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おのぞみドットコム
>昭和・平成、音故知新>24ページライブ
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風船のような音楽と、絵になりそうな言葉たち。それらが一緒になって一冊の絵本ができあがる。全部で24ページ。
彼らの音楽性には本当に惚れてしまうくらいの魅力がある。そこに込められたメッセージは、突然割れたり、しぼんだりもしない。ずっとふくらんだ風船のようで、ふわふわしながら浮いていくような感覚が、この空間を包み込んでいた。
日曜日のような隙間とリズムを音楽で表現すれば、24ページのような表現が理想だろう。この日が水曜日だったのにもかかわらず、日曜日のような雰囲気へ導く彼らの音楽は、僕の混沌とした頭の中を、きちんと配置して余白をつくる。忙しすぎる日常に精神的な余裕をもたらしてくれたのだった。
重なりあう音符と、五本の線は仲良く手をつないで踊る。声という音符もそこに混じって一緒に踊ることができる、そんな世界。目をつぶれば、絵画のような世界が描かれる。雨は降らない。光だけを意識する。そんな夢のような世界は現実を日陰にする。現実は日陰に存在していればいい。今はそれでいい。地球は回転しているのだ。やがて日陰にも光が指すだろう。今は夢だけを見ていよう。24ページの音楽は絵画であって空間だった。
スローに、もっとスローに。そもそも現実のスピード感は人間の産物だろう。24ページは自然の立場だ。本能的な人間のリズム。それを感じずにはいられない。あまりにも根本的な人間の忘れ物、届けてくれたのは24ページだった。
あまりに人間的でリアルな映像が投影されたかのような音楽。僕の頭の中ではなぜか昔の回想シーンが広がっていた。それも24ページの持つ音楽の独自性と言えるだろうか。
「さよなら 鎧は 重たいから捨てた」
「さよなら 今はただ 噛み砕いて笑った 事勿れの日々さ」(「事勿れ主義」より)
24ページの表現には、どこかの批評家や思想家、評論家なんかより暗黙にも妙にリアルで固定した思想や世界観がある。それにカルチャーショックを受け、嫉妬しながらも憧れてしまったのが今の僕だ。
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