夢を追い続けた男 坂本龍馬
このご時世。
ああ、こんな人が総理になってくれたらいいのに。
ああ、こんな人が上司だったらいいのに。
とついつい思ってしまうことはありませんか?
理想の総理、上司などのアンケートを取ると、
必ずと言っていいほどトップ3に入るのが坂本龍馬。
龍馬といえば、泣き虫で落ちこぼれだった男の子が世界に目を向け、
奇想天外な発想と天才的な手腕でニッポンを夜明けに導いた、
幕末の英雄というイメージを誰もがもっていることでしょう。
では、そんな龍馬とは実際、どんな人物だったのでしょうか。
今回は龍馬研究の第一人者で霊山歴史館学芸課長・木村幸比古さんの
お話をもとに龍馬を見ていきたいと思います。
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龍馬は天保6年(1835)に土佐に誕生しました。
実家は、豪商でもあり下級武士でもある半商半士の家柄。
親戚のおじさんは西洋事情に詳しくて、
子どもの頃から世界地図や世界事情を記した本に触れる機会も多かったのだとか。
成長した龍馬が江戸で勝海舟と出会い、世界の広さに衝撃を受ける!
というのは有名な話ですが、意外にも龍馬は少年の頃から
世界の広さを知っていたようです。
28歳のとき勝と出会い、一層海外への憧れや興味を強め、
勝の弟子として航海術を学ぶようになります。
この生まれ育った環境や経験が龍馬を大きく成長させます。
龍馬は30歳から命を落とすまでの3年間で、
薩長同盟や大政奉還などを成功させます。
その一方で、日本初の海運会社「海援隊」を設立。
その活動は外国商人などを相手に武器の売買や本の出版などをするものでした。
龍馬はこういった活動を通して幼い頃からの「大海原を駈け巡りたい」
という夢に近づこうとしたのです。
また、龍馬にはこんなエピソードが残っています。
晩年、龍馬が新政府の役員名簿を作成したときのこと、
その名簿に龍馬の名前が無いことに気づいた西郷隆盛は、
「新政府に入るつもりがないのなら何をするつもりだ」と問いかけました。
すると龍馬は「世界の海援隊でもやりましょうかね」と答えたのだとか。
たった一言の言葉ではありますが、
その中に海外に対する幼い頃からの憧れを忘れず、
夢を実現させようとする努力家の姿を見ることができます。
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夢に向かって突き進む龍馬の生き様は、
無気力で夢をもつことが少なくなった現代人に、
「夢をもて!そしてその夢を実現させてみろ!」
と教えてくれているかのようです。
普段の暮らしの中で龍馬のように壮大な夢をもつのは難しいかもしれません。
まずは小さな目標を立てて、日々挑戦してみてはどうでしょうか。
そうすれば、いつかあなたも龍馬のようなヒーローになれるかもしれませんよ。
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●霊山歴史館
全国唯一の幕末・明治維新の専門歴史博物館。
坂本龍馬や新撰組などの展示も多数あり。
また霊山護国神社内には龍馬をはじめ多くの志士たちの墓があります。
時間 10:00-17:30(入館は30分前まで)
電話 075-531-3773
料金 大人500円、高校300円、小中200円(特別展の時は別料金)
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●酢屋
酢屋嘉兵衛は創業280年続く材木商。
坂本龍馬はこの二階の部屋に投宿していました。
現在は「ギャラリー龍馬」として使用され、
龍馬の手紙などが展示されることもあります。
時間 11:00?17:00(水曜定休)
電話 075-211-7700
料金 大人500円、子ども無料
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●寺田屋
伏見の船宿であった寺田屋、龍馬が常宿として使っていたことは有名。
現存する建物は鳥羽伏見の戦の後に再建されたもの。
時間 10:00-15:40(水曜定休)
電話 075-211-7700
料金 大人500円、子ども無料
Text by 白井 直登
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