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藤田 功博
(おのぞみドットコム
編集長) |
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新しい「街ができる」直接のきっかけとなるそのパターンはいつもそうだが、とてもシンプルである。
それはワンフレーズで言える。「何かやろう」という人が何の前触れもなく突然出てきて、「自分でつくった店」を出し、そこで「自分の好きなもの」をつくったり見つけてきたりして、「自分で流行らせる」。
その場合、ロケーションはこれもだいたいそうだが、街の中心部ではないマージナル(周縁的)なところ。比較的家賃が安くてかつ「近い」ところが選ばれる。
その「何かやろう」の人は、あらかじめ人の集まるところに店を出し、売れる(そうな)ものを置くのではない。
だから流行中のアイテムやブランドのタグがある前に、まず「何かやる」人がいる。 店に並んでいる服やグッズなどいろんなものの前に、必ずそれをつくったり打ち出し
たり選んだりする人の顔が見えるのである。 とくに日限さんがやってきた飲食店やクラブの場合、一杯のコーヒーや一皿の料理に乗っかる値打ちや愉しさみたいなもの、つまり付加価値や象徴価値は、その店のオーナーやマスターの顔そのものだといえる。
それは「技術」とか「こだわり」という簡単な言葉ではくくれないものだ。 それは「感性でやってしまう」みたいな強度の次元であり、個性やオリジナリティといった要素に、感覚的な「ハヤさ」、つまり時代感覚の時間軸がプラスされている。それら一連の--資金とか計画とかマーケティングとか企画書ではない何か--が、店舗デザインや商品、スタッフ、接客…その他もろもろにダイレクトに表れ、それがオーナーやご主人、クリエーターといった、ナマ身の人を通じて、われわれにコミュニケーションの水準で入ってくる。
来店数がどれだけで、客単価がいくらで、坪当たり何円の売り上げで、という経済軸の要素と対極にある現象。つまりやりたい人が、やりたい時、つまり現時点で、何をやらかそうとしているのか。
それを目の当たりにして、取材し考え書いていくのがわれわれの仕事にとっての一番魅力であるが、その際の最も重要なところであるいい店かそうでないかの「店のリアリティ」というものは、その「人レベル」の人柄やセンス、熱い思いや泣き笑い、愛、ノリ…といったもの、つまり表現が積分されて店が成り立っているということだ。
そういう意味で街の店づくりというのは、 資本、労働、土地といった審級ではなく、むしろ文学やアートに近いのかもしれない。
時代感覚というのは面白いもので、誰かが今までとは違う何かを表現すると、必ず同じ時に同じ言語のようなものを持った人がそのコンテクスト(文脈)をとらえる。
彼らはその店の客になったり、あるいはカンパニー(仲間)の一員になったり、「それならオレも」ということで、すぐ隣に店を出したりする。またそれはその店と違うジャンルの店舗(つまりその店がブティックならカフェといったように)であったりすることが多く、こうなるとストリートつまり界隈の体をなしてくる。
ひとつの店の点から、向こう三軒両隣つまり線=通りへ。それがそのコアを中心とする同心円の周囲で同時多発になるとエリア(面)になる。またストリートがたてよこ重層的に交差し、この面が一層稠密になってくると、もはや街だ。
「街にはあらかじめ名前があり、そこにその街がある」、というのはほとんどの場合逆で、新しい街としての動きがあるエリアは必ず新たな名前が命名されるのであるが、その名前が固定化されて初めてその街が分節され、その街の性格的な輪郭がはっきりしてくる。
つまり新しく命名され固定化された「アメリカ村」が実際に「どこ」であるか、「どんな街」であるかなどが、手に取れるかたち目に見える色で立ち上がってくる。
点である一つの店がきっかけで、ストリートになり、街になるということは、ファッションやインテリアのショップに始まる物販から、カフェやレストランといった飲食といったように多種目にわたる店舗が、次々にブレンドされるということであるが、その街のテイストのようなものが、流行軸で差異化され続ける限り、まだまだ発展〜増殖する。
当たり前のことだが、新しい街が分節され、メディアなどで流通し、流行軸で広く知られてくると(=街のブランド化)、商品を街の記号で売ろう、場所で数字をたたいてやろう、という常套手段の商売人がやってくる。そして「企業レベル」でその街で「何かやる」ことが商売になることが認識されると、マーケティングを駆使して、大資本(中もあり?)が最後にやってきて臨界点を越える。
最も分かりやすい例でいえば、アメリカ村の南中学跡地を再開発した大規模商業施設のビッグステップ。さらに、南船場でいえばルイ・ヴィトンやジョルジオ・アルマーニといった大ブランドのブティック。堀江なら一連の東京ハイファッション系ブティック。
ことミナミの街場の場合、オレは例外を知らないのだが、大は小のいつも後をついてくる。そこのところが、最も大阪的な街といわれるミナミの、最も痛快なところだ。
日限萬里子さんについて、もう10年くらい前のミーツのインタビューを読み直していると、「『パイオニアっていい言葉じゃないのよ。歩兵と一緒で、荒れ地の真ん中を進んで真っ先に撃たれる役目』と笑うが、百戦錬磨という印象は全くない」
というのがあった。ほんとうにその通りだと彼女は身を以て証明してくれた。
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