真剣な会話
2006年11月、国内初のマンガばかりを集めた施設が京都の中心部、烏丸御池に開館した。その名も「京都国際マンガミュージアム」。
なぜマンガのミュージアムが京都に設立されたのか。その設立に関わられた京都精華大学研究事業部部長、上田修三氏にお話をうかがいました。
Q. 京都国際マンガミュージアム設立のきっかけを教えてください。
京都精華大学は、30年以上前からマンガの勉強をするクラスがあって、日本でいち早くマンガを学問として扱った大学でした。京都国際マンガミュージアム設立の大きなきっかけは、2001年に表現研究機構マンガ文化研究所(注1)を設立したことです。そこで、調査・研究をしていく中で、「資料が体系的に揃わないと難しい」という声が学内で上がり、「マンガの図書館」を造るという発想が生まれました。
Q. 当初の構想である「マンガ図書館」から、「国際マンガミュージアム」へと変わっていった経緯は何でしょうか?
単に蔵書を集めただけの図書館という施設では、下手すると、マンガ喫茶と誤解されかねない。あくまで研究資料としてマンガを集め、それに加えて、研究成果の報告もできる博物館的な機能をもつ、「図書館プラス博物館」という施設を造ろうという方向で構想を練り始めたのです。
学内にも授業で使用する図書館がありますが、この施設との違いは、世界各国から集めたマンガを一般の方や海外からの研究者にも開放しているところにあります。逆に、各国の研究者の方にも講座でお話をしていただくといった支援もしていただいています。
そういった意味で、各国の研究者にネットワークをもつ施設なのです。
Q. 上田さんがミュージアム設立に関わった経緯を教えてください。
僕は1991年に精華大学に事務局職員に就任し、そのあと1997年の大学の情報館(注2)の立ち上げ、2001年の表現研究機構の立ち上げに関わってきました。そして、2004年マンガミュージアムの構想を一から担当することになりました。 だから通常の事務職というより、新しいものをどのように立ち上げていくかということに大きく関わってきました。特に今回のミュージアムの設立は、学内だけでなく、京都市や地域の人なども関わるプロジェクトで、学外との調整は大変でした。

