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 奥 茉莉子
【3月25日】

「京都ブランド」

今日のコラム、掲載が遅くなりまして申し訳ありません。(15:12現在)

今朝は、下京区の[リバーオリエンタル]を会場にして行われた 『伝統工芸ビジネス交流会』なるものに出席してきました。

京都の伝統工芸の技術を活かしながらも、先進的な商品作りを行っているアパレルブランドの面々が講演するとあって、場内にはオシャレな和装姿の女性や、西陣の図案をプリントしたシャツ(→[seisuke88])を着こなした若い男性の姿なども見受けられました。

・現代のインテリアにマッチする清水焼のワインクーラーを発案した[円象]
・江戸〜大正期に描かれた西陣織の図案をシャツにアレンジした[seisuke88]
・西陣の帯生地をギターにアレンジした[木野織物]
・建築家、テキスタイルデザイナー、着物作家などが共同で商品開発した[sou・sou]

取り組みの内容は違えど、意識は極めて「外」に向いている点で皆同じなのです。京都内だけではなく、東京、日本中、ひいては世界を見据えて、それぞれとの距離感を確かめながら、商品を作っていく、広めていく。

ややもすると、「内的」「閉鎖的」という言葉で語られることがある京都の職人(モノ作り)の世界とは、異なるスタンスの働きかけこそ「先進的」なのでしょう。

「お客さんの喜ぶ顔が見られること。使った後で感想を聞きながら ケアをしたり、次の商品制作時に活かすことができること。 そういう交流こそが楽しい」と、とある鞄店の奥さんが話してくれた。

モノ作りの楽しさは、きっと「誰かに使ってもらうことで得られるコミュニケーション」にあるのだと思うし、それは「おのぞみドットコム編集部」のような情報を作る場所にとっても同じです。

私たち編集部としては、上記のような新しい「京都ブランド」を少しでも多く皆さんにお知らせする手助けをできたらと思います。

皆さんからの声を大切に、これからも京都の方にもそうでない方にも、本当の京都を知って頂くために、ひとつひとつ作っていきますので、どうかよろしくお願いします。

【2月23日】

『真剣な会話』

2003年秋に「おのぞみドットコム」がスタートした当初から 続く長寿企画の1つに『真剣な会話』という企画があります。

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10人の人間がいれば、10通りの人生があり、10通りの生き方がある。生き方の数だけ考え方があり、世の中がある。

一人一人違うからこそ、他人の生き方への興味はつきない。他人がどういう角度で世の中を見ているかがすごく気になる。

真剣な会話。

耳を澄ましてひとつひとつの言葉を拾う。全て拾う。それらをつなぎ合わせていくことで、少し、他人がわかる。他人の話す言葉から、自分の知らなかったことがわかる。自分が何をわかっていなかったかがわかる。

真剣な会話だけが、他人が固有に持っている知識や経験論、ひいてはものの見方がわかる唯一の方法だと思う。

ここにあるのは、京都に生きる人との真剣な会話の記録です。          
(企画リードより)
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編集長がはじめたこの企画を、木下さん小西さんなどとかれこれ1年以上に渡って続けてきたのですが、私が担当するようになってからは「その道のスペシャリストに仕事の奥義を伺う」ということよりも、仕事を通して考えてきた「働くこととは何か」、またそこから導き出される「人生のヒント」のようなものに強く惹きつけられるようになりました。

[IL GHIOTTONE(イル ギオットーネ)]笹島保弘氏 
[雲母漬老舗 穂野出]田辺正氏 
[菊乃井]村田吉弘氏 

働くこととは何か。どんな目標や考えをもって生きていくのか。1人1人のお話から様々な生き方を想像し、また模索していきながら私自身、また読者の皆さんの糧になれば幸いだと思います。

2月中旬より3月末まで、『真剣な会話 春の新スタート月間』と称して、毎週1人、京都の方を取り上げていきます。 どうかお楽しみに。


【1月26日】

室町の今後を考える

京都の二大雑誌メディアといえば『Leaf』『CF』なのですが、『CF』が2004年の後半から「エリア」をテーマにした特集を組んでいる。 中でも2回連続で発刊された「室町は飲食街になるのか?」シリーズは、各方面に影響を与えている様子。

先日、データ納品がてら室町の西にある着物の生地問屋のオッチャンの元へ。 サクっとデータと見積書の話を済ませた後で、室町の昨今について伺う。

「『室町は飲食街になるのか?』特集について、どう思いますか?」と聞いてみると、「いや、飲食街というかマンション街になりそうやから…あはは」と切り替えされた。

確かに通勤がてら、新しく建設中のマンションの数を数えてみると、室町四条〜御池間で3ヶ所工事中。昨年できたばかりのものを合算すると5つ以上のメガ級マンションが室町の問屋街の真ん中にできる、という計算になる。こうしてニョッキニョキとマンションができるのも、倒産したり、やめたりした問屋の跡地を最も効率的かつ、需要に応じた活用を考えると「住宅」だったり、「駐車場」だったりするからだろう。

「じゃあ、そうした状況の中で、今後室町が生き残るにはどういう方法がありますかねぇ」と、さらに話を進めていくと、「一時的にでも儲けから身を置いて考えてみて、そもそもの商売のやり方を“まとも”にせなあかん」 とのこと。

京都の着物界の中でも「室町(主に四条〜御池間)」の果たしてきた役割は、「問屋(簡単に言うと商品流通のための)」機能であって、生産者である「西陣」の職人と、消費者である客を繋ぐ架け橋だ。もちろん上記の生産者の中にも何十行程にも及ぶ着物作りには、その分の職人が携わっているし、さらに問屋の中でも幾つもの段階を踏んでから、一般の消費者にやっとお目見えすることになる。

そうした中で、「消費者ニーズと生産者の意図の相違」であったり、「マージンを積み重ねていくという流通形式では商品の値段が跳ね上がる一方」だったりする。さらに、バブルがはじけた後、'90以降の不況続きの中で「京都着物の高級化」は進むばかりだった。

>>続く

【11月20日】

「2004年を振り返る」

藤田編集長に続いて、そろそろ年の暮れなので一年を振り返ってみようと思います。

昨年の秋にこの「おのぞみドットコム」を立ち上げてから、「京都に根ざした情報発信を」「自分たちが欲しいと思えるガイドブックを」という思いで、構想から5ヶ月もかかって制作したのが『京都らしいものの現在』でした。のぞみ初の書籍でもあります。
その後、右も左も分からない状況で、京阪神に営業部隊を連日送り込み、何とか書店へ少しずつ並べることができ、初夏の訪れとともに第2作目の制作に入りました。そして、11月に発売になったのが『京都みやげを買う前に』です。

web販売で買ってくださった皆さん、本屋に足を運んでくださった皆さん等々、本当にありがとうございました。

まだまだ至らない点が多い書籍ですが、今後も頑張って続けていきたいと思います。

土曜に行ったヤイコ(矢井田 瞳)のライブでは、ヤイコは「そろそろ今年も終わりですね。新しい年が始まるけれど特に抱負はありません。私は人生のテーマを“音楽と旅”に決めちゃったので、あとはすごく楽になりました。」とあっけらかんと言っていました。

「今日は何時にこれをしないといけない」
「明日は打ち合わせで、明後日は営業…」
そんな風に日々をすごしていて、あっという間に終わってしまった2004年でした。

ヤイコみたいにきっと1つ大きなテーマを決めたらあとはそれを実現するために頑張っていくだけ、だから日々の細切れ時間の区切りなど関係なくて、「目標を実現するまで」、それが自分にとっての区切りになるのだと思います。

私にとっては、それが第3弾の書籍です。

【11月20日】

村上春樹とねじまき鳥

外側は強がってちょっと固くて、でも中身はナイーブな弱いところもある。 そう、私たちはシュークリーム世代。
(ー'99,博報堂生活総合研究所,「メール世代についての考察」ー)

この秋、村上春樹の書いたものを初めからじっくりと読むことにした。「風の歌を聴け」〜「アフターダーク」などの小説群、「村上朝日堂」「村上ラジオ」などのコラム群、「蛍、納屋を焼く」「カンガルー日和」などの短編小説群…ともかく様々だ。そんなこんなで読破を続け、最終的に本屋で出会ったのが「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」という新潮文庫の本だった。日本という国について、個人の在り方について、小説とは…など対談形式で議論が進む、かなり濃密な1冊だ。

村上春樹の小説の1つ「ねじまき鳥クロニクル」という作品がある。第1巻のくだりに次のような節があり、それが小説のキーであり、私自身気になっているところだ。

「人は一体、他の1人の人間について本当の意味で知り得るということができるのだろうか。」主人公は妻に失踪され、様々な奇妙な人達に出会い、そして深い井戸の底へと降りていく。ここでいう井戸とは、水の干上がったリアルな井戸でもあるし、自身の深層心理というメタファーとしての井戸でもある。

「私は私。自分のコトは自分でやるし、あなたには関係ないよね」といったある種歪んだ個人主義的風潮(=デタッチメント)の中で、それでもやっぱり「人とつながりたい、もっともっとコミットメントしたい」という欲求がうごめいている。それは小説の世界だけでなく、実際に私をとりまく世界でもあてはまることだと思う。

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コミットメントというのは何かというと、人と人との関わり合いだと思うのだけれど、これまでにあるような、「あなたの言っていることはわかるわかる、じゃ、手をつなごう」というのではなくて、「井戸」を掘って掘っていくと、そこでまったくつながるはずのない壁を越えて繋がる、というコミットメントのありように僕は非常に惹かれたと思うのです。
(ー村上春樹談,'96,「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」ー)
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コミットメントのありよう、それは実際問題として日々変化していく風潮にあると思うし、ひと世代前のドラマにあるような関係性は「クサイ」し、欧米的な「クールな個人主義」の在り方がそのまんま今の日本の若い世代にあてはまるとも思えない。

だがしかし、今、模索しながらも「つながりの場所」を発信している人もいる、深夜、ホッと一息ついて悩みを打ち明けられる場所がある、言葉の壁を越えた、故郷の味を楽しめる異文化交流ステーションができた、お腹がなったら、やさしく迎えてくれる家の味がある。

京都の街では様々なコミットメントのありようが生まれ、育まれ続けている。けれど、私たちにまず必要とされるのは「井戸」ではないかと思う。もちろん京都には、自分を深く知るための場所もある。

だって私たちはシュークリーム世代だから。

追記:
村上さんの顔写真、たまに文庫本の裏カバーに載ってるけど、ちょっとオモシロイですよね。

【10月25日】

「やきめし新聞」から考える。

いよいよ、京都も観光シーズンに突入ですな。先週末の時代祭あたりから続々と修学旅行生を乗せたバスが御池通あたりを走るようになりました。(新京極あたりはすごいことになってそうですね)

さておき、仕事帰りの“お一人様地帯”のいつものラーメン屋で見つけた「やきめし新聞」なるフリーペーパー。厨房で働いている若者が執筆しているらしい。(執筆というか落書きという表現の方が近いかもしれない。)さて、vol.357はこんなコラムだった。
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音楽と一言で言ってもいろいろあるわな。レコードやCDになっているのを聴くのと、生演奏を聴くのとはえらい違うのだ。ライブとレコードの違いというのは、定食屋と弁当屋の違いと同じだと思う。アナログとデジタルの違いは、生の素材を使っているか、冷凍食品をチンしているのかの違いと似てる。MP3やMDまでデジタル圧縮が進むと、こりゃもうフリーズドライかインスタントラーメンなみだね。だからどうせ聴くんだったら生に近いほうがいいと思うの。食べ物と一緒で満足感が全然違うから。
そうそうそれからもう1つ。聴くのも音楽だけど、演奏する側の音楽というのもこりゃまた深い。結局これも料理と一緒で作る人、味わう人という2つのベクト ルが音楽にもある訳だ。でもね、作り手を聴き手は決して分離しないと思うんですよ。結局みんな音楽を感じてるだけなんだから。だからライブってオモシロイんですわ。
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料理人的考察かつ、「〜と思うの」「〜なんですわ」などの語りかけ口調で読者の関心をひきつけるタッチ、なかなかやるな!と思いつつラーメンをすすりました。

とにもかくにも、最近思うのはせっかくオイシイもの出してるのに接客の悪い店。あれはどうしたもんかと思うわけですよ。昨日も、南禅寺の帰りに友達と行った某R料亭が運営する喫茶店。禁煙席と喫煙席の区別はないわ、まだ飲んでいるティーポットをさげるは、食べかけのスイーツの皿も「もういいですか?」みたいに下げていくし…。これじゃ、折角の紅茶の香りも台無しだわ、回転率をよくしたいのは分かるが、客をせかせか追い出してまで入れ替えるのはどうかと思う。もてなす側ともてなされる側は、上記のコラムの言葉を借りるならば「2つのベクトル」ではあるけれど、その向かうべき方向性は限りなく近いんじゃないかと思う訳ですよ。「同じ場を楽しく共有しよう」ってね。

だから荒神口の[chez kikusui]みたいなこじんまりとした店で、同時に8人ものお客さんが入ってしまって、料理がでてくるまで少々長く待たされても不快に思わないわけですよ。客としても「食べる為のルール」とかいうのをある程度、理解しているわけですから。

小姑のようなコラムになってしまいましたが、要は楽しく料理を味わえることは素敵だよ、っていうことが主張でした。


【9月30日】

「もうすぐ発売ですヨ、第二弾!」

この春(5月末)、おのぞみドットコム編集部より初の発売となった『京都らしいものの現在』。

その第二弾が、いよいよ10月下旬に発売となります。(昨日の藤田編集長に続き、宣伝ばかりでごめんなさい。でも、ほんとイイ本なんですよ。)

前作では、“和菓子”・“お茶”・“化粧”・“着物”という京都の4テーマについて深く掘り下げて取材しましたが、今回はさらにグレードアップ!“豆腐”・“地元民のおやつ”・“漬物”・“寺町通の名品”・“寿司”・“地酒”と、ななんと6テーマ、ボリュームアップの160ページ構成です。

タイトルをちょっと先取りでお教えしましょう。その名も『京都みやげを買う前に』。京都でお土産選びに迷う人のために作りました。(もちろん地元の方も普段づかいできる内容となっています!)

このサイトでも来月より、この『京都みやげを買う前に』のパワーアップ応援キャンペーン(仮称)を行い、発売に向けてバシバシ盛り上げていく予定ですので、どうかご期待ください。

宣伝ばかりで終わってすみません。

でも、ほんといい本なんですよ。

いい本なんですよ。

なんですよ。


【9月6日】

「働くこと」を選ぶ

世の中には、三度のメシよりも仕事が楽しい人もいる。「あんたから仕事を取ったら何にも残らないんじゃないの?」とツッコミたくなる人がいることも知っている。まぁ、そういう人たちは「仕事<私生活」という考え方であって、それはそれで楽しいんだろうなと思う。

実際に自分のことをふり返ると、大学当初からアルバイトを多数かけもちする生活を送ってきたし、現状の生活を顧みても、明らかに「仕事>私生活」なところがある。しかもそれが充実感があってやめられない…。(※お金を貯め込むことが趣味ではない)また、私のまわりにも、仕事に対して非常にストイックな、ある種、中毒的(表現は悪い、許せ)な人が多い。

人生において仕事とは何であるのか。そもそも、「働くこと」を選ぶことについて考えてみたい。(雑文なのであしからず)

若い頃(経験がないという意味で)は、「あれもいいけど、これもいい。だけどそれはぜったいイヤ。だって私には才能があるもの。」なんて考える人が多い。いくら就職難の時代とはいえ、若者には希望がある。夢がある。

だけど現実はそんなに甘くはなくて(もちろんマグレで玉の輿入社ということもあるが)、「あれがいい、これがいい」という考え方では、「働くことを選ぶ」理由にはならないちゃうのか、と最近ふと思った。極論を言えば、働きたくなければ(働かなくても生活ができるのであれば)、無理して働く必要性はないと思う。もちろん、生活費を稼がなくてはいけないとか、周囲の目が厳しくてとかいう理由から「働かされてる」人もいるだろうが、少なからずこれから進路を選ぼう(仕事をしよう)としている人には「働くこと」を、自分から選んで欲しい。

そして、「働きたい」と思える仕事を明確にするためには、「自分が好きなこと、自分にできること」をきちんと理解していて、実現するための力が必要だ。(偉そうなこと言ってますが、チャンスをモノにする要領のよさも実力のうちかも)

「どうして働きたいのか」ということは、本人にしか分からないし、自分の好きなことを仕事にできる人、できている人は、果たして世の中に何割ぐらいいるのか分からないけれど、それでも、ちょっとばかり立ち止まって自分の進路を考えてみることは決して無駄じゃないと思う。

ふざけ〜すぎ〜た季節の後で
今春が来て君は〜
きれいになった〜。
去年よりずっときれいになった〜。

イルカはこう唄っている。(♪『なごり雪』より)

今日よりも明日、明日よりも明後日。

【8月6日】

お題:バイト小噺 〜団子屋編〜

先日のカナディアンのコラムが面白かったので、私もバイト体験談を書いてみようと思います。

大学4年間あわせて10種ぐらいのバイトを経験したけれど、あれはまだ私が10代の頃のことです。1回生の後期から家庭教師なるものをやりました。自分の1つ年下の高3の子に(てゆうか受験間近やん!)イキナリ英・国・社の3教科(それもバリバリ受験実践レベル)を、みっちり気合い入れて教えました。これが授業の予習だけでかなり時間がかかり、半年間の教育生活が終わる頃には「無事合格」という晴れがましい結果の代わりに、結構疲れていました。

「こりゃ割にあわん。とりあえず頭を使わないバイトがいい!」

というワケで、友達に紹介してもらったのがダイエーの専門店街に入っている団子屋でした。紹介とはいえ、律儀に履歴書を書いて挨拶に行き、「じゃあ明日から来て〜」と海道健に似た若い男性社員に言われました。

そして迎えた翌日。その海道健から紹介された「キトウさん」というベテランのおばちゃん(from大阪から遠征)と共に開店方法なんかをザッと説明してもらい、いざ店頭へ。「キトウさん」の凄味に押されつつ、和やかに販売時間は終了。

そしてその翌日。9:30入りで10:00の開店から午後までを担当するシフトだったのだけど、社員が来ない!海道健が来ない!やばさ120%!!!けれど団子屋1軒のために(それも海道健の遅刻の為に)ダイエーが開店時間を遅らせてくれるワケもないと思い、曖昧なまま冷凍庫へ走って大福を並べ、7Fの庶務課で釣り銭の袋とレジキーを貰い、とうとう見よう見まねで赤飯まで蒸し始めた。

そして開店1時間後、「ごめん」と連発しながら海道健がやってきた。「ふざけんなコラ」と思いながらも、「何とかやってみました〜」と報告。それにしても、もし私が訳の分からぬまま電気も付けず、陳列もできないままダイエーの開店時間を迎えたらどうなってたんだろう…。店は1Fの正面入り口にあるのに…。てゆうか頭フル回転やったし。

「頭を使わないバイトがいい」→販売(パン屋とかコンビニとか)と安直に考えていた私がバカでした。世の中、何が起こるか分からないもんです。

その後、楽しく団子屋ライフは過ぎていったので、結果的にこのバイトはやってよかったなぁと思ってます。(完)
【7月14日】

本能

昨日は大阪で打ち合わせがあったので、夕方阪急電車に乗って出かけた。夕方5時すぎの電車ともなれば、かなり混み合っている。たまたま大阪で試写会があるという映画部の松村兄貴と同じ電車に乗ることになったが、悠長に会話している雰囲気でもなかった。やだやだ。その後、梅田に着いて兄貴と別れたが梅田は祇園祭並の人混み。

御堂筋線に乗り換え「本町」で下車。この本町駅が私はだいっきらいだ。御堂筋と堺筋とあと何かの線が集中しているせいか異様に入り組んでいる。11番出口を血眼になって探しながら、階段を上がったり下がったり…そしてやっとのことで地上へ。

そこは大きな交差点だった。どこを見渡しても同じようなビル街で、もうさっぱり現在地がわからない。交差点の南西にある場所に行きたかったので、ひとまず恥をしのんで
「北はどっちですか?」とサラリーマン風のおっちゃんに聞いてみる。「北はあっちやで、ちなみに南はそっち」…「そりゃそうですよね」と思いつつ礼を言って、ちょっと考えてみる。

それからは直感を信じて歩き、やっとのことで待ち合わせ場所へ。こんなことなら歩き慣れた「心斎橋」から来ればよかったと反省した。急いでいる時に限って、こういう自体が起きる。


ちょうど2年前。フランスのヴィシーという田舎町でホームステイをすることになっていた。それまで1度はツアーでフランスへ行ったことがあるとは言え、一人でエアラインを乗り継いで、しかも地下鉄と国鉄を乗り換えて行くというのはかなりスリリングだった。

事前に時刻表とかをかなり調べていたこともあって、(ストで交通機関が止まることもなかったし)国鉄電車に乗るところまでは順調だった。だけど田舎町の駅についてみても誰も迎えに来ていない…。そして公衆電話をかけるためのカードが買えない。(日曜日なので売店はしまっている)待てど暮らせど誰も来ないので、途方にくれた。やばさ100%。

本当にどうしようもないので、これまた直感を信じてすごいアバウトな地図を片手にスーツケースをゴロゴロ言わせながらホームステイ先の家をめざした。そして「それらしき家」(番地は間違ってない)を見つけて、チャイムを鳴らすと中からマダムが出てきてえらく驚かれた。「あれ、あなたの到着日って明日だと思ってたわ。ごめんなさいね。」という主旨のことを言われ、その後無事にフランスに滞在できた。

いずれも人間というのはピンチになると、直感というか本能というものが如何なく発揮されるものだと実感した体験だ。ただピンチにならないように常日頃気を付けていればいいというのもまた1つの論議だろう。

そして今、かなりピンチな毎日。
昨日の藤田編集長の「仮想敵」にやられないように頑張ろう。



【6月21日】

お題:「台風がやってきた」

9:30AM頃、高知県室戸市付近に台風6号が上陸。その後、時速約40キロで北北東に進んでいるという。この分だと、近畿(都)は直撃をまぬがれない だろう。

9:55AMスタートの『なるトモ』というテレビ番組では、京都市内の市立の小中高校が既に「自宅待機」体制に入っているとのこと。「会社は休みにならないよねぇ…」と淡い期待を抱きつつも、「まさか」とあきらめて自転車に乗る。外はまだ雨は降っていない。ところが、御池通付近から雨がポツポツと強風 とともに降ってきた、いや打ち付けてきた。傘をさす進みにくい上に、横風で横転のおそれがあると判断し、仕方なく雨にぬれながら走った。嗚呼…。


ひさびさの台風だ。思えば、福岡出身の私が近畿にきて5年。台風らしい台風を経験した覚えはない。多分、毎年台風は何号も近畿を通過していったに違いないが、その威力たるや本場・九州ほどではない。だいたい台風がくるとなると前日の晩から、家中の雨戸を閉め切り、庭の鉢植えを温室に非難させ、愛犬を玄関に招き入れ、食料も多めに買っておく等の準備が必要となる。「まさか」と思う人もいるかもしれないけど、電機が不通になったり、電話線が切れたりすることだってある。

そういう台風文化に慣れているからか、私の通った中学・高校では、なかなか台風による臨時休暇を出してくれなかった。そもそも私立校で、県外からも生徒が集まってくるというのに、どうしてそんなにケチなんだろう…という疑問をふつふつと感じていたが、マジメな生徒だったので(単に家から出されただけです)休まずに通った。通学するだけで靴の中も制服もぐしょぬれになることが多く、“はだし+ジャージ”スタイルで皆授業を受けていた。その上、避難警報がでている中バスケの部活までやった。「嵐の中がんばってる」みたいな気持ちがわいてきて、なんとなく台風の時は元気がでてくるような気さえしてきた。(あの頃は若かった)

というわけで、(有)のぞみも臨時休業などせず、今日もバリバリ頑張ります(多分)!さておき台風6号、今日の午後には近畿を抜け、日本海へと抜けるそう。(おお、風が強まってきた)

以上、お天気オネエサンからの台風リポートでした。
【5月29日】

『夢で見たあの場所へ立つ日まで』

最近よく夢を見る。それも予知夢のようなものだ。きまって朝の起きがけの時間帯で、その日一日の営業先での出来事や上司に叱られる内容が何度もリフレインされて「わぁ」と頭を抱えたところで目が覚める。

出社したら、夢で見たことと同じようなことが繰り返されて、「ああ、夢でみたのと同じだ」と直感的に思った。そうして、日付感覚とか現実感覚とかが一瞬ふっと分からなくなってしまうのだ。

日々のめまぐるしい生活が影響しているのだろうか。忙しくて、しんどくて、自分がどこへ進もうとしているのか分からなくなった時にいつも聞く曲がある。

スピッツの『夢追い虫』だ。
〜〜〜〜〜
上見るな 下見るな 誰もがそう言うけれど、
憧れ、裏切られ、傷つきながら乗り越え どこへいこうか。
夢で見たあの場所へ立つ日まで 僕らは少しずつ進む。あくまでも。
夢で見たあの場所へ立つ日まで 削れて減りながらも進む。
  あくまでも。あくまでも。
〜〜〜〜〜


大学2回生の頃、それまで生活の全てを注ぎこんでいたようなサークルとかバイトとかを辞めることがあって、なんとなく気がぬけたまま、生ぬるい大学と家の往復生活をしていた数ヶ月。あの頃、住んでいたマンションの3Fのベランダから、ボケーっとこの曲を聴いていたことを思い出す。ちょうど夕暮れ時だった。

どこへ行けばいいか分からなくなってしまったけれど、どこへでも行ける、そんな気がする。あせらず、少しずつでいいから何かやってみよう。この曲を何度も何度も聴いていると、そんな気がして元気になる。そして今日(5月28日)もそうだ。

2004年5月29日(土)、『京都らしいものの現在』書店販売開始!この作品を仕上げるまでに、構想からおおよそ半年。沢山泣いたし、笑ったし、市内をかけめぐった。皆さんいっぱい迷惑かけてごめんなさい。ありがとうございました。

血と涙の結晶と言ってしまうとオオゲサだけれど、それぐらい制作・営業スタッフみんなの根性が込められている一作だ。この作品が多くの人に手にとってもらえるように、そう願いながら今夜はいい予知夢を見られるように眠りたい。

*5月28日・29日の二日間、[ふたば書房 ゼスト御池店]にて書店販売キャンペーンやっています。ぜひお越し下さい。

【5月7日】

連休奔走記

連休はとことん遊んでやろうと思っていた。

5月1日(土)の夜から5日(水)まで5日間、いかに1日24時間を有意義に遊ぶか思案をめぐらし、普段なかなか会えない知人に声をかけて遊びまくることにした。

1日目、「飲み歩き隊結成」
バーをはしごすべく、バーテンの経験のある先輩を引き連れ木屋町へ。1軒目のアイリッシュパブで、先輩の通うNOVAのポールとかいう先生に遭遇し、「あなた今日クラス休んだわね?」と怒られ、すごすごと2軒目に…。ラムの甘くてせつない味わいに酔いつつ、バーのカレーを食べ、最後は川辺のキャフェで一服。次回は5軒ハシゴを目標とし、隊員は別れた。

2日目、「女の鏡ですけん」
香川と浜松から友達が遊びに来た。片手に高級マドレーヌ(香川産)、片手に夜のお菓子・うなぎパイ(浜松産)で、仕事の話で盛り上がる。インドカレーを食べ、買い物をし、ライブハウスをのぞき、[新福菜館]のラーメンでしめる。満腹。そして、家にあがるやいなや友達の発した言葉「わぁかわいい部屋やね」、その後アイスティーをだしたり、朝食を作ったりとかいがいしく動く私に「○○ちゃんは女の鏡やね」!くふふ。

3日目、「マンガ部とイカ京」
午後から女友達がそれぞれ、京都に残してきた男に会いにいってしまったので、10年来の悪友に会うべく千本方面へ。一人暮らしとは思えない大きな書棚にズラリと並んだマンガたち。もちろんマンガ喫茶並の質量だ。そうだ、今日はマンガ部の日だ。乙女路線のマンガを二人とも無言で読んだ。もちろん読書中の会話はナイ。結局夜10時まで滞在し帰宅。家に帰ると女友達から「迎えにきて」の電話。そしてその夜は、待ち合わせ場所にジャージで来ただの、何とご飯を[びっくりドンキー]に連れて行かれただの、部屋がほこりまみれな上、優柔不断で信じらんなーい…というイカ京男の話が延々と続いた。誰かイカ京をもう少し正常な方向へシフトチェンジさせて欲しい。

4日目、「パーマ、映画、焼肉」
朝からパーマをかけに行くも、帰りにドシャ降りに見舞われぐっしょり。せっかくのウェーブも元気がない。借りてきたマンガの続きを読破し、夕方からみなみ会館に映画へ。とても憂鬱なイタリア映画で気分まで雨模様に…。だが、晩ご飯は焼肉だ。待ち合わせ場所の木屋町までチャリをぶっとばしつつ(遅刻気味)、爆煙の店内へ。ミノもウルテもキムチも最高。おそろしい勢いで胃に収まっていく。そしてあまりの爆煙に目がシバシバしてきたところで、次はバーへ!移動の間、重い胃袋が何度も悲鳴を上げた。そして夜はふけていった…。

5日目、「女社長と隠れ家コンパ」
むすこの日、いやこどもの日の今日は、一路大阪へ。大学時代の女友達と待ち合わせ、飲茶のバイキングへ。とにもかくにも家族連れが多くて、人波にのまれそうになる…。数ヶ月ぶりに会った友達の一人は、いつのまにか会社の社長となり、もはや神々しく見えた。その後、男の先輩たち(職場の同僚?)も合流し、先輩おすすめの隠れ家ダイニングへ。4畳ほどの狭く、豆電球しかない小部屋におしこめられ、小さなちゃぶ台の上で創作料理を食べた。何でこんなに隠れないといけないのだろうか、と疑問がふつふつと沸きつつ、数時間後解散した。

【4月12日】

『ぐうたら』

この週末(4月12日・13日)、ほんとに数ヶ月ぶりにゆっくりとしたお休みをもらった。大きな仕事も一段落ついたので、休み中といってもそんなに気になる仕事もない。それにこの週末に限ってはなーんにも約束がない。何時に起きようと、どこに行こうと自由だ!「わーい!」と、ひとまずうかれたものの…

12日(土曜)
取材時に資料として借りていた本を天龍寺に返しに行こうと思い立つ。「嵐山までチャリで意外と近いよ〜」という朝日氏の言葉を思い出す。けれど彼女のチャリをこぐペースはマッハ!との話を知っていたので改めて「本当に近いですか〜?」と携帯メールを送ってみる。…半信半疑ながらも電車に乗るのが面倒なので、丸太町から一路西へ。こぎこぎ。太秦あたりで「もうだめかも」と弱音をはくも、30分後には渡月橋に到着。めっちゃ人であふれるメインロードを避けつつ、無事本を返す。せっかくなので「新八茶屋」で抹茶ソフトを買ってみる。うーん、イマイチ。あれ?
http://www.onozomi.com/site/
column_asahi0407_01.html


とにかく天気が良かったので、ノリでそのまま四条へ買い物へ繰り出す。三条→新京極→寺町→フジイダイマルと黄金ロードをぶらぶらするも、あんまり心惹かれるものには出会えずじまい。手頃なカーディガンだけ買ってみる。疲れたので家に帰って、本を読みながらぐうたらする。…zzz

13日(日曜)
昨夜の続きで、寝たり、食べたり、本読んだり、テレビ見たりの繰り返し。そして休日はおしまい。

なんか、罪悪感が残ります。
ぐうたらしたのは私の勝手なんだけど、もっと充実した時間送ろうよと戒めの言葉が聞こえます。「何で私こんなにぐうたらなんやろう」と思いながらも、気付けばベットでうつらうつら。(どうしようもないですね)

いやぁ、休日の過ごし方ってほんと難しいですね。

【3月22日】

『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.7
テーマ:「アホ」な街、「バカ」な私。

2004年3月20日、大阪の千日前に「吉本笑店街」という吉本のお笑い博物館なるものができた。既にニュースなどでご覧になった方も多いのでないでしょうか。

ラーメン博物館や餃子博物館など、最近巷では意外なものをテーマにしたアミューズメントパークなるものが流行っているようだ。それにしても吉本の商売堅いこと。『ホンマ「三歩歩けばギャグにぶちあたる!」と言うた感じでっせ〜!』てな具合で、過去の漫才映像で客を呼ぼうという、笑いの再活用(?)をしている模様。
http://www.yoshimoto.co.jp/syotengai/

さておき、京都での話。
昭和40年代まで、吉本の歌劇場が京都の街にあったとはご存じだろうか?寺町の[ティールームくま]で、やすし師匠がネタを考えていたとか、幻のタンゴ喫茶[クンパルシータ]で、いくよくるよがウェイトレスをしていたとか、今でもあちこちで吉本芸人の逸話が残るのだ。

「漫才なんてコテコテなもん、ようわかりまへんわ〜」とハイソに笑ってそうな京都人も意外や意外、漫才好きのようだ。

小学校の時分など、土曜に家帰って、昼ごはんを食べながら新喜劇を見るのがお決まりだった…、のようなことを言っている人もいる。ちなみに、関西圏以外出身の私は一度たりとも新喜劇を通して見たことはない。

新喜劇以外にも、もう一つ関西人と心通じ合わないものがある。何か面白いことがあった時に、「アホちゃうん」ではなく、ついつい「バカじゃないの〜」と言ってしまうことだ。関西人には「バカ」という言葉の方がキツイみたいだけど、こればかりは直せない。バカはバカだし、私はきっとこれからも「NOTアホ、BUTバカ」でいく。アホの街、バカな私。どうかあたたかく見守ってください。

「バカと呼ばれるとさみしい!」
http://www.onozomi.com/
baka/index.html


【3月5日】

『花よりおまんじゅう』

今回は『ちょっとまじめにテレビっこ生活』をお休みして、 最近取材、編集をすすめている春に発売予定の書籍のメイキング話を おとどけします。

1日に4軒とか5軒の取材を連日続けていると、 どうしても印象の薄い店(と言っては失礼ですが…)と 脳裏に焼き付くほど印象の強い店というものが出てきます。

先日、日暮れと共に最後の1軒の取材が終わりました。 オフィスのある四条烏丸からほど近く、とある路地裏に そのおまん屋さんはあります。その名も[音羽屋]。

この店の銘菓は「赤飯饅頭」というもので、 赤飯を蒸した饅頭の皮で包んだというメデタイ菓子です。 この赤飯饅頭の話は、春の出版までお楽しみ!ということで、 今回は店のおじいの四方山話をお届けします。


店は、大正の初めに室町松原の交差点の北西側で開店。 昭和18年まで営業を続けたものの戦時下の食料統制で休業。 おじいの父は工場へ働きに出るようになり、 おじいはシベリアに出兵することに。

そして時は昭和20年8月6日。 天皇陛下の終戦宣告がラジオ放送で流れる9日前の話。 軍部の指令で「松原通りの拡張」されることになり、 店は取り壊し→たち退きを余儀なくされたとか。

「当時は軍部に逆らうと直ぐにバーンと撃たれるからねぇ」とおじい。

というわけで、6日に現在の稲葉薬師近くの家に引っ越してきたものの すぐに終戦に。工事は中断され、結局取り壊されなかったとか。


戦後から朝鮮戦争(1950年〜)の始まるまでは 闇市から砂糖を仕入れ、警察にばれないように家で作った菓子を 闇取引という形で卸す時代が始まる。

「“ 白した”っちゅう闇砂糖があってね…」 こっそり仕入れた材料で菓子作りは行われた。

 「自転車の荷台に風呂敷包みの菓子箱を
 積んでね…
 朝早く五条大橋を渡っていた時のことでした。
 雪の積もって寒い寒い朝でした。
 今でも五条大橋のたもとに公衆便所が
 あるんやけれどもそこに私服警察が
 待ち伏せしていて、
 『おい、その包みは何だ!』と言うわけやな。


 でもここで包みを開けてしまうと
 警察の豚箱(拘置所)行きやと思って、
 必至に言い逃れたんや。
 その時、先代がこころよくしてもらっていた
 五条警察のある刑事さんの名前を出して
 『これはその人に許された品です…』と
 言ったわけです。
 危機一髪、見逃してくれました。
 

 今はもうないけど、当時警察署には
 “経済課”というヤミを取り締まる  
 部署があってな…」

その他、京都で2回だけ空襲が起こった話などなど おじいの話は尽きることなく… '80年代生まれの私が到底知ることもない、戦中の京都の話。 それは何だか異次元の話ように感じました。

いつもこのようなありがたい話をしてくれるとは限りませんが、 桜餅1個120円、赤飯饅頭1個150円。 素朴で美味しい和菓子屋です。皆さんも是非行かれてみては。

桜餅を食べながら、楽しい春を迎えましょう。
http://www4.ocn.ne.jp/~otowaya/

【2月19日】

『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.6

今回のお題:えみちゃんと関西弁考

上沼恵美子。通称「えみちゃん」という名で、関西のテレビ業界では親しまれているタレントだ。呼び捨てにするのもはばかられるほど、私はけっこう「えみちゃん」の番組が好きだ。

福岡から関西へやってきた4年前は、「こんなベタベタな関西弁をしゃべる人の番組なんて…」と敬遠していたが、今じゃ本当にに楽しませてもらっている。

「あなたねぇ」と全く物怖じする様子もなく、バシっと意見を述べる時など、思わず「はぁ」とため息をついて感嘆せずにはいられない。

さておき、関西弁の話である。大学時代は関西弁を敬遠し、ほとんど標準語で通してきた私だけれど、ここ最近になって“少しは”関西弁に対しても寛容になってきた。というのもオフィスの面々は、私をのぞいて関西出身者ばかりだからだ。

近頃じゃ「〜せなあかん」とか「〜してはりますぅ?」と、自分では無意識に関西弁が口をついて出てくるようになってきたな、と感じ始めてきた。

ところがどっこい、昨晩上司に「その変な関西弁やめて、福岡弁で話せば?」と痛い事を言われてしまった。ちょっとひどいよね、と憤慨しつつも「でも、標準語で取材行ったら京都の人は心開いてくれないでしょ?」と言い返すと、「そんなん大阪弁で話しても京都の人は、“あ、この人は都の人やないな”って分かるんやで」と言う。

ぇええ!かようにまでも京都人はイケズだったとは!だからと言って、明日から福岡弁をベラベラ喋りながら、京都の街を歩く自信もない。「京都で福岡弁なんて、そんなの変やん」って私は思うけど、「じゃあ、お前のアイデンティティはどこにあるんじゃ?」と聞かれたら言葉に詰まってしまう。

一方で、えみちゃんなら東京へ行っても、名古屋に行っても、そして福岡へ行っても、きっと「あかん、あかん」とベタな関西弁で喋り通すだろうなと思う。いや、えみちゃんに限らず、往々にして関西人は言葉に誇りを持っているがゆえか、どこへ行っても関西弁で通すのではないかと勝手に想像してしまう。

「福岡弁なんて恥ずかしい」と嘆く、私の中の福岡弁の遺伝子はやはり弱っちいようだ。「やけん、誰か仲間になって欲しいっちゃね」と儚くぼやいてみる が、「いつかは“京都弁”に染まりたいよなぁ」と淡い期待を抱きつつ、このコラムをしめる事にする。
【2月2日】

『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.6
今回のお題:学歴ってなんだ?!

今回のテーマは、近頃テレビを賑わせているあの国会議員について。1人の政治家の一々の言動がこれほどまでも、世間の話題になるというケースは近頃あまりなかったような気がする。

古賀潤一郎氏を巡る学歴詐称について、これほどまでに報道がなされるのはなぜだろうか。単位があと幾らか足りなかったが為に、アメリカの大学を卒業し損ねたとか云々。当の本人は「代理人に任せていたので…」と言い張るが、真実かどうかは疑問が残る。

だが、こうした報道を見ていると、日本という国、そして国民が、やはり学歴への信仰心を根強く持っているのだな、と改めて感じる。

大卒のフリーターや、若年層の転職率が年々増加していくこの時代に、一体学歴とはどんなすばらしい力を持っているものなのかと私は思う。


つい先日、同じ大学の友達が「私もう卒業できなくて、中退ってことでいいわぁ」と言い放った。ほぼ出来上がっている卒業論文を「論理的に納得いかないから」ということで出さずにおいたらしい。

22歳の現実は、そんなもんなのだ。国立大学を出たといっても、その学歴が特別な力を持っているとは思わない。そんなことよりも明日からどう生きていくか。自分はどんな仕事がしたいのか。

ちょっと言い過ぎかもしれないけれど、学歴という幻想よりも、明日のメシの方が大切なのだ。


話は戻って、古賀潤一郎氏の話。「今まで以上に国会議員としての務めを粛々と、これからも有権者のために果たしていくのが私の一番の恩返しと今現在も考えている」と記者会見で述べている。学歴のことよりも、今日本が考えるべきイラク派遣や憲法をめぐる話の方が確かに大切だろう。

だがしかし、こうした学歴幻想に取り巻かれている国会で上記のような国の憲法をめぐる議論がなされることが、「ちょっと笑えないよな…」と思うのだ。

『gooニュース』
http://news.goo.ne.jp/news/topics
/index/13110/1.html



【1月12日】

『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.5
今回のお題:キシリトールガムの恋

ーーそれは、いかにも姉らしい“秘め事”だったーー

TBSの新春ドラマ『向田邦子の恋文』はご覧になっただろうか?ドラマ作家であった向田邦子自身が主人公となり、邦子の一番下の妹が語り手という形でストーリーはすすんでゆく。邦子が愛した男性は脳溢血で右半身が動かない身となったが、料理を作ったり、晩酌をしたりと忙しい仕事の合間にも邦子は献身的に彼の家へと足をはこぶ。

けれど、彼は自ら死を選んだ。

邦子も彼の母もそれぞれに亡き人を思い、縁側で肩を寄せ合って泣きじゃくるシーンがある。邦子が生涯たった一度だけした恋、その秘密の恋が終わった瞬間だった。

その後邦子は、放送作家としての仕事をバリバリとこなしながら、それでも自分で蕎麦をゆでたり、煮物をしたりとごく普通の女性としての一面を失わずに独身を貫き、三十代半ばにして悲運にも航空機事故でこの世を去った。

先日、10年来の女友達が告白をした。同じ大学の少しやんちゃそうな雰囲気の子で、2年間もの間想いつづけていて、それでも大学を卒業するまでに気持ちにケリをつけたい、ということで想いを告げた。

結果はうまくいかなかったけれど、「悲しい涙が半分、嬉しい涙が半分。好きでいた期間、ずいぶんと楽しかった」と彼女は言う。

相手の一言一言で、その日一日の気分が浮き沈みするように、
また相手の好きなことやモノを好きになろうと努力をしたりするように、恋には不思議な力があるように思う。

結果はともあれ、彼女は一つの恋を昇華させることができた。だから彼女は明日からも、彼が好きだったというキシリトールガムを持ち歩くだろう。もちろん切なくもあるけれど、良い思い出として。

「おいとまをいただきますと戸をしめて 出てゆくやうにゆかぬなり生は」ドラマ中で出てきた歌だ。「おいとまをいただきます」、「それじゃあね」と言って人と別れ、簡単に自分の想いを昇華させることは難しい。

そのことを一番分かっていたのは邦子だったのではないだろうか。かなわなかった恋という秘め事が、彼女の死後20年以上経って多くの人の知るところとなり、また心をうった。

恋は楽しくて、せつない。そんなことに改めて気付かされたドラマだった。


『向田邦子の恋文 公式ホームページ』
http://www.tbs.co.jp/kuni-koi/menu_top.html

【12月19日】

『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.4
今回のお題:幸福論2003

ちょうど2年前、9.11同時多発テロの衝撃が世界中に走った年の終わりにTBS『ニュース23』の年末特集として「幸福論」をテーマにした特集番組が組まれた。

「あなたが幸福だと感じる瞬間はいつですか?」

多発テロで最愛の家族を失ったアメリカの女性、またテロに対するアメリカの報復攻撃で母を失ったアフガニスタンの子供、そして日本で生きるサラリーマン。

幸福と感じる瞬間は人によってさまざまで、幸福な瞬間が長く続くことを、みな願ってやまない。

けれど幸福な瞬間とは、実は家族みんなでいつものように食卓を囲んだり、友達とふざけあったり、仕事先でちょっとした事を任されたりするようなとてもささやかなものではないだろうか。

だからこそ、何てことのない日常の幸福な瞬間にあらためて「今、私は幸せだな〜」なんて思うことはあまりない。

人は、幸福な時にその理由を考えてみることはあまりないけれど、悲しいことや辛い時、つまり幸福でない時にはその理由を考えるもの。

何かを失ってはじめて分かることもある。
2001.9.11、「喪失」ということを世界中の人が味わった年に組まれた「幸福論」の特集は、幸福とは何かということを改めて考える機会となった。

あれから2年。2003年はどんな一年だったろうか。ニュースだけをふり返ってみると、北朝鮮問題、白装束集団、阪神優勝、総選挙、イラク問題…と明るいニュースも、そして頭を悩ませるニュースもこもごもだ。

年の終わりに、あなたの「幸福」とは何かを考えてみてはいかがだろうか。来年は今年よりも笑って過ごせますように。

【11月3日】

◇テレビdeコラム
『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.3

今回のお題:外に出て気づくこと。

ものごとに対する価値判断というものは、あくまでも自分の知っている範囲でしかできない。ひるがえって言えば、自分という存在は、自分をとりまくわずかなものごとによってしか捉えることができない。

毎週水曜日の深夜、NHKで「私はあきらめない」という長嶋一茂が司会しているインタビュー番組をご存じだろうか?

遅い晩ご飯を食べながら見ていたら、照明デザイナーの石井幹子さん(現在60代)という人が取り上げられていた。

若い頃、彼女が海外に行った時に「何てすばらしい空間照明なんだろう。それに比べて日本('70年代当時)の照明ってなんて貧相なんだろうか。私が日本に照明デザインを持ち込もう」と思ったとか。

その後、彼女は日本ではまだまだ未開拓であった景観照明の分野を開拓していった。東京タワー、東京駅、京都市役所、レインボーブリッジ…現在、彼女が灯してきた明かりは数知れない。

違う文化に触れた時、普段は当たり前すぎて気づかない自文化に気づく。自分のまわりのものだけにとらわれていると、そのごく狭い視点からでしか、ものごとを見ることができない。

自分の殻をやぶって、外の世界に目をやることで気づくこと。その気づきこそがアクションを起こす1つのきっかけになるのだなと思う。

■番組HPはこちら「私はあきらめない」
http://www.nhk.or.jp/akiramenai/
【11月3日】

◇テレビdeコラム
『ちょっとまじめにテレビっこ生活』vol.2

今回のお題:「他人事」
ここ最近、テレビでは「女児連れ去り事件」というニュースで持ちきりだった。それも一件だけではなく、新潟でも、名古屋でも、福島でも…という風に、各地で同じような事件が相次いでいる。

今朝ワイドショーで、その中の一つの報道が行われていた。三重県桑名市内で小学3年の女児が連れ去られ、幸いにも名古屋市の漫画喫茶店で無事保護されたという事件だ。そしてアナウンサーが容疑者の男について「容疑者の男は、会社員○○、23歳…」とナレーションを始めた。

出かける支度をしながら番組を見ていた私は、あることにふと気づいた。

「23歳って私と一つしか歳が変わらないじゃないか。」と。けれど、その時自分と同じ位の年齢の人が犯罪を犯すということに対して、さして驚きもしなかったし、怒りも悲しみも感じなかった。

私にとって容疑者の“彼”は、あくまでもムコウの世界の人だったからだ。

相次ぐ女児連れ去り事件、監禁事件に対して、ある社会学者は、「近頃の若者は犯罪を犯すということが、どれほど自分の人生を損なうことになるのか、その損得計算ができない」と嘆かわしそうに話し、そして事件の被害者の父親は「娘に代わって、犯人を殺してやりたいくらいだ」と怒りを露わにし、またニュースのコメンテイター達は「怖い世の中になりましたね」と眉間にしわを寄せる。

「だからどうなんだ。」
テレビを見つめる私はひとり思う。

色々な嫌な事件、変な事件は起きているけれど、その起きていることに対して、実感を持てない。他者のしていることに大して共感が持てない。

私たちがテレビから得る情報量は膨大だけれど、その量があまりに多すぎて、逆にどれが真実でそれが虚構なのか、判断する力がにぶってきているように思う。だからテレビのムコウの世界で起きていることに実感が持てないのかもしれない。

けれど私にとって、テレビは身近な存在だ。テレビの言うことには耳を傾けるけれど、真剣に信じることはしない。テレビとは、やはり友達になれそうにない。
 
【10月16日】

『ちょっとまじめにテレビっこ生活』

今回のお題:「訴えてやる!」
日本テレビの日曜のゴールデン枠と言えば、伸助の痛烈な司会で、日常生活で起こる法律トラブルを次々に解決していくという『行列のできる法律相談所』。

たとえば9月28日の放送で取り上げられた事象の一つ。

・・・・・・
相談者は、会社の同僚から突然のプロポーズを受けた由美子さん(26歳)。
彼女に突然のプロポーズを申し込んだ(もちろん交際はしていなかった)のは、つい最近、会社から海外赴任を命じられたばかりの裕一(29歳)。由美子は突然のプロポーズ、そして「アメリカへ一緒に付いてきて欲しい」という裕一の言葉に困惑するものの、一週間後「お受けします」と婚約へ踏み切る。

だがその後、裕一には由美子の他にも3人の女性に同時にプロポーズをしていたというトンデモナイ事実が明らかになる。

「じゃあOKしてくれれば、私じゃなくてもよかったてわけ?もうこんな婚約解消よ!!」と息巻く由美子。

それに対し、どうしてもアメリカへ行く前に結婚したかった裕一は「一度は結婚をOKしれくれたじゃないか!婚約を解消するって言うんなら、慰謝料払って貰うよ!」と言い返す。

「なに言ってるのよ!傷ついたのは私。あなたこそ慰謝料払ってよ!」由美子も譲らない。
・・・・・・

チャンチャカチャーン♪そしてお決まりの「訴えてやる!」の文句。

そもそもこの番組を見て「お、この場合は男性に問題があるのか!」など、トラブルに対しての法律的知識うんぬんを知って楽しんではいるけれど、本気で訴えようと思っている人は、ほとんどいない。

むしろ私たち視聴者は本気ではない、現実ではない「虚構」の状態を楽しんでいるのだ。

だから、この番組で多用される「訴えてやる」という言葉は、実際に訴えるかまでは推測しておらず、子どもがよく使う「そんなことしたら先生に言いつけてやるからね」と同義語だと思う。

となると、いい大人が虚構の訴え番組を見て楽しんでるなんて幼稚なこと。

ちなみに、先に紹介した事象は弁護士団によると、7割男性側に非があるとのことだけれど、一番印象的なのは磯野貴理子の言ったセリフ。

「プロポーズしてもらえただけいいじゃない?私ぜーんぜん問題ない」。

そりゃあ、ね。

と思いつつ、日曜のゴールデンタイムに一人テレビを見る私は一体。

momo・22歳になったばかり(独身)


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