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Q、昔のお客さんは、今のお客さんと何が違うのでしょうか?
一番違うのは、お金の使い方ですね。昔なんか深夜2時に「今から10人いけるか?」って電話してきはって、舞妓さんをぎょうさん連れて来て、パッと食べてサッと帰っていくお客さんなんかもいました。それも「釣りはいらん」と、札を置いていかれてね。またある時には、鮨屋にいてるのに、うちの店のものを運ばせて、鮨なんて食べずに、あんみつ食べて帰らはる社長さんもいました。その代わりに、埋め合わせはきっちりとするんです。鮨屋さんにお金を余分に払ったり、後日、うちの家族分の鮨を運ばせたりして。両方の店の顔を立てる、という事をきっちりしてはりました。
それに比べて今のお客さんには、京都の「顔を立てる」「メンツを重んじる」という文化を心得ている人が少ないと思います。腕にロレックスしてはるええ歳したおじさんが、女の人を連れて入ってきて「1つのかき氷を2人で食べることができるか」、「領収書もらえるか」。そういう風に聞くんです。もう、情けなくてね。うちはダンピングなんかできませんと言って、そういう方は出て行ってもらいます。
Q、今も花街であり続ける祇園との違いは何でしょうか。
鴨川を挟んで東にある祇園は、かつては同じ花街として対等の立場にありました。それが時代の流れに伴って、祇園は花街のままで、先斗町だけが食堂街へと姿を変えたのです。この根本的な違いは、祇園の場合、祇園町という町の組合が土地を全て管理している事に拠ります。今、花見小路に並んでいるお茶屋も、実は全て組合から借りた借地なんです。組合が管理しているからこそ、簡単に店の業態を変えることもできない、だから花街であり続けたのでしょう。一方先斗町は、元々、土地も店も個人が所有していました。極端にいえば、店を閉めようと、業態を変えようと、何の制限もなかったんです。そして今では、この一町内で生活している人は4軒程度になってしまったんです。私なんかこの歳で、長老ですよ。地の人がやっていた頃は義理堅かったのに、今では引っ越してきても挨拶すらありません。店の横と横とのつながりが薄れていく、そう言うのは寂しいですね。
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