に全部使ってみようと思いました。スタイルを全部変えて、ダメならダメですぐに元に戻せばいいと開き直ったというか…。そしてお客さんの反応を見ていたら、お客さんも待ってたいたような感じだった。ちょうどその時に、[菊の井]の村田さんとのエピソードがあるんです。村田さんが食べにいらした時に、僕は正直に聞いたんです。「僕の作っているこれは、はたしてイタリア料理でしょうか?」と。そうしたら、村田さんは一笑にふされて、「これはちゃんとイタリア料理やで。うまい。君はずっとイタリア料理が好きで勉強してきたんやろ?創作料理みたいなものはベースがないし、ベースがない人間が作ってもそれは単なる創作料理なんや。君の場合は、イタリアンのフィルターで食材を見ているから、君の作った料理はイタリア料理なんや」そう言ってくださったんです。ちょっといい話でしょう?目から鱗が落ちたというか、本当にふっきれたんです。
Q、笹島さんはイタリアンの精進料理の本を始め、多くのメディアに積極的に出られていますが、それはどうしてなのでしょうか?
イタリアンの精進料理の本は、西本願寺さんに頼まれたのです。西本願寺さんが初めて仏教本以外の本を出されるということで、すごいリスクがあったと思うんですよね。それをわざわざ僕に、と言ってくださったのに断るのは失礼やし、もし僕が断ったら東京の有名店のシェフが担当されるだろうなって思うと、あんまり良くないと思ったんです。京都の人が初めてやろうということなら、京都の人がやるべきだと思ったからです。あの一冊で、自分の料理観がすごく変りました。「こんなんで出汁とるのか」と思っていたら旨かった。しっかり素材の味が生きているんですよね。今の自分の料理にもすごくフィードバックされています。
何についてもそうですけど誘いを断らないのは、必ず何かに役にたっていると思うから何です。貧乏性なんですかね。その仕事をしたことで、自分の料理観が変わったり、仕事で知りあった人と後で大きな仕事をしたりしたんです。だから、やるんじゃなかったって後悔した事がないですね。それに断ったら自分の枠が狭くなるような気がするんです。
もちろん僕は料理人なんで、店で料理したいのが本音なんです。余計なものを排除すると料理だけになる。だけど、それだけになると視野がせまい仕事人になるでしょう?食べ物を通じて色々なものに接点をもつべきなんです。料理と全然関係ない番組だったらでないけれど、料理がキーになってたらどんな番組にもでる。それは僕にとっても役だつことだからです。それに、今年の春からうちに就職する島根から出てきた子がいるんですが、大昔に『料理の鉄人』に僕が出ていたのを見て、それで料理人になろうと決心したそうなんです。すごいでしょう?一人の人間の人生を変えたメディアの影響力というか…。
実は、人前でしゃべることは非常に苦手なんですよ(笑)。だけど、1回やめようかなって思った時に、ある先輩から「お前みたいになりたい奴はゴマンとおる。“いやや、いやや”言うても仕事がくるなら、それはお前の運命やし、それはやらなあかん仕事や。その仕事を断るのは、やりたくてもできない奴に対してどうなんや?」って言われたんです。それを聞いた時に、ほんまにそうやなって思いましたね。だから今は、頼まれたことはやろう。物理的に無理なこと以外はやろうって思っているんです。
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