2008年2月18日

日本庭園の歴史「平安時代の庭ってどんなもの?」

メリとピエールは先週から
日本庭園の歴史話で盛り上がっています。
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メリ
よーし、今日は平安時代ね。
平安時代は、日本独自の庭作りへと傾いていった日本庭園史における変貌期

ピエール
それまでの時代は、曲水(きょくすい)庭園など大陸からの影響が大きかったもんね。
日本独自の庭園って例えばどんなもの?

メリ
曲水庭園から大幅に方向転換したというわけではないんだけど、
寝殿造(しんでんづくり)庭園浄土式庭園などと呼ばれる庭園が出てくるよ。

寝殿造庭園は、寝殿造という建築様式に合わせた形の庭園。

寝殿造というのは、平安時代に確立された建築様式で、用途は貴族の住宅。
敷地の中央に南向きの寝殿(貴族が生活する場所)を造り、
その東西に対照的な建物を配したもの。

庭園は寝殿の南側に作られ、
広場や池、池の中に島を作って反橋(そりばし)などを架けるのが一般的。
そこでは名所や自然の風景を縮小させたものがよく表現されたよ。

ピエール
平安貴族は優雅だねー。

メリ
もっとも、こんなうらやましい生活をしていたのは一部の位の高い貴族のみ。

庶民の住居はというと、地方に住む人々は
地面を円形などに掘り固め、その上に柱を立て、屋根を葺いた竪穴式住居から
平地式住居へと移り変わり、
都会では町家という形式の住居が用いられるようになっていったよ。

ピエール
おー、格差社会。

メリ
一方、浄土式庭園というのは、平安時代中期から後期にかけて作られたんだけど、
念仏を唱えれば死後に阿弥陀仏の極楽浄土に生まれ、悟りが得られることを説いた浄土教の教えの中に出てくる極楽浄土を表現した庭園

広大な池泉に島を作り、その池全体や対岸に極楽浄土が広がる
というイメージで作られたよ。

残念ながら、両方の形式の庭園とも完成当初のままのものはなく、
文献や絵巻、発掘によってその姿を知るのみ。

でもその当時の名残を残す庭園なら京都にいくつかあるよ。

宇治の平等院太秦の法金剛院大覚寺広沢の池神泉苑など。

特に平等院は建物の鳳凰堂が平安時代の姿そのままで残っているから
行けば極楽浄土の世界観を感じ取ることができる可能性大!

ピエール
平等院鳳凰堂は十円玉硬貨や一万円札の裏のデザインでもおなじみだね。
よーし、今度行ってみよっと。

メリ
じゃあ、明日は鎌倉時代ね。

ピエール:
了解!また明日ね。

関連リンク)
平等院

(Text by 冬木 明里)
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