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三股 友香 |
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【4月6日】
京都クレヨン 全12色
:: 3本目 ::桜色クレヨン ::
パステルピンクの食べ物に遭遇したことがある。2001年夏。2日後にテロが起こるなど知るよしもない、アメリカはラスベガス。ネバダ州に照りつける太陽が沈み、涼しく乾燥した空気の立ち込める大型スーパーでのことだった。店内をひやかしていた私と友人の目にボンと留まったのは、中央ワゴンに並んだまっピンクのホールケーキ。ミルキーペン片手に写真に落書きをしていた女子高生たちが、そのまま表面を分厚くぬりぬりしたようなピンクである。ブルーナの絵本並に、これでもか!と原色に徹した食べ物たちにはたくさんお目にかかってきたが、あのパステルカラーの食品離れっぷりは筆舌に尽くしがたい。 ひく私たちを尻目に、地元のご婦人は、こともなげに1ホール手にするのであった。
さてさて、無事帰国して、母国日本。日本語が通じる嬉しさも手伝って、We love KYOTO!と一段と京都好きになった私は、今度は西陣の『鶴屋吉信』へ行ってみた。数奇屋風の建物2階のカウンターで、今から食べる生菓子の実演制作を見物、これ800円。何て言うんだろう、アノ毒々しい赤色40号、みたいな着色料には出せないだろう、控えめな桜色。淡い淡い赤にほんのり黄色のグラデーションで彩られた生菓子は、全体が食品離れした色であるはずのパステルカラーなのに、同席していたみんなを感動させた。そして掛け値なしにおいしかった! パステルカラー食品に対する負のイメージが、くしゃっとあっさり崩れた。職人技なのか、京都の文化なのか知らないけども、いやー、いい色・ヤな色って実は微妙な違いだったりするんですね。
ちなみに「ピンク!」と一言でまとめるのは簡単だけど、和風に言うと、「桜色」や「桃染」を始め、庶民向けの服の色としても認められた「聴色(ゆるしいろ)」、紅花染のお手軽版として作られた「甚三紅(じんざもみ)」(←ジンザブロウさんという職人さんが作ったため、こう命名されたらしい)などなど、その種類は多い。もちろんカタカナでもベビー・ピンクとかローズ・ピンクとかたくさん細分化できるし、「ピンク」自体色んな捉えられ方があって幅広い色なんだけども、京都色で言うとその名前の持ってるエピソードまでがちらちら顔をのぞかせて、さらにちょっと深い感じがしますよね。
春らしい色の代表格・ピンク。ちょっとハイカラサンな小学1年生のランドセルもピンク。30代OLが、イタくならずに着こなしたいのもピンク。エアロスミスがくねくねしながらロックに歌うのもPINKなら、今私がもぐもぐ食べている桜団子もピンクである。
ピンクを語ると長くなりそう。「桜色」はシンプルな名前だけど、その分わかりやすさが単純にふんわり、落ち着く感じしませんか? 私はします。あなたにはあなたの、京都には京都のピンク。
京都の桜色もいい感じですよ。各名所・ご近所にて、只今ふわふわと開花中。
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【3月3日】
京都クレヨン 全12色
:: 2本目 ::朱色クレヨン ::
その昔、京都の夜は暗かった。まぁ京都に限って、というわけではなく、どこも今のように明るくなかった時代のことですが、国の中心地で、たくさんの町人が住んでいるのに、「本当の暗がり」があった時代というのは、どんなものだったのでしょう。鴨川を歩けば風情ある灯りが転々と点って、四条も学生街も遅くまでこうこうと明るい今でこそ、京都に伝わる怪談奇談も観光地のネタのように使われていますが、モノノケやらオニやらが、都市に住む人たちに真面目に怖れられていた暗い夜のある時代が、京都にはあったわけです。
人の少ない山里ならいざ知れず、都市でも「月明かりだけが頼り」の夜があった時代、夜明けの眩しさはどれだけ明るく神々しいものだったことでしょう。現代っ子の私たちにはなかなか味わえない、ありがたみがあったんじゃないでしょうか。私は経験ないですが、深夜登山で日の出を見る興奮に、ちょっと似ていたのかもしれません。
さてさて、前置きが長くなりましたが、そんな暗い夜が終わって「一日がアケル」。そこから「赤(アカ)」という色の名前が生まれたそうですよ、というお話。今回のクレヨンはそんな赤の代表色である朱色です。
京都の朱色、で思い出す景色。岡崎の空をドンと突き上げる、平安神宮の大鳥居。一面に朱色のペンキを撒いたような、秋の東福寺。そして赤布が敷かれた、お団子屋さんの休憩コーナー。どれも京都らしくて、好きです。
「赤」と言うとビビッドな派手さを感じますが、京都の赤は何だかしっとりと落ち着いて、馴染んでいるのがいいところ。
鳥居一つとって景色を見ても、花見の季節は、淡い桜とのコントラスト。真夏の深い緑の中では、暑さを強調するように際立った存在感。秋は周りの赤と同化して、紅葉の景色を損なわない脇役。冬は白い雪の中、目立ちすぎることなく雪の静かさを引き立てる。同じ赤なのに、それぞれしっとりとした表情がある気がするのです。
お江戸で目にする赤は注目を集めるファッションの赤。交差点の大きなビジョンの明滅、ホームに必ずあるNEWDAYS、Vodafoneの大きなポスター、ロッテリア、ユニクロ、三菱証券・・・ 商業面で所狭しと並んだアカも、あげればキリがありません。なかなかしっとりとした赤、とはいきませんが。
雛祭りも迎えて、新しい春も目の前。八坂神社の枝垂桜前で新歓コンパの場所取りをする人も、その前に梅見の散歩をする人も、京都の空に映える朱色のしっとり感に気がついてみるのも、またマニアな楽しみ方で良いかも知れません。
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【2月3日】
京都クレヨン 全12色
:: 1本目 ::浅黄色クレヨン ::
こわれたものが捨てられない。普段たいして使っていなかったものでも、何となく気が引ける。あ、壊れたっ。そのままゴミ箱行きにすればよいのだけど、それを逃すと、捨てるきっかけを作るのが難しい。だから、コレ取っててどうするの?というものが、所在無く部屋に残ってしまったりする。
今、私の部屋にある「壊れているのに捨てられないもの」は、先月割れてしまった小皿だ。大福1つがきれいに乗っかるくらいの、手のひらサイズ。流しの上の食器置きから落下。その前に一度落ちた時には、痛そうな鈍い音がシンクに響いたが、無事だった。割れないお皿だなぁと思っていた。その矢先、コツンと落ちて、あえなく割れた。
自炊が減った最近はあまり使っていなかったけれど、思えば彼女(=皿)とは学生時代からの付き合いだ。3年前の、ゴールデンウィークを控えた4月の晴れた日。先斗町は歌舞練場で開かれる「鴨川をどり」で手に入れた。あまり知られていないかもしれないが、この「鴨川をどり」、お茶席つきにすると、開演前に抹茶とお菓子を頂ける上に、そこで使われた小皿も記念としてお持ち帰りできるのである (今も続いてるかな?)。 一緒に観に行ったおばあちゃんにも、これは嬉しいお土産になった。小皿は2枚1セットがいい気がして、うちに帰ってからおばあちゃんと譲り合っていたが、結局1枚ずつ使うことにした。
春にもらった時には、これからの季節、涼しげでいいねぇなんて話していたけど、羊羹やゼリーの季節が終わって、ドラ焼きや餡団子を入れるようになってもよく似合った。タマゴ焼きやタクアンなんかもおいしそうに見えた。重宝するお皿だったなぁ。また惜しくなってきた。つい、いいところを並べてしまうから、捨てづらい。狭い台所からも、なかなかどかせない。
この小皿、色は浅葱色(あさぎいろ)。薄いブルーに近いのだけど、カフェのテーブルクロスや、ハンバーガーの包み紙にあるようなブルーとはちょっと違う。藍色を薄く薄く染めてできる感じの、奥ゆかしい、和な感じのブルーなのだ。
お土産目当てに都をどりに行くのはナシかもしれないけど、こういう和な小皿はまた欲しい。いい色の小皿に乗っているだけで、見た目の美味しさは3割増。割れた小皿をきっかけに、ちょっと骨董の入り口に立っている気分です。
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【1月7日】
拡散する思考 第1回
ドーン。あけましておめでとうございます。藤田編集長の新年コラムに続いて、京都より500キロ東の方からお届けする新年第2回目コラムでございます。
さてさて、京都ホームシックなんて言いながら、年末に京都の空気を存分に吸いだめ、新年はお江戸で迎えてしまいました、三股です。いつものように京都とは、東京では、と色々考えるのも新年早々アレなので、今回は新春らしく思考の流れるがままにキーを叩いております。
正月の1週間前はクリスマスでやんややんやだった日本も、除夜の鐘がごぅんとなれば気分はしっぽりゆく年来る年。ええ加減と言われればまぁええ加減ですが、何か盆・正月とか祭になると、人間が可愛くみえてしょーがないです。ちっちゃいボクも、メイク濃い目なお姉さんも、人波に流されておばちゃんに叱られてるおじちゃんも、かわいいです。祇園祭行った時もこんな気分になりました。年上の人までかわいいたぁ、いつからそんなのエラくなったんや?という声も聞こえそうですが、まぁもうちょっとお付き合いをば。
例えば真夏のクソ暑い中、人口超過密の四条まで出てきて、露店の煙と人ごみにもまれる人たちの、ちょっとテンションあがってる顔。キンキンに寒い正月元旦、着こんで着こんで着膨れて、鳥居彼方な参道に行儀よく並んだ大勢の人たちの、ちょっと真面目な顔。効率やら損得でもなく、「うぉーい、○○だ。」と単に行事を楽しむ人たちの顔はなかなかまっとーで、何かほっこりとなって、かわいいわぁ〜と思ってしまうのです。
あ、祗園祭や京都の寺に限らず、渋谷でもそういう気持ちありましたよ。年の瀬30日の渋谷はすごくガラガラで(私も行くなよ、って感じですが)、あー、ギャルたちも里に帰ったか、ピアス男たちも年越しそばか、とか思うと、何かちょっとだけキュンて感じしません?(私だけですか?そうなら読み流してください。)
まぁそんな話は置いといて、思考はおせちに移ります。東京にいながらも、下鴨茶寮を初め、関西の各有名どころのおせちは食べられます。今年は天下の台所・大阪は黒門市場のおせち。大阪らしく?というかどどーんと構えたエビさんに、味は薄味、おいしさはしっかり。バリエーションも盛り沢山で、満足度の高いお重でありました。しかし気になるのはおせちの中のレギュラー陣の顔ぶれ。子沢山を願って数の子とか、出世を願ってブリとか、大切な願いではありますが、何か今ひとつ足りない気はしませぬか。そろそろ21世紀もしっくりしてきたことだし、例えばベンチャーっぽく一発大当たりを狙ってとか、逆に絶対にリストラされませんようにとか、おばあちゃんになっても年金がちゃんと下りますように、とか、そういう現代人のリアルな願いを汲んだバリエーションも追加されていくのが、あるべきおせちの姿ではないでしょうか?誰かいい意見下さい。
あとこれまた全然関係ないですが、正月早々トラブルにも出くわしました。珍しくすいてた電車での車内トラブル。お正月気分のお兄さんが缶ビールをプシッと開けたとこ、隣のおばちゃんのラフなコートにちょっとかかったものだから、さぁ大変。クリーニング代出せと言う小競り合いに始まり、ついには止まった駅で、激昂したおばちゃんが非常停止ボタンを押す騒ぎに。かけつける駅員。憤慨するおばちゃん。そこまでするか!と唖然と事態を見守る、乗り合わせちゃった乗客の奇妙な一体感。正月からも、忙しい町です東京。
そんなこんなで、京都も東京も話し始めりゃ盛りだくさん。京都在住のみなさんは、今年もいい場所、うまいもんにざくざく出会って、京都生活を謳歌してくださいな。2005年のおのぞみドットコムも、ますます盛り上がっていきますように!
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【11月30日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その9
こんにちは。やたら休日密度の濃い今日この頃。朝から代々木の住宅街をよちよち横切り、昼からは渋谷をたったか移動して、用事の合間に道玄坂を上って下って、夜は六本木でほろ酔いの集団を縫って、やっと帰りの駅へと向かう。で、またぎゅうぎゅうの電車に揺られている時、思うのです。
「だーっ 東京ひろい!!」と。
さて、上京してから半年くらい「ふーん」て感じでしたが、最近良くも悪くも、ここの「広さ」を肌で感じるようになってきました。
そういうわけで、今回はお江戸と京都の「広さ」について考えてみます。
【症例12.広さが気になる。】
●まずはこのデータをご参照あれ。
広さとヒト。
東京 : 22万平方km 1200万人
京都 : 46万平方km 260万人 (かなり概算)
京都の半分の広さに、4倍以上のヒトが住んでる! なんだこれ、東京全然広くないよ! 思わず一人逆ギレです。
ではなぜこんなにごみごみしたとこを、私は 広いなぁ なんて思ってるのか。それを考えた時、「広い」の感覚は面積でなくて、人口やら情報やらが飽和状態になってるようで、まだまだ膨れ上がろうとする力から感じる感覚なのかも、と思いました。成長盛りのむちむちした子供に「また大きくなったねー」と言うような、そんな感じ。
●京都でおもったこと
ごみごみしながら成長する「広さ」で考えたとき、多分京都は、そんなに「広く」はない。(その代わり異常に深い気はする。)容器に例えるなら河原町あたりが一番くぼみになってて、盆地型で、その中に街の「マストアイテム」が一通り凝縮されてるような。うまいもん、遊び、歴史、生活、おしゃれ...。新旧色々詰まっているけど、雑然としているわけでもない。それに、ヒトとのつながりやすさ。「あー、知ってる!あいつやろ?!(笑)」というようなセリフが、京都ではあちこちで聞かれます。友達の友達がすぐつながる。広くはないエリアに諸々の大学が集まっていて、各学生が京都をステージに動き回ってるのですから、意図的な交流でなくても、緩く、密接につながってくのは当然といえば当然です。そういうとこが「広ーい!」と思わせないとこかもしれません。
●東京でおもったこと
おととい、足早にホームを歩く着ぐるみの青年と、それに対してノンリアクションの人たちを見て、あぁ、何着ても気にされないところだなぁ...と一瞬間違った認識をしそうになりました。
まぁそれは極端な例として、そういう奇抜さが何で生まれるのか?と考えたとき、それは発想や流行云々だけではない(着ぐるみだしね)。やっぱり面積的には狭くても、「ヘタに知り合いに会わない」という「広々しすぎちゃった開放感」が根っこにあると思うのです。狭いコミュニティーで、「○○さんとこの○○君、今日は着ぐるみ着てたわヨ!」なんて近所の話題になるようだったら、彼も広々とした気持ちで、着ぐるみは着なかったでしょう。
BIG ISSUE売ってるホームレスさんも、京都では控え目でした。対してお江戸には、バナナの叩き売りのように威勢の良い人もいる。あと最近お会いした京都出身の若手社長さんも、上京した時には「渋谷でハダカになっても誰にも会わない!」的な解放感を感じたそうな。スゴい街です。広いなぁ・・
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地図じゃ計れない広さや深さを較べてると、けっこう面白くなってきました。東京はごみごみしながらも、ずんずんと膨張してくジオラマのようです。京都はこぢんまりとしながらも、精巧なパーツを丁寧に引いたり足したりして一瞬一瞬で完成体になる箱庭のようです。どっちがいいとかじゃなくて、別モノなんだ。日本もおもしろいなぁ、京都もいいよなぁ と色々な思いが胸にうずまきつつ、年末アップのその10へと続く。 |
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【11月2日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その8
空がずっと高く見える秋晴れの日と、眼下のビルが曇り空に沈む日が、交互にやってきます。10月末ぐらいからはグレーのオフィス街も何だか秋らしく見えて、東京でも季節はきちっと巡るのだなぁなんて思いました。 すっかり秋だ!! 京都の秋のように主張は強くない。それでも静かに秋を迎えたお江戸より、ホームシック日記・その8です。
【症例10】 ちょっと立ち止まって、東京を見る。
秋は何か考え事のはかどる季節です。
まどろむ春
活動する夏
温存する冬
に対して、別に考えなくても良いことをも「思考する」なら、空気も冴え冴えとするこの季節に限ります。
で、すっと一呼吸置くこの季節に、ちょっと立ち止まって、この東京という場所を眺めてみる気になりました。4月から見てきた、京都とは全く異質の街・東京。それは学生の頃に見えていた姿とは別のものです。勿論街が変わったのではなく、私の活動領域とか、時間とか、立場が変わっただけなですが。
例えばそう、
もしあなたが観光客としてベタにハトバスに乗れば、古き良き時代の東京観光のように、文化的な公園や下町情緒あるお寺と、シンボリックな東京タワーを目にすることになるでしょう。
「へぇー、東京らしいんもいい感じやん!」と。 もしあなたが夜の街が好きな学生としてカフェバーに集えば、色んなジャンルの人たちとつながって、この場所でこんなことしたいねん!というような夢を語り合うことにもなるでしょう。
「やっぱ東京は可能性の街やなぁ!」と。
もしあなたがリーマンとして通勤電車に揺られれば、その人口密度の異常さと、ホームになだれ込んでは走り去る電車の数に、いささか辟易したりするかもしれません。
「あかんわー東京はやっぱ住む場所ちゃうで。」と。
どれも「東京」は「東京」であって姿を変えていないのに、ちょっと接し方が違ったり、街の掬い方が違うだけで、都市自体が全然違う顔に見えるのですから、街というのは一体どれだけの顔を持っているものでしょうか。
今私が見ている東京は、今の私だから見える東京に過ぎないのかもしれない。秋のせいだか哲学くさくなってきましたが、そう考えると、街遊びのしがいもあるというもんです。
そして勿論、これは我らが京都も例外ではないんですよね。接し方によって、変わってくる街の姿。
まぁそんなこんなで、街遊びがてら本屋に足しげく通ううち・・
【症例11】 一読者として、おのぞみ本を買ってしまう。
読書の秋、京都の秋。そんな中で出会いました、第二弾のおのぞみ本。制作したわけでもない外野のモンですが、一読者として買っちゃいました。
『京都みやげを買う前に』? ふむふむ、そういう名前のようですが、別におみやげ本ではないのですね? 京都旅行中のホテルでわくわくするにも、京都暮らしの日常を楽しくするにも、きっちりおもしろそうな(かつおいしそうな)テーマを集めてくれたじゃないですか!
症例10 とかぶりますが、見方で街が変わって見えて、それが街遊びを面白くするなら、びしっと色んな切り口で切られた京都の姿を知っておくのは、損なことではありません。
神社仏閣には興味ないけど京都好き、という京都初心者も、京都は知り尽くしたつもりの京都通さんも、この本で物足りない思いはしないだろうなぁというのが、フライングぎみで外野から読ませてもらったもんの感想です。
もはや旧札となった夏目漱石を財布に大切にしとくより、これを一冊、カバンに入れとくのがいいかもしんない。秋と一緒にアナタも京都知識も深まるというもんです。 おっと、制作サイドでもないのに宣伝しちゃった。
でもホント、せっかく京都にいるのなら、色んな角度で京都を見て、もっと京都を楽しんでほしいなぁと思うのです。私も足しげく遊びに行きますよー 故郷でなくても、京都にホームシックですから。
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【10月10日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その7
前略 京都のみなさま (BGM 『北の国から』らへん)
お変わりありませんか? こっちは相変わらず、お江戸でどうにかやってます。朝夕の風が冷たくなってきましたね。夏蒲団1枚、明け方の寒さで目が覚めます。ギラギラしていない、スコンと晴れた秋晴れが爽やかです。どうやら、夏が本当に終わったようですね・・・(以下略)
さてさて、ちょっと違う出だしで始めてみました、ホームシック日記です。夕方6時も過ぎるともう真っ暗。しみじみと、夜長の季節じゃないですか。ちょっと人恋しいじゃないですか。最近、東京砂漠で、こんな季節のこんな時間を過ごす一つの方法を見出しました。手紙です。秋の夜は鴨川にも行かず、商店街にも行かず、部屋で手紙なぞ書いてみてはいかがでしょう。
【症例8.つい、京都もんで一筆。】
毎週日曜日、葉書を一枚書いています。なぜか京都に戻る度に買いためてしまって、かなりのストックがあります。「京都」「ハガキ」と言うと、お土産売り場にあるような、「京都どすえー。京都どすえぇ。」とけっこう力んだ感じのものが浮かびがちですが、そういうのではありません。もうちょっとおとなしくひいた、一歩下がっていいなぁと思うもの。さりげなく京都のいいもんを感じさせてくれる葉書です。
たかが葉書されど葉書。すごく気に入った葉書を買って、誰かに送るのは楽しいものです。
しっかり、いいものを選びたいあなたは→ 壱
粋すぎる葉書に出会いたいあなたは→ 弐
秋は芸術魂がうずいてしょうがないあなたは→ 参
を、ご参照あれ。
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壱. しっかり、いいもので正統派に書く。
『嵩山堂はし本』
触り心地からして、日本的な紙使ってますねぇ。とほっこりさせてくれる品揃え。思わず筆ペンでも出したくなるような温かいデザインが、季節毎に出てくるので、夏はどんな?秋はどんな?と覗くうちにリピータ−になってしまいました。前回は1400円で12ヶ月分のセットを見つけて衝動買い。ちょっと書くにも、改まって書くにもよし。何か「紙そのもの」に愛情持ってはるお店なんだろうなぁと勝手に思ってます。麩屋町六角をちょっと東に入ったところなんで、四条ショッピングのついででも便利。
弐.書くのがもったいない。粋すぎる一枚。
『唐長』
最近感動したアイテム、ベスト3に入ります。その柄の粋なこと、唐より伝わり今やここだけ、の貫禄充分です。私がこの葉書で送ったところ、「額に入れて居間に飾った!」とはおばあちゃんの弁。「絵」ではなく「柄」の葉書というのは珍しいものですが、それだけでばしっと四季を感じさせてくれるんですから、迫力あります。最近は土日も開けているそうなので、修学院方面にドライブがてら寄ってみるのもいいかもしれません。インテリアも実に凝っているので、紙マニアの人も新しい世界が見られることでしょう。
参.自分の目が見た京都を送る。
(カメラ片手に)
写真の現像なんて一瞬の時代なら、見て感動した京都の景色を、そのまま送るのもアリです。京都にいる友人たちからの手紙がそれでした。夕闇のちょっと前の鴨川デルタ。空の上の方から京都の町がゆっくりと藍色に沈んでいく写真です。橋に灯りがともり、対岸のリバーカフェがシルエットになって浮かび上がり、小さな小さな三日月が空高くにくっきりと浮かびます。そういう住んでいれば日常の風景、あるいは真赤に色づいた境内、はたまた木屋町から見える、ちょうちんの灯った路地。そういう風景が手紙と一体になって来ると、受け取る方もテンションあがります。作るのも楽しいと思うのですが。カメラを持て余しているあなた、どうでしょう?
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ダイレクトメールやデリバリーピザのチラシの中に、誰かからの手紙が入っている。それだけで、秋の切ない感じも嬉しい気分で上書きされるんです。それに加えて「京都からの京都らしい手紙」って、何かいい感じでしょ。 言われてみれば、と思ったあなた、週末は葉書探しで決まりですね。
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【9月11日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その6
蒸し暑いのか、涼しいのか。Tシャツ着てくか、長袖か。夏とも秋ともつかず、中間色の季節がやってきました。真夏のお寺あたり行くと、白い障子から透けて見えるほど、濃い緑が生い茂ってますよね。一転、秋の京都ともなれば極彩色の紅葉が、日本各地から、ぐいぐい人を引き寄せます。そのハッキリした色の季節と色の季節の中間で、9月はトン、と一呼吸置く感じ。京都大忙しの秋がやってくるまで、大文字も鴨川も公園も、ひとやすみのした顔になるのも、またいいもんです。
さてさて、お江戸に上京してそろそろ半年。周りの京都好きが何だか気になります。ということで・・・
【症例8.京都好きが目にとまる。】
大学京都で京都好き、旅行に行って京都好き、縁はないけど京都好き。キッカケはどうあれ、いろんな京都好きがいるものです。店が溢れ、商品の量は数知れずな関東ど真ん中でも、「京都のもん」をチョイスする人たちは多いわけで。例えばこんな感じです。
●「普段使いしてます。」
「京都に修学旅行で行った時にね」に代表される、いかにも京都なもん、の普段使い。黄楊櫛やら、織物のストラップ、ちいさい鏡など、長持ちグッズは旅の思い出とともに愛用されてたりします。そんな中で特に驚いたのが消耗品の普段使いをしている人たち。トイレで化粧直しをする京都と縁もゆかりもないはずの友人が、[よーじや]のあぶらとり紙をペリペリ破って使ってるではありませんか。お土産?と思いきや、「通販でまとめ買いしてんの。あぶらとり紙はずっとこれ使ってるよー。」と友人。彼女の他にも全く同じ使い方をしている人に会い、ベタな言葉ですが京都名物の実力を感じてしまうのでした。
●「新しもんも京都。」
「○○、たまには違うの飲めよー」と言われる友人もいます。彼が日々購入してしまうのはサントリーと[福寿園]が生んだ [伊右衛門]。生産が間に合わないからと一時は販売中止にしたりと、サントリーさんも大変だったようですが、発売当初でドーンとヒットするということは、京都ブランドに期待をよせた層も厚かったのではないでしょうか。東京駅でも、伊右衛門の深緑の暖簾ポスターがずらずらりと貼られていて圧巻でした。栄枯盛衰、入れ替わりのめちゃ早い飲料水業界で、いい踏ん張りをみせている新しい京都もん。飲んでいよいよ好きになっちゃった関東人たちは、数あるお茶の中から、今日も竹筒型のペットボトルを選んでしまうことでしょう。
●「ここでも並びますとも。」
京都本店、東京支店のお店はそりゃもうたくさんあるのでしょうが、その老舗は新開発進みまくり、大企業ひっこしてきまくりの汐留に、慎ましやかにやって来ました。30分待ちアタリマエの行列の先を見れば、そこにあるのは東京初上陸の[都路利]。各種有名店が並ぶラインで、圧倒的な行列を誇っています。オープンからまだ1年も経っていないのでしょうが、京都の店が東京でも同じように人を並ばせる現象。「祗園に来たから並ぶ」というものではないんですねぇ。
京都もんだからできること、京都から来たから起こること。そんなものに改めて気がつくこの頃なんであります。さて、週末ということでのんびり本屋さんに行ってきます。どこも秋の京都コーナーが作られていることでしょう。
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【8月17日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その5
アテネに聖火がともるなら、京都五山は大文字。昨日16日、皆さん見ました? 15日に京都→東京へ戻ってしまい、「来年こそは...」と1年後のリベンジを狙ってます、ミツマタです。
さて、大文字は見られなかったものの、夏の京都滞在を果たし、久々に京都チャージ。そんな時、関東育ちで京都好きの方と出会い、話は当然京都談義へ...。そこで「おっと!」と思った一言。
「そういえばデマチヤナギの方って、あまり行ってないです。」
おおっと。たしかに、京都密着型のガイド本ならいざ知らず、多くの観光ガイドでは、四条周辺〜(祗園や錦市場)、西〜(嵐山付近)、東〜(南禅寺や銀閣寺などの寺地帯)がとかくクローズアップされるもの。北といえば御所くらいで、あとは貴船ぐらいまで飛んでしまうのが世に溢れるガイドの常です。
【 症例7 関東人に出町柳を語る。】
こういう老婆心も芽生えます。出町もいいから、行ってみて!と。
京都観光に疲れたら、「そうだ、出町柳、行こう」。いっそこのフレーズを定着させるくらい、出町柳の良さも知られて欲しいものです。
出町で1日を過ごすプランを。
● 8:00〜 鴨川から散策
御所でのランニングも多いけど、残暑厳しい季節は、小川もせせらぐ[下鴨神社]で。7:30から開いている出町柳駅前の[ベーカリー柳月堂]で、焼きたてパンを朝食に買って、朝のすんだ空気と一緒にもぐもぐ。
● 10:00〜 お昼の前にあまいもん
この時間でも行列ができる[出町ふたば]。涼しいうちに並びましょう。名物の豆餅と一緒に、季節限定のおまんじゅうも購入。夕方は売り切れが多い分、選べる幸せ、プライスレス。
● 12:00〜 定番の鴨川ランチ
前のコラムでも書いちゃいましたが、[ボンボンカフェ]のテラスで、鴨川を見つつランチ食べ。ワンコインor1000円札1枚持って行けば、充実のランチタイムは間違いなし。
● 15:00〜 静かに珈琲でも
出町柳駅前の[カミ家珈琲]で、時を忘れる珈琲タイム。職人気質の珈琲で、遠方のファンも多し。ふらりと入ればすっかりハマる
● 16:00〜 出町商店街
元気のいい出町の台所、出町商店街。[カリカリ博士]のたこ焼きを店先でぱくつくもよし、京野菜が普通に売られているのを楽しむもよし。あなたが主婦でなくても、なぜか時間は潰れます。
● 19:00〜 雰囲気いいディナーに
「ホントに1600円でいいのん?」と、レジで戸惑う人も多いのでは?[カフェショコラ]。パスタもハンバーグも
● 21:00〜 京都の夏の締め。
鴨川で広々花火。コンビニ密集地帯の出町なら、いつでも花火は調達可能。団体さんは打ち上げ(ホントは禁止?)が多いけど、しっぽりと線香花火なんてのもオツなのです。
ほら、これで京都らしい一日は間違いなし!! 「そうだ、出町柳、行こう。」
でも1日中食べてばっかりだ。
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【7月22日】
住めば都?ちょっとホームシック日記 その4回
東京郊外、23時の改札。駅員室の窓から改札に臨むぽっちゃりとした駅員さん(推定32歳、夏嫌い)を前に、乗り越し清算のための小銭入れを探しながら―
駅員さん(...間を持たせてくれるかのように)「暑いですねぇ。」
三股 (あまりの暑さに親近感を感じつつ) 「暑いですねー。」
駅員さん「今日ねぇ、そこの温度計」(とっておきの情報、という感じで)「39度、越えてたんですよ。」
三股「へぇ、そんなに暑かったんですか!」(素で驚き)
駅員さん?uもうねー(体の)前は暑いし、後ろは寒いし…大変だヨ。」(汗を拭く。でも笑顔)
昼の暑さが外気にこもって、肺が曇りそうなほど蒸した東京の夜。そして駅員のおじさんの肩越しに頬をなでる、効きすぎた冷房の風。
冷え冷えオフィスも炎天下外回りも大変そうだけど、駅員のおじさんもよく笑顔で頑張ってるなぁ。そんなこと考えつつ帰ってきました。39.5℃のお江戸よりホームシック日記 その4です。
今回は初の処方箋の巻。
【処方箋1.ヨソさんとの仲間意識】
愛着のない混みあった大通り。すれ違う度にどかどかと人にぶつかられたなら、体に良くなさそうなイライラが湧いてきても仕方がない。
それとは逆に、「ヨソさんとの仲間意識」。お気に入りの場所ではしばしば、そんなすがすがしい気分が芽生えるものです。例えばライブ好きな人はハコ、本好きの人は図書館、広い風呂好きの人は銭湯で、覚えがあると思います、そういう気持ち。何かしら特色のある場所に対して、「あそこに行くと気分がいい」と感じる人が集まってくるのだから、当然と言えば当然なんですが、別に話すでもなく会釈するでもなく、同じ場所にいるだけで人に対してまあるい気持ちになれる場所があると思うのです。
私の場合、京都でよくそんな気分になったのはカフェでした。今回「カフェ日和 でも紹介されているようなお店。特に、町ど真ん中ではなく「やや郊外」にあって、そこそこ「安く」て、ある程度「放置してくれる」カフェだったら私的には最高です。大学のラウンジのような気ままなゆるさの中で、思い思いのことをして和んでいる人たちを見てると、お店の人だけでなく、いる人みんなで居心地のいい雰囲気を作ってるなぁ、という気にもなるのです。
お江戸ではまだここぞというカフェに出会えていませんが、場所で言うなら下北沢とかいい味出してくれてるなぁと思います。町全体が、いい意味でオトナぶってなくて、青い感じでくちゃっとまとまって、何となくみんなが仲間意識を感じさせてくれるんです。ここでどかどかと人にぶつかられたとしても、お互い「おっとごめんごめん」というような気分の丸さがありますもんね。
京都に限らずお江戸でもそんな場所はあることは嬉しいなぁと思うのです。
ちなみに京都での私のベストプレイスはコチラ
http://onozomi.com/cafe/
topic2_bonbon.html
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【6月29日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その3
鴨川のデルタに座って、亀石を見るんです。季節は夏の夕方。時折りそよぐ風を受けつつ、サヤサヤコポコポと流れる川辺でだらだら。北は鞍馬山からの流れが、亀石の間を抜ける時、そこだけ水がたわんで盛り上がります。それがなんとも涼しくて、水らしい重みがあって、川フェチの私にはたまりませんっ。
さてさて、そんな鴨川に今回も思いを馳せつつ、ちょっとホームシック日記・第3話です。
【症例5.ナニモナイ空間。】
東の都と西のミヤコ。どっちにも住んで感じるのは「ナニモナイ」空間の量。これまた恋しいです。
東京には目まぐるしいほどの流れも淀みもあるけど、次第に空間の少なさが身に沁みてきてビビります。ぎゅっとひしめくビルと住居、そして電車に、駅の階段。どれも密度が高くて、至るところがヒトで飽和状態になってます。で、渋谷あたりに行くと、ビルの間のちっちゃいオブジェに、開放的な顔した女子高生のみなさんが腰掛けてたりする。 ねぇ。 京都のみなさん、あなたら鴨川がある日常なんて、人生トクしてますよ。普段あったらしみじみ感じないだろうけど、それも京の人の贅沢ダナァという気持ちになります。
京都は中心部にオフィスや町がまとまって、四方にぱーっと散るように、緩やかな空間が出来てる気がします。四方には寺も多い分、禅寺の「ナニモナイ」空間を見せる造りには気持ちを持ってかれます。無を見せる空間。しんとしてて、きれいです。
南禅寺の庭や人の少ない真夏の水道橋。叡山沿いのひっそりとした蓮華寺。あんな感じの空間がたまには欲しいなぁと想うのです。
【症例6.風情ある地名をイイ!と思う。】
日本全国、津々浦々。どこの土地の名も何かゆえんがあるのでしょうが、その中でもおもろいと思わせてくれるもの。それは京の町の「四神獣」です。
私事ですが、3ヶ月前まで京都は出町柳の、「青龍町」というところに住んでました。鴨川のデルタ、ちょうどあそこらへんですね。今まで縁のなかったカッコイイ住所に一人悦に入ったものです。そしてこの地名。住み始めてから知ったんですが、これがまたよくできている。
知ってる人もいるかと思いますが、「青龍・白虎・朱雀・玄武」というのは、四方を守る中国の神獣の名前。神社で賽銭箱の裏に回って、本堂を覗き込んだりすると、四方の天井にこの四神さんが描かれてたりします。で、四神さんにも住みやすい地形があるのか、それぞれの力がフルで発揮される環境というのが中国四千年の歴史で決まってたりするのです。
それは
東は青龍が守り、大きな川があるとよし。
西は白虎が守り、大きな道があるとよし。
南は朱雀が守り、湖か池があるとよし。
北は玄武が守り、大きな山があるとよし。
というもの。
どうです?
何かピンと来ました?
東の青龍町の脇には鴨川。西の白虎は山陰道。南の朱雀は巨椋池(今は埋め立てられちゃいましたが・)、北の玄武は、船岡山。ほーら、京都にぴったり。市内を丸ごと囲うように、神様がぴったし当てはまっているのです。凝ってる都市ですまったく。
ほんと、京都、深い!回想録とホームシック日記。当分辞められそうにないです。
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【6月7日】
住めば都?
ちょっとホームシック日記 その2
コンニチハ、お江戸でござる 三股です。梅雨前のオフィス街。そびえるビルの谷間を歩く。上空でかすかにヘリの音が聞こえて、ふと見上げればまぶしい5月の青空…。あぁ、東京の空は狭くても、季節はたしかに5月なんだわ、とかぼやぼやしているうちに、梅雨になっちまいました。雨ですね。
京都へのホームシック日記ですが、第1回目が大分前になってしまったので、前回何言うてたっけ?という方が大半だと思います。あらすじを申しますと、春から人生の修行として東京暮らしを始めたところ、京都への郷愁が募ってきたのです。住めば都? いや、京都こそほんとの都だ! とうずまく思い。ふとしたことで京都を思い出し、湧き上がる京都への思いを誰にともなくぶつけるのが、このコーナーです。
1回目は
【症例1.京浜線で、京阪線を思い出す】
【症例2.駅前のモールで、商店街に思いを馳せる】
【症例3.鴨川!!】
の3本でした。
で、その続きです。
【症例4.北はどっちですか?】
京都の素晴らしい点の一つに、ちょっと特殊な土地感覚が挙げられます。碁盤の目の市内に、おさるでも分かりそうな三条、四条、五条・・の通りの名。それでも分からない人は「アネサン六角タコ錦〜」と古くから伝わるフレーズを口ずさめば、その歌が行きたい場所へいざなってくれることでしょう。
それもこれも、「キタ」の感覚があればこそ。だから京都は、行ったことのない店にも足を運びやすい。そしていつどこで修学旅行生らにわらわら囲まれても、落ち着いて対処することができるです。
これがお江戸だったらどうでしょうか?「北はどっちですか?」なんて聞いたら、少なからずキワモノを見る顔をされます。そのくせ街頭地図は北が上になってたりするから、始末が悪い。待ち合わせに指定されたかわいらしいハチ公像を目指し、「モヤイ像」とかいうシュールすぎる人面像にぶち当たったのは、私だけではないはずです。 「アネサン六角〜」に対抗して「山手線ゲーム!」と力んでもどこにも行けません。
思うに「土地」というものの捉え方自体、京都とお江戸では違うのでしょう。
例えばこれからの街のことを考えるとき、京都なら、「昔からあって、これからも変わらないだろう土地」のことが、まず視野に入りますよね?「そりゃ考慮せなあかんわ」と。それに対してお江戸では、元々ある土地は、必ずしも考え方の中心にならない。「土地ってのは設計し直していく対象でぃ、べらぼぅめ」という姿勢がうかがえます。オダイバに、シオドメ。埋め立てて、新しい土地を作ってでも開発し続けられるお江戸の「土地」を見ていると、そんなことを思ったりするのです。(勿論お江戸にも、アメ横やら築地やら、時間をかけて醸成された良きものはたくさんありそうですが。)
今日から月曜日。私は今週も道に迷い、北を探し、道行く人に自分のいる場所を聞き続けることでしょう。「あー、そこを東に入(イ)ったとこですね!」と去り際に会心の笑みを浮べる私と、「はぁ?」て顔をするおばちゃんの顔が見えます。
症例5のスペース、ないですね。次で書きます。締め切り忘れずに書きます。 (ツヅク)
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【4月20日】
「住めば都?
ちょっとホームシック日記 その1」
どうも、三股です。ふとしたことから、今東京にいます。しばらくこっちで過ごしますが、このコラムは続けさせてもらいます。九州から出てきて、その後奈良よりの京都、さらに市内へと転々。どこでもすぐ慣れれた、あまり繊細じゃない私。
が、しかし今回。すっかり京都好きとなっていた私には、京都→東京の環境の変化に伴い、じわじわと禁断症状が降りかかっています。ちょっと離れてみただけで、「やっぱ京都はいい!」と思うことしきりなんですよ。うーん、こりゃまるで遠恋みたい。
まずどこに行くにも鼻唄まじりにチャリで風きっていた京都とは違い、こっちでの足はほとんど電車。いや、電車というより、「とにかく移動する」ため、人を満載した箱。そんな中起こる第一の症状は…
【症例1.京浜線で京阪を思い出す。】
で〜まちやなぎから〜♪の歌よろしく、出町柳から大阪まで1本!赤いボディーに大名行列図の京阪特急はやっぱいい!
普通料金で2階建てのゆったり電車に乗れるなんて、何てオトクだったんでしょう。きれいな電車の車窓から宇治川やら伏見の町を眺めつつ、関西弁の女子高生のおしゃべりをBGMに、しばしうたたねzzz。こんな気ままな移動が約1時間で460円とは安すぎですよ。京阪ってすごい。
そして安すぎといえば、じわじわと来るのが物価の違い。
【症例2.駅前のモールで商店街に思いを馳せる。】
何でもあるけど高い。で、何か新鮮じゃない。「は?このちっさいタマネギ1個80円?! 出町なら大きいのが1かご150円で買えたのにぃ...」と、つい主婦的な比較に走って、心の中でケチをつけまくる夕方の駅前。
錦も出町も、活気があって、放れてみると新鮮でいいとこなんだなぁ。そういえば京都での取材中、「錦は本当にヘンなとこですわ〜。」ともらした方がいました。「プロと近所のおばちゃんと観光客が同じ店で買い物する場所なんて、他にあれへん。」のだそうな。特殊な町にはおもしろいものが生まれるんですね。
で、たこ焼きがないんですよねぇ。ささやかな楽しみの一つが…。
【症例3.鴨川!!】
何よりも最後にこれ、鴨川。
マイナスイオンたっぷりの川岸に、座り心地のいい芝生。亀石の間を水が抜ける時の、あの重量感ある、でもたまらなく涼しげな水の音が大好きなんですよね。ぽかぽか天気の日、親子連れや年配のご夫婦が散歩する中、出町ふたばでお団子買って、友達とまったりと食べる。くはぁ、最高の休日ですよ。
タマガワじゃ今ひとつときめかない。アザラシはいらんから鴨川デルタで鴨の親子とか見てたい!
というわけで、さっそくこのゴールデンウィーク帰ります。京阪で帰って、たこ焼き食べつつ鴨川でごろごろしよーっと。いけない、私的な欲望丸出しのコラムになっちゃった。 |
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【3月31日】
ロッカー
パソコンでは原稿書きづらいんよねと、字も下手なくせに手書きを愛し、本は本棚に並べた状態でも価値があるんだ!と電子書籍には否定的な私。
平和にアナログに20年弱生きてきたのですが、社会はそんな私のことなどお構いなく、ばんばんIT化を進めて行きます。
C-mode対応の自販機や、JRのスイカカードなどなど、我らが京都においても、その変化は例外ではありません。
そんな中、やっぱりというか、やっちゃいました。
それは私たちの生活の中にじわじわ浸透しつつある町角便利マシーンのオトシ穴。私の場合、それはその名もずばりの「ITロッカー」で起こりました。これ、ケータイが鍵になるという新型のロッカーなんです。そろそろできて半年ほど経つのですが、使ったことありませんでした。3時間100円という安さで、あのじゃらじゃらした鍵が不要。ほうほう、ケータイをかざすだけで自販機でジュース買えてたけど、今度は鍵にもなるとはね。使ってみました。
かっこいいモニターに表示される電話番号に、ケータイから電話。しゅぱーんとロック解除されたロッカーに荷物を押し込み、扉を閉めれば操作完了。アラ便利!かんたんじゃーん。と思いきや、
あれ? ケータイがない…。
張り切って、ケータイまで収納してしまった私…。夜行バスをタクシーで追いかけたり、駐輪場に閉じ込められたチャリを、通行人を巻き込んで助けたりと、おばかな思い出はいくつか所有してましたが、ロッカーにロッカーの鍵を閉じ込めるなんて初体験です。
一気に下がってゆくテンションで、ロッカー会社に電話。(とは言えケータイがないので、公衆電話から。)本人確認のためのドキドキの数分間の後、無事解除されるに至りました。
使いこなせばすごく便利なんですよね。便利に違いない。皆さんもお気をつけて。そしてとても丁寧に親切な対応をしてくれはった管理会社のお兄さん、お世話になりました。 |
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【3月12日】
町家にときめく。
最近「町家」と縁があります。フローリングとコンクリの、1K学生マンションに住む身には、畳の香りと天井の木目が、なんとも新鮮な感じです。
【其の一】 取材にて。
取材に行った町家型の老舗米屋さんで、囲炉裏を囲んで、白味噌雑炊をごちそうになりました。寒い京都の冬、冷え込む町家でも、奥さんがわざわざ作ってくれたあつあつの雑炊と、おじさんの飽きさせないトークには、取材という目的も忘れてほっこりです。
さらに、撮影にいい感じの岩風呂がある町家も持ってはる!と聞き、後日うかがいました。
「桜の季節はもう予約がいっぱいなんやわ。今なら何とか空いてる日あるし、見てみ見てみ」と、快いおじさんの言葉に甘えて伺った、もう1件の町家。決して広くない木戸をがらがらと開けると、味のある土間と台所。薄暗い空間から部屋にあがると、囲炉裏を囲んで古い箪笥が並び、外の淡い光が畳に注ぎます。
目的の岩風呂も、いい感じ。木桶が似合う、レトロなお風呂でした。これで1万円代で宿泊可能とは、ホテルに泊まるより京都の夜を満喫できそうですよね。
【其の二】 サークルにて。
男子学生4人が共同生活する町屋に、1ヶ月間サークルの部室を置かせてもらうことになりました。
1人1部屋と、みんなでまったり用のコタツ部屋の計5部屋。大きな食器棚がある広い台所に、脱衣所のない小さなお風呂。その脇には縁側つきの坪庭。トイレは一旦外に出て、廊下を通って行きます。
これで1ヶ月12万円。4年暮らしなら1人3万円とは!安〜。
意外に見落としがちな昔ながらの町家。京都らしさ◎の上に、コスト面でもかなりお徳かもしれないです。
春から下宿、または春の京都旅行を企画している人は、一度探して見る価値、アリですよ! |
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【2月25日】
タイクツの話。
最近は取材などで慌ただしく過ごしていたのですが、ちょっと前、退屈ついでに「退屈」について考えていて、友達とおもしろい話になりました。今回はそのタイクツの話。
何かの弾みに、「あ〜。退屈…」って感じること、ありますよね。
現状に満足してても関係なく襲って来る退屈。ゆるい言葉のくせに、時に暴力的なまでに人を追い込む退屈。退屈すぎて発狂しそうや…とのたまう就活あがりの友人もいれば、偉大な文豪が生きるの放棄する影に、大きな退屈が潜んでたりします。
うわぁ、退屈ってぼぉっとした顔して、マイナス引力に溢れた言葉だわ。
でも逆に、コレが原動力になって色んな発想や転換が生まれていたりもするわけで。
で、友達と話しているうちにふと思ったんですが、退屈ってのはつまるとこ、ごく日常の中に配置されてる置き石のようなものかもしれないです。何の変化もない日常をいいのか悪いのか、確認させるための置き石。線路にされた置き石みたいにそれで単に脱線してしまう人もいれば、ちょっと違った道で置き石につまづいて、もっといい道に気付ける人もいる。
怪我や病気の時に感じる痛さやきつさが、悪いものである一方、体の不調を教えてくれるいいもので、健康を願う(?)機能でもあるとすれば、ふとやってくる退屈という感情も、結果としてその人のさらなるハッピーを願って作られてるかも、なんて思ったりして。こう考えると、神様グッジョブ!て感じです。
今更ですが、これから退屈を感じた時は、退屈ぅという言葉で思考を止めないで、なかなか言葉にならなくても自分が何が足りていないから退屈なのか、ちゃんと考えるようにしようと思いました。「自分の声に耳を傾ける」なんて言うとこれまた言い古された言葉ですが、大学もあと1ヶ月となった今だからこそ。退屈とそのワケに敏感になることで、これから先社会人になっても、ワクワクできるものに敏感でい続けられるかな、とか思うのです。
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【2月10日】
アートの島に行ってきた。
久々のプチ旅行だったんですが、ずっと気になっていた直島についに行ってきました。
電車とフェリーで揺られること4時間。アートの島に到着です。草間彌生流「芸術は爆発だ!」的な南瓜オブジェが、冬の海岸にドーン。ぐっとくるもの勢ぞろいのコンテンポラリーミュージアムに、冬の海岸の夕日。おじいちゃんおばあちゃん率の高い島民のアート魂にも火がついたのか、表札1つ1つが異様に凝っていたのも印象的でした。夜は暖房付きのパオで友達と熱く語り、翌日の家プロジェクトでは安藤忠雄の不思議な世界に感動して帰って来た次第です。
あっという間の1泊2日だったけど、行ってよかった。寒いのがめちゃ苦手なんですが、冬の特別5000円パックで島にいられたのも、懐に温かかった。
3月は卒業だの京都を出て行く人だの移動の多い季節ですから、この時期に思い出作りもいいのではないでしょうか?2月はみんなが家にこもりがちな分、色々とお得なパックもあるようですし。
ちなみに私の行ったパオ宿泊に朝・夕ご飯と美術館見学がついたプランは3月14日までだそうです。今こそ我もという方は、問い合わせてみてはどうでしょう?アートが熱く、人間のあったかい島でした。
直島ホームページ
http://www.naoshima-is.co.jp/
1泊2日でもやっぱ遠出はムリ!という人は、2月の京都遊びでも満喫してください。街でもけっこう色々あるものですヨ☆ http://onozomi.com/event_glance/index.html
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【1月21日】
買い食いについて考える。
冬になると、無性に買い食いがしたくなります。(とはいえ夏でもしますが・・・)。みなさんは買い食い、好きですか? 私は好きです。
さて、急にこんな話をさせていただくのは、冬眠体質の人について熱く語ろうと思ったからではありません。今回はちょっと、買い食いのもつ風情やオプションについて考えてみたいのです。
その日、私は友達にCDを返すため、待ち合わせ場所へと道を急いでいました。夕暮れの近づいた冬の空気。冷たさがコートの上からも身にしみます。「寒いし、外で待ってるからはよ来てや〜」と、メールで急かされる私に、たこやき屋のおばさんが呼びかけてきました。
私)「2パックください。」
(即答です)。
ここでです。私がこの時買ったのは、たこやきだけではないんですね。ファーストフードのマニュアルでもなく、何かその人の「地」を感じる、おばさんとのやり取り。店の前でまったりする人たちがいる、温かい空気に溶け込む感じ。友達と夕闇のキャンパスではふはふ言いつつあったまる幸せ。
そういう風情をひっくるめての買い食いだと思うんです。
留学生の友達に聞いた話ですが、彼女の国では「物の売買」という行為は本当にそれのみであって、物を買ってもスマイルなどはついてこないとか。私たちが当たり前と思っている商品についてくるサービスも、改めて考えると随分潤いのあるものなのかも知れません。
お金で買えない大切なものもたくさんあるけど、お金で買えるものはその物だけじゃないようで。そこに付随する雰囲気やサービスを丸ごと買う幸せ。だから自炊ベースとは関係なく外食もしたくなるし、これを書いてる今も、私はカフェでホットドリンクを傾けてるのであります。
まぁ色々書きましたが、私の食い意地疑惑が解消される日はまだ遠いかもしれません。
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