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仕事を通して、人との接し方が変わった。
人をわかることで、変わる自分。
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PAは音響回りをする仕事のことです。良い音を出すとか、まあライブがあればそのバンドさんなどとコミュニケーションをとりつつ、良いライブをしてもらうためにいかに段取り良く進めていく仕事ですね。で、バンドさんが出している音を最大限で出していけるのが一番理想かなと。
初めて会ったバンドさんは音がわからないじゃないですか。そういう時は、たとえばバンドにもよりけりなんですけど、だいたいジャンルでちょっと一回演奏してもらって、こういう風にやりたいんやなっていうのを判断して、実際音を出してみます。それを聞いてもらって意見もらったりとしていますね。

一応まあ専門学校に行ってたのは行ってたんですけど。そこでは録音の勉強をしていました。むしろ録音のエンジニアのね。音響工学から技術理論まで基本的なことですね。で、そうやってて気づいたらPAになってたっていう。
憧れのエンジニアがいたわけですけども、ドイツ人でコニー・ブランクっていうもう死んでる人。今でもそうなんですけど、その人に憧れてここいっちょやるかって、で、まあそれ目指してやってました。その頃努力していたことって特になくてねえ。むしろやり始めてからの努力のほうが僕の場合多かったなあ。こういう世界にまさか入るなんて正直思ってなかったから。みんなが就職活動をあーだこーだやってる中、僕はのほほ〜んとしてて。
ある日[磔磔]の音響がいないって知り合いから聞いたんですよ。で、ちょっと電話したら明日からやってくれってことで。それがすべての始まりですね。録音の勉強をしていたんで、音響とは微妙に違うんですね。録音っていうのはバンドの演奏をちゃんと録音して、今やったらCDで聞けるようにしたりするんです。だけど僕はPAになってしまったんで、ちょっとやっぱ勉強不足というか、あんまそっちのほう自信がなかったっていうか。で、いざ勤め出してから、その場その場でいろいろ怒られながら勉強してきて。だんだん横のつながりができてきて、先輩に“こうしたいんですけどどうしたらいいですか?”とか聞いたりして教えてもらって今に至るっていう。特に京都だったら横のつながりって大切ですよね。街歩いてたら“あ!あ!”とかいう、バンドさんとかたくさんいますしね。
最初はうまくいかなかったと思うんですけど、やめろ、とか言われたことなかったですねえ。むしろ、[磔磔]の水嶋さんが結構“お前が担当なんやからお前がやれ”と言うてくれはって。そこで投げ出そうと思ったら投げ出せるわけですけど。自分で勉強しながら、怒られながらやってきました。
僕はねえ、22歳からこの仕事に就いてるから5年になります。今も不安といえば不安ですが、それなりの自信が出てきたのはここ数年の話ですよね。ゆうたら、バンドさんが慕ってくれ出したとか、そういう時に「僕はPAやってるんや」みたいな実感が出始めたっていうか。だんだん顔見知りができると安心もできるし、技術的な面よりも精神的な面で安定はしてきましたね。落ち着きが出たっていうか。

いつも本番やし、まあやり直しきかないですからプレッシャーはありますねえ。だから、その場その場で瞬時に対応できるようにならないと。やり始めの頃っていうのは“あわわわわ”てなってしまうじゃないですか。そこで、“そうなった時にはこうしたらいいんや”“ああなった時はこうしたらいいんや”って、ひとつひとつ対応していったっていう。今となってはそれなりには対応できることでもね(笑)
“あわわわ”ってなった時は、もうとりあえず自分に言い聞かせないと。そこでまた周りに言われると「ちょっと待って、考えるから待って」って言って、冷静に考えてやらんともうどんどんパニックになっていきますから。しかも音響は一人しかいないから、だれにも頼ることできないし、他の先輩PAに電話して教えてもらったりした時もありました (笑)

僕らの仕事も、すぐに結果出るわけじゃないじゃないですか。1回ライブやったくらいでは。その場その場で、バンドさんに“今日すごいやりやすかったよ”って言うてもらったら“あ〜よかった”ってなるし、お客さんから“今日の音よかったっすわ〜”って言うてもらうと、もう疲れもば〜って消えてしまう(笑)。“よっしゃよっしゃ、明日も頑張ろう!”って。もうそれだけのためにやってる感じですよね。
評価も積み重ねやと思うんですよ。で、信頼が生まれて、今度どこどこでやるんで着いて来てもらえません?っていうふうにつながっていったりとか。そういうのってね、時間かかるじゃないですか。途中でやめちゃう人もいますが、続けてこられたのはやっぱこう、したわれるよろこびみたいなのがあるからですね。周りみなほとんど同世代なんですけど、やり出したころは向こうも若かったし僕も若かったし、お互いにつながりができていくよろこびもありましたね。
バンドさんがやりやすい環境をつくるっていうのは第一だと思うんですよ。安心する環境があるからいい演奏ができると思うんで。もちろん僕がいい音を出すっていうのも大事ですけども、いかにバンドさんがやりやすい環境を作ってあげるか、METROならMETROの限られた状況のなかでいい演奏ができるようにもっていくか。
いい環境を作るっていうのは、音とは別にあるんです。コミュニケーションをとったりアドバイスしたりっていうのもあるし。機材を組んだりシステム組んで音出して、極端に言えばそれで終わりなんですけど。でもやっぱ、ハコ付きの人間だから、それだけではちょっと。また来てみたいな感じにはならなあかんし。そういう意味ではねえ、バンドさんから“どうでした?”と聞かれたらアドバイスをしたりとかもしたい。特に若いバンドとかやったらそうやって聞いてくる人いるし。まあ、素直に思った意見を言って、バンドが次のステージにつなげていけるようにしたいですね。
みんな最初の頃は自信ないんじゃないですしね。それこそ場数をこなしていったらいいけど。どんなんでもそうだと思いますよ。それこそ今取材してるのもそうでしょう。それでしゃーないですよね。それこそバンドの場合、1回のライブですべてが決まるわけじゃないんで。最初ガラガラでもだんだんお客さんが増えていくこともあるし。すぐに判断できるような世界じゃないからね。
人間関係学んだねえ、単純に。手抜きをすればその分自分に返ってくるっていうのが、もうストレートに、リアルにわかりますよね。“今日はもううるさいしこんな感じでやっとこ!” って軽い気持ちでやったら粗が出て、極端な話、信頼を失うことになったりとかすることもあるやろうし。たまにちょっとこう“眠たいわ”って、やっぱ人間やからそういう時もあるわねえ。そういう時に限って、手を抜いたところだけ粗が出るっていう。
仕事を通して、人との接し方が変わったかな。前は、積極的にコミュニケーションをとるような人じゃなかったんですよ。ま、毎日違う人と会うようになって、毎日コミュニケーションをとらざるを得ない状況やから、それでだんだん“人当たりがよくなった”って言うのはヘンやけど、何かこう、接するのが苦にならなくなった。むしろ前は一人でいるほうが好きやったんですよ。だんだん誰にでも接することができるようになった。ま、こっちからはあんまり行かないですけどね。話しかけられたら対応できるようになりました。
大西
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こういう仕事をしてて言うのもなんだけど、もとは自分もそうだった(苦笑)。
極力一人でいたいって感じ。
けど、だんだん変わってきて。取材も苦手だったけど、
だんだん慣れてきたって感じ。
不思議なことに、後輩もあんまり人としゃべらないタイプ。
“どうしたらいいんですか?”って聞かれる。
結構自分もわからないままやってて自然とこうなったから、
何て言ったらいいかわからない。
どういう風にしたらいいんだろう。
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やー、人と接してくださいってことかなあ(笑)
そうやと思いますね。ちゃんと親身に聞いてこっちの意見も言うみたいな。単純にコミュニケーションですね。それで人をわかることで、変わっていくと思いますね。僕の場合は、そのバンドの意見を聞きつつ変わったっていう。聞くことですね。
バンドさんがやりやすい環境をつくるっていうのは第一だと思うんですよ。安心する環境があるからいい演奏ができると思うんで。もちろん僕がいい音を出すっていうのも大事ですけども、いかにバンドさんがやりやすい環境を作ってあげるか、METROならMETROの限られた状況のなかでいい演奏ができるようにもっていくか。
いい環境を作るっていうのは、音とは別にあるんです。コミュニケーションをとったりアドバイスしたりっていうのもあるし。機材を組んだりシステム組んで音出して、極端に言えばそれで終わりなんですけど。でもやっぱ、ハコ付きの人間だから、それだけではちょっと。また来てみたいな感じにはならなあかんし。そういう意味ではねえ、バンドさんから“どうでした?”と聞かれたらアドバイスをしたりとかもしたい。特に若いバンドとかやったらそうやって聞いてくる人いるし。まあ、素直に思った意見を言って、バンドが次のステージにつなげていけるようにしたいですね。
みんな最初の頃は自信ないんじゃないですしね。それこそ場数をこなしていったらいいけど。どんなんでもそうだと思いますよ。それこそ今取材してるのもそうでしょう。それでしゃーないですよね。それこそバンドの場合、1回のライブですべてが決まるわけじゃないんで。最初ガラガラでもだんだんお客さんが増えていくこともあるし。すぐに判断できるような世界じゃないからね。
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