2008年2月12日

「重森三玲は何で庭を作り始めたの?」

 

編集部によく遊びに来るメリピエール

今日は、昭和を代表する作庭家・重森三玲が庭を作り始めるまでの話で盛り上がったそうです。
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メリ
こんにちは、ピエール。そうそう、昨日の話の続きね。

重森三玲のデビュー作にして代表作の庭、京都にある東福寺の方丈庭園「八相(はっそう)の庭」ができるまでについて話すね。

この庭、三玲が何才のときに作ったものだと思う

ピエール
昨日、メリと別れてから図書館で少し勉強したんだけど、三玲って79才で生涯を終えるまでに200あまりの庭を作ってるんだよね?

ということは、結構早くから取り組んでいたのかな。20才くらいの時?

メリ
ブー!
答えは、43才。昭和14年のことだったんだ。

確かに、18才の頃に自宅の茶室を設計したり、そのあとも時々作庭にたずさわったりと空間を演出する仕事をしてるんだけど、

本格的に作庭に取り組み始めたのは、東福寺の方丈庭園からなの。

ピエール
へー!若い時から作庭の才能をばんばん発揮していったんじゃないかと思ってたから意外だなぁ。

メリ
じゃあ、本格的に作庭に取り組み始めるようになった
きっかけは何だと思う?

ピエール
えっと・・・三玲は日本美術学校で日本画を学んだ後、小さい頃から習っていた華道茶道の研究を進めたんだよね。

・・・でも、そういえば、作庭に取り組み始めたのは何でなんだろう?

メリ
きっかけとなったのは、なんと、
台風の襲来!だったの。

昭和9年に襲来した室戸台風で破壊された京都の庭園を目の当たりにして、その復元と現状把握が必要だと思った三玲。

全国の庭園の実測調査を文部省に提案したんだって。

その後、独自に調査を開始し、4年後には約250もの庭の調査を済ませたんだ。

その調査で、三玲は後世に恥じない庭園を残すことが己の使命と感じたらしいの。

直後に、三玲のデビュー作にして代表作、京都にある東福寺の方丈庭園「八相の庭」が誕生するってわけ!

ピエール
己の使命に燃え、傑作を作り上げる三玲!トレビアン!

メリ
そうね。

さて、東福寺は、紅葉の名所として有名な寺院。

特に境内のほぼ中央を横断する渓谷・洗玉澗(せんぎょくかん)に
架けられた通天橋(つうてんきょう)からの紅葉の絶頂期の眺めは、

まるで赤や黄の色鮮やかな雲間に漂っているかのような感覚になるほど。


秋には多くの観光客でにぎわい、記念撮影の順番待ちがそこかしこの絶景ポイントで繰り広げられるのよ。

三玲の庭が実際にどんなものなのかについてはまた明日話すね。

ピエール
おっと、また時間か。
明日も楽しみにしてるよ。Au revoir(バイバイ)!

関連リンク)
東福寺

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