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 空増 はるか
【3月28日】

今日のできごと〜三都物語〜

こんにちは、空増です。
昨日は久しぶりに早起きをして、電車に乗りました。京都発、大阪下車、神戸下車 で京都帰還。1年ほど前、電車に乗り継ぎ、乗り継ぎ2時間かけて通学をしていたころ何が嫌だったかといと朝の息苦しい電車でした。朝で頭が動かないのにプラスして、窒息しぎみの車内で頭痛。いつも京都線の高槻駅あたりでぐんにゃりしていました。つりあげられ、ぐちゃぐちゃにされたオコゼのよう。あー見苦しい。

てなことを思い出しながら朝の梅田を歩いていると、中国か朝鮮の方々とすれ違いました。歩く歩道の上で。梅田駅から阪急百貨店に向かって歩いていた私は、大阪特有の「我急がん!早く前よ歩け!」のペースでカツカツコツコツ。一方観光なのか、彼らは礼儀正しく一列に並び(しかも右!すごい)、こちらの様子を楽しげに眺めていました。そういえば先日四国人の知り合いが、歩く歩道のペースに負けてしまっていました。普段は当然だと思っていたことも、その地域外の人から見ると異常なこともあるのです。あーいいなーゆっくり見ていられて・・・と彼らを見過ごしました。

その後、今度は東梅田で前をじーっと見つめる少女を見つけました。5歳くらいの彼女は、前を行く母親としっかりと手をつないだ妹の姿を見ていました。(皆同じ髪型で姉妹はお揃いのコートを着ていたので判明しました)しかも、スピードを落として。母親は自分がいないことにいつになったら気がつくんだろうか?と値踏みしているようでした。私は末っ子なので、自分の下に弟や妹がいる感覚はわからないのですが、彼女は明らかに嫉妬していました。ものすごい数の人が行きかう東梅田駅。その中であえて迷子になりそうな行動をとってまでも、己の存在を確かめてほしい!そう思う少女の姿は、不思議なくらいくっきりと浮かび上がって見えました。 なんだか不思議な光景でした。

普段乗らない電車に乗ると、色々な人に会いますね。人間ウオッチング、結構楽しいものです。え、お前も見られているかもって?いやーん、照れますね。

【2月26日】

『特技とはなんぞや?』

「あなたの特技はなんですか?」

最近聞かれてこまった質問の1つがこれです。趣味ならばなんぼでも答えられるのですが、特技となると答えに窮してしまうのは、私がとっても謙虚だから、という理由だけではないと思うのですよ。(はい、誰かつっこんでね)

「特技」:特別の(にすぐれた)技能
(BY「三省堂 デイリーコンサイス国語辞典」)

とありますが、技能ってなんでしょう?簿記何級とかいう資格なのか、はたまた、刀鍛冶のような技術でしょうか?

「技能」:腕前、技巧
(BY「三省堂 デイリーコンサイス国語辞典」)
腕前ってなんでしょう。よくドラマで「お手並み拝見といきましょうか」なーんて意地悪く言うシーンがありますが、あれと同じ意味ですよね。つまりは能力ということ。

と、なると特技って得意技、それこそ背負い投げだの、延髄蹴りのような仰々しい「技」と考えていた私が答えにつまるわけなんですよ。(まあ、そんな技が出来るのなら立派な能力なわけで、それこそ特技だとは思うけども)話を戻すと、「特技」=「特別な能力」というわけなんですよ。だから、スプーン曲げ、とかテレパシーなんてまさにうってつけ!「特技は壁抜けです」とか答えてみたいなぁ、とは思うものの、私にはできないので是非そちらが専門の方は自信を持って答えてみてください。きっと相手にされませんから。

そこで考えてみた。自分なりの「特別な能力」を。たとえば、寝坊したのに5分で家を出られる、とか連日15時間以上寝続けられる、とか。要は、生活に密着したあまり人に誇れない、笑い話的な力だ。これが例えばラーメン大好き・山本さんなんかになると、ラーメンのために伏見から北大路まで自転車を走らせられる、とかになるんだと思います。

さあて、皆さんの特技はなんでしょうか?答えに窮した方、自力で考えてみてください。


【1月28日】

日々ツレヅレ。

こんにちは、痴漢と図書館でやかましく話している輩は、豆腐の角で頭ぶつけて死んでしまえばいいと思っている空増です。いやはや、これは過激か、やわらかいのか、という判断は大変難しいかと思いますが、ぜひとも皆さんも考えてみてはいかがでしょうか。

冒頭からこんなことを書くと「あれ、痴漢にでも遭ったの?」と心配してくださる心優しき方々が、この世の中には10名ほどいてくれそうなのですが(もっと少ない可能性は断固として否定していたい。というか受け入れたくない。青い鳥症候群なもので)痴漢に遭った記憶はここ数年ございませんのでご安心くださいませ。なら図書館でやかましい人に豆腐をぶつけたの?と心配してくれそうな常識的な方が結構いそうなのですが、(絵図らとしては最高だと思うのですが、現実的に考えてみてくださいよ、あなたたち)そんなこともできないような小心者でございます。

が、しかし図書館で声でかく話している人や、長時間話している人を見るとやはり我慢はできないもの。とはいえ、はっきりいえない日本人。ちらりと相手がこちらの視線に気がつくまで見つめて、目が合った瞬間に舌うちするのが精いっぱいでございます。「ちっ」とね。これくらいなら後で逆上して闇討ちに遭うこともないのでは、と思っているのですがいかがのものか。甘いか。

話はもどって話している人です。ディズニーランドに春休みに行こうね、と語り合う女子たちも、自分がお腹がへったからといって、連れの勉強を阻止して夕食に誘う男子も(飯くらい一人で食えよ!)、くすくすと戯言を語り合う男女も場所をわきまえなさい。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて、とはよく言ったものですが、彼らを注意したとしても馬に蹴られるほどの大事ではないと思うのですよ。なんせ公共の場所ですからね。ぱぶりっくすぺーすというやつですよ。

しかし日本では街角でカップルが抱き合っていたりするとびっくりしたり、ちらりと盗み見したりするのですがどうも海外は違うらしい。というか、イタリア人は違いましたね。路上だろうが、銀行の前だろうが、美術館の前だろうが、パトカーの前だろうが構いやしない。アツアツの常夏のようです。そのぶん気性があらいのか、道路ではクラクションが常に鳴りっぱなし。そんなに怒らなくてもいいのに・・・と免許をとって2年になるのに一度たりともクラクションを鳴らしたことのない私は思うのですが。鳴らせる人を「すごいなぁ」とちょっとうらやましくも思うこともあれば、「鳴らしたかてなんもどないものらへんわ。静かにしきいな」とむかつきもするのです。

ってことで、2月か3月に免許の更新に行ってきます。皆さんも更新をお忘れなく。

【12月22日】

本能のままに生きた2004年でした。

こんにちは、最近甘いモノが食べたくなってきた空増です。どういう変化でしょうね?中学生のころから生クリームが苦手になった私としては、何年ぶりかの甘いモノへの嗜好。友人に言わせりゃ「老化の階段飛ばしじゃないの?おばあちゃんって甘いもん大好きやんか」とのこと。おやじ化の次は老化でしょうか?困りましたね。あ、実を言うとちっともこまってないんですよね。体重の増加だけには気をつけようかと思います。ってこれも増えたところで結局は気になんかしないんだと 思います。

これ、突き詰めて考えると結構面白いんですよ。別に健康じゃなくったって構わないから生活については結構ムチャするけど、毎日苦痛と格闘するのはイヤで、長生きだって別にしなくったっていいんだけど明日死ぬのはお断り。今不摂生な生活をしていても、後のことなんて後になってみないとわからないし、病気になるかならないかなんてのも、なってみないとわからないもの。人間ってなんてワガママなんでしょうね。私はとってもワガママですけど、何か?なんて書くと「最近の若いものはこれだからいかん!」とイロイロな方が嘆きそうですが、現状を受け入れたほうが建設的な未来は開けるかと思います。同じことを少子化についても思うのです。

人口が減ってしまうことはもう決まっているわけで、それを現状に戻そう、増やすことしか考えていない間は、人口は増えないのではないかな?と。むしろ、少ないことを利点にとって、現状の価値観をぬぐい捨てて新しいことを考えたほうがいい。そう思うわけなんですよ。歴史は2度繰り返される、とよく言います。いまだかつてない時代が来るのなら、今までの歴史や価値観を一切切り捨てていってもいいのではないか、これが1度目の歴史を築いている瞬間なんだ、と考えることは別に非難されることではないはずです。


そうそう、こんな話をしようと思っていたわけではないのですよ、アナタ。人間の思考というのはこう、すぐジャンプしていくものだということです。小説やドラマの登場人物のように、同じことをまっすぐにに考えているなんて数学のテストを受けている高校3年生くらいなものじゃないですか?(学ラン派でしたか?私はカッターシャツにネクタイ派でした。)だから、学者なんかは賢いのだろうなぁと思うわけですね。というような、ランダムな人間の思考過程を忠実に書いてくれた作品がありました。私が高校生の時からはまりにハマって、あわやオタク街道まっしぐら?になりかけて引き返してきた森博嗣の作品でした。えっとなんだっけかね?シリーズ物ではなく、短編集でもなかったと思います。頑張って探してみてください。

って、こんな話をしようと思っていたのではやっぱりないのですよ。いけませんね。一応年末ということもあって、社長筆頭に皆さんが今年1年を振り返っていたので、一応振り返ってみようかしらん?とも思ったのですが、どうにもこうにも天邪鬼。(だからタイトルは何ら関係ないのです。ああ、でも書いてることが間違っているというわけではないのでただの独り言だと思ってください)それに、みなさんだって毎日コラムが真面目だったらイヤでしょう?というわけで、私の1年の総マトメは忘年会のビールとともに吐き出すことにします。私の隣の席になった人は知りませんよ。どうぞお覚悟くださいな。って大丈夫ですよ、比較的大人しくしていますから。って書いていたらそこそこなボリュームになりましたね。ここらへんでお別れしたいと思います。さよなら、さよなら、さよなら。

あ、そうだ。皆さんNHKの一連の不祥事が収まって、例えば会長さんが辞任されたら、受信料未払いの人は払い出すと思いますか?というか、未払いの方、払いますか?ご意見お聞かせくださいな。テレビもインターネットも家にない私は、この1件に関しては傍観者なんですがね・・・。

【11月24日】

日本人でよかった、お風呂が大好き。

先日、湯を使っているとお湯が徐々にヌルクなり、アレをアレよとお湯がお水になってしまいました。頭が泡だらけの朝、風邪を引く気で頭から冷水をかぶりました。ざばーんとね。まあ、「風邪ってナニ?」と本気で尋ねるような健康体には、冷水の1杯や2杯なんら問題ないようで。ぴんぴんしております。

と、いらん話を挟んでいますがようは早い話が給湯器が壊れてしまってお湯がでなくなったという話。お湯が使えなくなって初めて、京都の銭湯に行くことになりました。家から歩いて1分とかからぬ銭湯で、私はいくつかの発見をしました。
・350円の入浴料
・銭湯には桶も椅子もない
(祖母が住む大阪は難波の銭湯にはどちらもあったはずだ)
・最近の己の体重・・・ううむ。
・絵のない湯船もある ・意外と遅い営業時間(夜の12時でも開いてる!)

とまあ、毎回新鮮な反応をしているのですが一番感じたのは「あーやっぱりでっかいお風呂はいいなあ」ということ。「湯」の看板を見上げ、暖簾をくぐれば靴ロッカー。木の札を持って引き戸をガラリ。おばちゃんが「いらっしゃい」の一言。鼻をかすめる風呂屋独特の香りと、脱衣場でしゃべる近所のおばちゃんにコーヒー牛乳。これぞ銭湯!私の銭湯の原点は祖母が昔通っていた大阪の銭湯ですが、京都の銭湯は大阪のそれとは雰囲気も違うのです。風呂屋で交わされる会話も違う。ロッカーの大きさも違う、設置されているマッサージ機も違う。銭湯でみる文化の差、ですか。大げさですか。

共通なのは勿論その気持ちよさ。熱〜いお湯に肩までつかって(身体にはよくないそうですが、そんなこと関係ないし)心いくまで身体を温める。そうすると暖房器具を一切いれていない家に帰っても寒くない。ちっとも。身体の内側からホカホカとどこか温かいのです。冷え性の私には思ってもいなかった副産物。もちろん、大きな湯船でリラックスすることは、肩こりやらどうやら胃と連動してしょっちゅうこる背中やらの筋肉をほぐしてくれます。それに、それに帰ってきてからのビールが美味いのなんのってもう・・・。シャワーを浴びた後のビールよりも1.5倍以上は確実に美味しく感じますね。うん、絶対。

昔は、冬にミルクティー、夏ならオロナミンCを自動販売機で買って祖母とテクテク歩いて帰っていました。懐かしいですね。

いやはや、シャワーの利便性と銭湯の極楽感、どちらを優先したいかを真剣に考えさせられました。というわけで、今週の木曜日には給湯器が直ります。その後も1週間に1度は銭湯デイにしたいと思っています。とりあえず、桶と石鹸入れを買い、今晩も銭湯に汗を流す予定でございます。銭湯部1人で結成します。入りたい方ご一報くださいな。日曜日の夕方風呂なんてもう、最高じゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。

【10月27日】

こんにちは。
今日も電話ごしに名前を間違われた空増です。聞き取れっていうのが、土台無茶な名前なので腹も立ちませんが、お店を予約したり注文をしたりする時は不便ですね。お店の予約なんかは、一緒に行く人の名前でとってしまうこともあります。

さて、名前の話はさておき、まだ現役大学生の私は、就職活動という怒涛の渦の淵に立っています。渦を外からまだ傍観しています。友人の中には、毎日のように学内で行われている業界講座や何らかの資格講座に行っている人もいます。いろいろな仕事をしている人の話を聞いて、少しでも自分に合いそうな職種、興味がもてそうな仕事を探すのに必死です。もちろん、中には大学院や専門学校に進学する人もいるし、実家の家業を継いだり、夢に生きたり、フリーターを選ぶ人もいます。

悩んでいる友人たちは、高校3年生の時に受験校と受験学部を必死で選んでいた当時の友人たちの姿とだぶって見えます。なれるかどうかはわからない職種ですけど、何も考えてきていなかっか人にはそれを決めることが大問題なわけです。

前に少し考えていたことがあります。「やりたいことがあってそれが叶わないこと」と「何がやりたいのかがわからないで何もできないこと」とではどちらがツライのでしょうか。前者も、後者も生きていくことはできるし、「そんなキレイごと言ってられるのは今のうちやで」と大人は言うかもしれません。でも今だからこそ考えられることに対して、考えることから逃避するのは、ある意味贅沢な選択で、ある意味でもったいないことだと思うのです。

考えないで生きてこれる人にも2種類あるでしょう。「自分のやりたいことを突き進めてこれた人」「特に何もやりたくないし、やらなくても生きてこれた人」どちらも幸せそうな人生です。でも、どちらの人生も歩んだ人しか本当のところはわからない。該当される方、幸せでしたか?

「何がしたいのかわからない」「あれがしたいけど叶わない」「何でもするから大金がほしい」「何もしたくないけどどうしたら何もしないでいられるのかがわからない」などなど。悩むことが若者の仕事なのかもしれない。社会に飲み込まれる前だからこそ、青くさいことを言ってられる間だからこそ、そういうことを考えるべきなのだろう。というわけで、私は青臭くそういうことを考えているわけで。解決の糸口は今だ闇の中。暗中模索もまた、楽しきかな。


【10月1日】

おのぞみドットコム、今日で1周年!

いやいやおかげさまで、2004年10月1日をもって「おのぞみドットコム」が1周年を迎えます。拍手!「あれ?そうだっけ?」というかなりのマニアな方にご説明いたしますと、一般へ告知したのが11月1日。でも実際は、10月1日にはアップしていたのです。というわけで、自分の企画中心に(へへ)振り返ってみました。あの暑い夏から・・・。

「日焼け止めを買っておくように」と藤田社長に言われたことから、すべては始まったように思う。怒涛の寺社めぐり。おかげさまでやたらと寺社に詳しくなったような、ならなかったような・・・あ、なりました。で、できたのが「京のかみさまほとけさま」。その中でも意外な人気を発揮したのが「産地直送!お守り便」いったい現代人は何を求めて京都の情報を探しているのか、頭を抱えてしまいましたぜ、まったく。

「おのぞみドットコム」が世間一般の情報サイトとはちょっと違うな、と思わせるのがこういうコーナーがあったりするからかな?と思わせたのが「たまには政治を」。本当に「たまには」なわけで、この後は「たまには経済を」とかやってほしいなー。社長さんよぉ。

音楽に疎い私にとって、「おお、こんなに店があったのね」と目から鱗、だったのが「レコード屋のおっちゃんは」。音楽好きにはたまらない企画でしたよね。熱い話も盛りだくさんでした。

はじめての特集は「大学」でしたね。大学にまったく相手にされず、悔しい思いもしました。それでも、教授や学生はとっても協力的でした。感謝感謝。「大学生100人に聞きました」では、ちょうど家を探していたのでナイスタイミング。今は、当初計画していたやりくりとはかけ離れた生活ですが・・・。その後にも何かと役にたっている知識となったのが、「0円生活研究所」。水割りの水を探しに、ではなく書籍で水コラムを書かせてもらったり・・・ですよ!! 遊び系ばかりじゃないのが、うちの売り!!

というわけで皆さん使ってる?
テスト勉強しに行くのに、開館時間を間違える人は「図書館生活」。
レッカーされまくって痛い思い出がある人には「街中駐車場」。
自転車ばっかりで地下鉄がさっぱり、な人には「乗り換え名人」。
実用も遊びもかねれば、あとは頭の部分だ。

楽しく、そして深く。長文でもおもしろければ、読まれるはずだ、と始まったのが「バカと呼ばれるとさみしい!」アナタがバカですやん、とトップページは突っ込みたいところだが、これがどうしてなかなかおもしろい。話好き、論じ好き、は道場やぶりにおこしやす、だ。

バカ、につづいて長くても面白いから読めちゃうのが「真剣な会話」いやー、人生ふかーく生きたいねエ、と思わずため息&お茶のススリ、が入るようなええ話だ。

他にもスポーツファンを唸らせた「京都ボクシング道」やうおう、スクービーやんかぁ、と小躍りした「スクービードゥTOUR2004」や()あれ?こんなに松村さん男前だっけか?と惚れ惚れした「松村貴樹個展beLLa」なんかが過去には特集としてくまれた。

今も続いているものもあるし、秋には「学生街グルメ」も再始動するのでお楽しみにしていてくださいね。「こんなことを知りたい、読みたい」というご意見、ご感想をつねに募集しています。勿論現状にある企画についてのご感想も大変うれしいです。

ちょっとでも京都で生活することが楽しくなるよう、パソコンを開くのが楽しくなるよう、これからも京都の街を自転車で徘徊しながら、街の動向と人や空気、社会の流れや渦、をお伝えしていきたいと思います。ではでは、秋の新展開にお楽しみアレ!

【9月3日】

花火と地酒と18切符と

こんにちは、世間はもう秋です。海にも行かず、山にも行かず、川でおぼれることもなく夏から秋になってしまいました。唯一夏らしいことと言えば、毎年の夏合宿でちょっぴり痩せたことと、まれにみるほど日焼けをしたこと(自転車生活にはいったから)と、初めて青春18切符を買って秋田まで花火を見に行ったことでしょうか。

そうです。前の1分間コラムでも書きましたが私の趣味は花火です。本当に行ってしまいました。花火を見るための旅行。しかしただ秋田まで行っても面白くないので、普通電車を乗り継いで、3日かけて秋田まで行ってきました。秋田県の花火は勿論のこと、国内を急ぎながらも時々降りては移動し続ける、という旅は初めてで、「この店この一品」ならぬ、「この県この一品」を楽しみながら、日本海の新鮮な魚介類も十分堪能しました。市場にある海鮮居酒屋で久しぶりに刺身を頂き、地酒で締めた金沢の夜はどうして楽しいものでした。見知らぬ町では大人しく行儀よく、それでいて精いっぱい楽しく、です。

それで花火はどうやったの?といいますと「濃い」の一言に尽きます。今回行ったのは「大曲全国花火競技大会」。そうです大会なのです。試合です、バトルです。血、肉湧き踊る勝負なのですよ。関東一円の花火師が己の技量と趣向を凝らし、色、形、タイミング、テーマ、音楽を練りに練まくって、課題の10号花火を2発、その後はフリーの花火を各自のテーマにそってあげるのです。普通の花火大会は1時間なら1時間、2時間なら2時間という長い時間をかけて自分たちの花火をあげます。だから見ているほうも、時々ゆっくりしたり、そろそろクライマックスだしちゃんと見よう、という心構えができます。しかし競技大会だもんで、各花火業者の持分はほんの数分。その中で今年最高の花火を打ち上げなきゃいけません。緩急はつけるにしても、その数分の間に全てを見せなきゃいけない。もう必死。濃いことなんの。見ているほうもマバタキをいつしていいのかわからぬほどの濃さ。一瞬でも見逃すと何か面白い瞬間を逃すのではないか、と首が痛くなっても顔をさげられません。最高の数分です。口はあきっぱ、目はひらきっぱ、もれるはため息ばかりかな。「はぁ・・・すげぇ」。

桟敷席も多く、チケットを取れなかった人は前の晩からテントで会場に乗り込み、当日の夕方までテントで過ごしていました。自由席はもうバーベキューの香りやら、何語だかわからなぬ言語やら、赤ら顔で出来上がったおっちゃんのクダが飛び交う。関西から乗り込んだ小娘はビビリながらもキリタンポとビールで席を取り、無事鑑賞することができました。ああ、やっぱり花火っていいね。最高やんか、とニコニコ加減の寝台列車は朝方大阪にわが身を運んでくれたのであります。

というわけで、今度は長野県。行ってきますぜ、弾丸花火ツアー。新作花火競技大会、とこっちも本気系です。「えーうちも花火見たい!」という方にオススメなのが10月2日に茨城県で行われる「土浦花火競技大会」です。私がいけないので、誰か行ってきてくれ、というのが本音なところ。来年はそちらに参戦します。絶対に。

【8月9日】

<平成淀川花火大会も行かずに窯>

この1分間コラムが掲載される頃、私は1200度の灼熱地獄の前で、汗を身体中の汗腺からたれ流し、目の下にはばっちりクマをつくり、顔といわず身体中を泥だらけにし、なんともいえない苦悶に満ちた表情で晴れ渡る青いお空を睨んでいることでしょう。ああ、何悔しくて「そらます」などという苗字なのでしょう。今畜生、とぼやいている・・・はず。

あ、今ひとつだけ希望的なことを書きました。どの項目か、は書きませんが書いたら泣けてくるのでやめておきます。さて、このくそ暑い8月に、わざわざ長袖長ズボンで信楽くんだりにまで行っています。狸の里へ、穴窯という中世時代の薪窯を100時間ほどかけて焚くために行きます。

今まで5回窯を焚く場面には遭遇したのですが、毎回同じようなシーンで同じような感動を味わうのです。それは別に、団体スポーツでの団結力や、勝利の美味や先輩の後ろ姿、のようなものではありません。簡単です。窯の中に感動したのです。1200度の窯の中は、白い炎で満ち溢れ、とても穏やかな色合いと景色を見せてくれます。その穏やかさといえば、見るだけなら眠気を誘うほど。ゆるーりゆらゆら、と揺れるように窯の中を走る白い炎。心臓わし掴み。ぞわーっと鳥肌がたつのです。もう、感動以外の何者でもありません。前髪がこげそうな、頬がひりひりするほどの高温の熱風の前なのに、手を伸ばしてしまいそうになるのです。その炎にむかって。(やったら火傷ではすまないことになります)

今まで見てきたあらゆる芸術品より美しい、と私には思えます。このコラムが掲載されるころ、あの美しい炎を何度もこの目で見ていられるように、祈るような気持ちでこのコラムを書いています。あの美しい炎を今年も見れますように、祈っていてください。

【7月16日】

趣味:読書、陶芸、花火

アナタの趣味はなんですか?と聞かれて何と答えますか?私は高校を卒業するまでは「読書・小物作り」とか「読書・バドミントン」とか「料理」とか答えていたような気がする。でも大学に入り、陶芸と出会い「趣味:読書・陶芸」と書くようになった。新しい趣味ができたことはとても嬉しいことで、狭かった世界が少し広がったような気がしていた。

しかし「趣味」というのが曲者。毎日ルーティンでやってることは「趣味」やないし、その瞬間だけはまっているものを「趣味」と呼ぶにはまだ足りていない。そこで趣味=長いこと好きなもの、と捉えることにした。そして「好きな物はなんですか?」とすご〜く考えたとき周りの人にくらべて自分が必要以上の情熱を燃やしているものがあると気がつきました。しかも結構長く。

それは「花火」。夏の夜空に浮かぶ色とりどりの大輪の花。それに魅せられたのは確か小学校5年生。近所の「猪名川花火大会」に母とクラスメイトと行った時だ。その年から以後、ひと夏にかならず1つ、多いときで3つ4つの花火大会に出かけている。夏になる前から好きな花火大会の日程をチェックし、毎年一緒に行ってる友人に予定を聞き、断られたら次の人選に取り掛かり、スケジュールやバイトを調整していた。すべてはその日のその数時間のため。私の夏は花火とともにあった。

しかし、今年は諸事情で一番好きな「平成淀川花火大会」も、数はすごいPLも、一度は行きたい琵琶湖の花火も行けない。今年の夏は、ひどく悲しい夏だ。もう夏なんてどうでもいいや、と投げやりになっていました。しかし、花火は関西だけじゃないのです。昨年は北に向かいました。初めて乗った京都発の寝台列車で、いざ新潟の奉納花火。NHKの連ドラでも舞台になった花火大会です。いやぁ、あれは面白かった。そして今年は秋田に行きます。花火のためだけに。関東をメインに全国の花火師が集い、自分たちの花火を競い合うのです。ああ、素敵!花火は数だけでその良し悪しは決まりません。1発1発の創意工夫や色形。連発するにもその時間差や、見せ場の引っ張り方。花火大会は1時間半近くのショーなのです。すべて計算されていなければいけません。その素晴らしさといえば「花火師の嫁になりたい」と13歳の女の子に思わせるほど。ああ、今でも胸がときめきます。花火師ってすげぇ。

夏だけの楽しみ。それが花火。でもこれだけ好きなら趣味ですよね。なお、数年ぶりに実家近くの花火大会にも今年は行ってみようかと思っています。どなたか行きたい人はsoramasu@nzm.jpまで。一緒に花火師に胸キュンしちゃいましょう♪


<今年の夏の花火大会スケジュール>
■8月1日 教祖祭PK花火芸術
→帰りは南に一度下がってから帰ることをオススメします。
■8月3日 平成淀川花火大会
→梅田駅から降りて歩いて河川敷まで行くことをオススメします。
■8月6、7日宝塚観光花火大会
→ファミリーランドで昔は見れたのですが・・・。
■8月8日 びわ湖花火大会
■8月10日 宇治川花火大会
→今年初めて行きます。うふふ。
■8月21日 猪名川花火大会
→高速道路が邪魔にならないところへ行きましょう。



【6月23日】

ぱんぱかぱーん、な6月23日です。
はい、上田パンさん、21回目の誕生日、おめでとうです。なんで彼女が「パン」か、というと、並々ならぬパンへの愛情があるからなんですね。以前、私が「くるみパン」への愛を怒涛の勢いで語った時、目を輝かせて聞いてくれたのは、アナタだけでした。ああ、パンさん。どうぞ、「パン絶ちしてるんです!」などと言わずに、これからもパン道をつきすすんでください。


さて、話は変わりまして先日、仕事も学業も(現役大学生なもんで)ほったらかしでイタリアに遊びに行ってきました。生まれて初めての海外。英語の試験のために取ったパスポートも、今回初めてホントに使いました。長いから、長いから、っと半ば脅されていたフライト時間も、普段椅子に長時間座って働くせいか、全然長く感じず、特に大した時差ボケもなく、毎日嘘のように晴れ、旅行には最高の気候・体調でした。

で、何が一番すごいか、というとイタリアは巨大観光都市なのです。日本より少し小さいのですが、その全土が観光都市。いたるところで、英語や、日本語、中国語などが飛び交わされ、お店に行けば、当然のように日本語で話かけられました。

どうして、そんなに私たちはイタリアに魅せられるのだろうか、と考えたとき、その街の美しさに大きな点があるのです。イタリアは国でその町並みを保護しよう、ということを決めているそうです。その歴史も、京都や奈良の対比じゃなく、ケタが違う古さなのです。「2000年前のパン屋」、なんて見たらパンさんじゃなくてもびっくらしますがな。ため息がでました。歴史に、街に、街の人々に。京都も、もっと町並みの保護をして、もっともっと観光客をさらに受け入れられる土壌を作れたらいいなぁ。もっともっと魅力的な街になればいいなぁ。

京都のバスやタクシーよりもずっと運転の荒いイタリアのバスの車窓から、流れる風景を見ながらそんなことを強く、考えました。ちなみにタクシーは本当に映画の『TAXI』のように荒かったです。(あそこまでスピードは出ないけども)

【6月1日】

『携帯アドレスから色々。』

先日複数の人間の携帯のアドレスを、一気に打ち込む作業があった。面白いもので、アドレスには色々あった。不必要に難しいもの、文章にしているもの、自分の生年月日を書いたもの。などなど。多彩で本当に笑えてしまった。

その中でも圧倒的に多いのが、やはり自分の誕生日をアドレスに入れ込むタイプだ。教えた相手に「あれ?何月何日が誕生日?」などと聞かれた美味しいものだが、なかなかそうはいかない。登録した後、相手のメールアドレスなどいちいち確認する人は少ない。しかし、この誕生日というものがやっかいだ。日本は昔太陰暦というものを採用していた。これがややこしくて、毎年毎回カレンダーは変わる。とはいえ、庶民の生活に日にちまでは関係なかったのかもしれない。季節が分れば農業にはさしさわりはない。そんなものかもしれない。

昔の日本では誕生日という概念がなかった。いや、生まれた日というのはあったが、その日に年をとるのではなかったのだ。正月に一斉にみんな年をとるのだ。じゃあ、12月31日生まれた子供は次の日には1歳か?と思うが、すまない。深く調べていないのだ。気になった人は自分で調べてみてくれ。

しかし、自分の年が正月に一斉に年をとる、というのはわかりやすいが、何か面白みにかける。365日ある誕生日がみないっしょくたなのだ。これじゃあ、お祝いのしようがない。そうなのだ、お祝いなのだ。たとえ12月31日生まれようとも、正月に生まれようとも、終戦記念日やクリスマスに生まれようとも、その日だけはその人のための日なのだ。365分の1の確率で、1年に1度だけその人の誕生日を祝う。いや、祝いたいし、祝ってほしいのだ。

前置きがいささか長くなった。今日は6月1日。「おのぞみドットコム」編集長の誕生日だ。藤田さん、お誕生日おめでとうございます。今年一年、ますますがんばってくだされ。いい、年でありますように、っとこう書くと年賀状みたいだが・・・

と、いいことを書いておいてなんだが、不確定だからしょうがない。365分の1を間違えてなければよいが・・・。

【5月6日】

憧れのバーは不思議なバー。

仕事場が烏丸だもんで、木屋町や先斗町、烏丸界隈で飲むことが多い。だけど、家は烏丸よりもずっと北西にあるから帰り道は長く、自然とお店に目がいく。気になってしかがたないお店が何軒もできてしまった。

そのなかでも2軒どうしても行きたいバーがあった。1軒は機会があって、早めに行くことができ、今では唯一の常連バーになった。

それでも中々いけなかったもう1軒のバーの名前は「1947」。激渋〜い雰囲気をかもし出していて、いつも窓の外から自転車でカウンターを覗き見していた・・・。憧れていたのです。

ドアの横には「1947」と書かれた看板と、黄緑色の重そうなドア。そして薄暗い店内に灯りがともるカウンター。もう私の中の妄想は膨らむばかり。いつか行ってやる。いつか行ってやる・・・。そんなことを思いながら自転車のスピードを緩め、羨望の眼差しで見ていました。

しかし先日ついに行ってきました。「1947」ブラボー。窓からはカウンターしか見えなかったけども、実はでかい。ビリヤード台を使った大きなテーブル席や、ステージもある。プールバーや、ライブハウス、パーティー会場にもなるそうだ。

マスターに「いつからやってるんですか?」と聞いたら、グラスにギムレットを注ぎながら「あなたが生まれる前からですよ」と言ってニコリと笑った。ああ、もうたまりません。たとえ18年前にはとおに生まれていたとしても、マスターがそういうなら私は18でも17にでもなりましょうな!

そしてなんと言ってもここで一番おもしろいのが「ボストンクーラーください」と言ったら「今作れない」と言われたことだ。もう、マスター最高です。また、行ってしまうかもしれない。今度はビリヤードをしたい。あんなところで突いたらきっと気持ちがいいだろう。さあ、不思議な大ばこバーでした。みなさんも是非。

店名:1947
住所:京都市中京区御池通智恵光院角
時間:PM19:00〜AM0:00
定休日:月曜日


【4月14日】

若者はよく言葉を省略して話す。「あけましておめでとう」が「あけおめ」に。「なるべく早く」が「なるはや」。(これは若者語ではなく業界用語なのか?)などなど、普通に使いすぎていて本人は気がついていない言葉がある。時々、電車で小中学生の会話が聞こえてきて、何を言ってるのかさっぱりわからないことがあるが、おそらくこういう省略単語がいくつも使われているからかもしれない。

さて、そんな省略単語の中でも中々にセンスがある言葉をご紹介します。それは「ハブ」という言葉。マングースの森からでてくるマムシではありませんよ。この言葉は名詞ですが、「に」などの助詞を伴って「する」をつけると動詞になります。「ハブにする」。一度くらい聞いたことがあるのでないでしょうか?

意味としては「仲間はずれにする。」とか「無視をする。」というようなイジメの意味であります。しかし、イジメとハブ。何がどうして関係しているのか?関係ないじゃん。っと思いますが関係あるんだなー。元ネタは以外に古風。「村八分」の「はちぶ」だというからびっくり。それで、仲間はずれをすることを「八分にする」というんだそうで、そこから省略され「ハブにする」となったそうな。若者言葉と日本の昔の風習。なんかかけ離れた物のように思いますが、中々にセンスある省略じゃないでしょうか?最も、意味は考えないですがね。

で、「村八分」とはなんぞや?ある地域の中で特定の住民にたいし、色々な付き合いを絶つことである種の制裁を加えることをいいます。村十分のうち八分を無視し、残る2分だけの付き合いを許されます。その2分は火事とお葬式なんだそうです。

2分残すあたりが日本社会のおもしろみではないでしょうか?しかもツライであろう火事・葬式。涙じゃないですか。人情じゃないですか。仲間はずれにされているのに・・・(笑)

あ、話は戻りますが省略する言葉。「最後の1個」のことを「ラスワン」と私は言います。オフィスで同僚たちが「それは言わないで〜」と言っていましたが、新しい造語は若者から生まれるのです。オフィス内最若年が言うのだから間違いないですよねー。若者の造語ですよ。ふふん。


【3月24日】

さしすせ空増の酒日記。

最近、日本語講座がお休みになっていますが、別段、日本語が嫌いになったわけではございません。「あー、これすごいわ」というネタが思いつけないだけです。まあ、よく言うネタ切れ、という奴です。

それで、ネタ切れのまんまで何してるの?と言われれば日々飲み歩いています。飲み歩き、ってのは「酒を飲み歩く」ということです。え、そんなの分ってるって?いいじゃないですか。酔っ払いの戯言というのは、たいがいどうでもいいことのくり返しなのですから。ちなみに、外で缶ビール片手に飲んでるわけではないですよ。お店に入って、椅子に座って、グラスに入ったお酒を飲んでいるのです。

そろそろ「こいつマジで酔ってるな」と思ってきませんか?というわけで、先日行ったお店の話をば少し。

立命館大学のほどちかく、仁和寺街道御前下ルにある「おやじ」という焼き鳥屋さん。ここはいつも満席で、少し待つことがほとんど。串1本150円で、でかいです。焼きおにぎりだって、でかい。私のコブシくらいの大きさがある。そして、うまい。ビールは薄いような気がしたけど、ふわっふわの特大だし巻き卵も、まんまる小芋揚げも、脂の乗った皮(串)もとにかく美味かった。隣の席のちょっとヤクザ風のおじさんが食べてた薄揚げのツマミも、とても美味そうだった。今度家で作ってみよう。

その美味かったというのは、街の居酒屋という枠の中で、だ。最近、その枠の中での「美味い」とはどういうことか?と考える。焼き鳥が美味い、というのと久しぶりのチキンラーメンが美味い、というのと料亭の懐石が美味い、というのは全部同じ「美味い」と言葉の上では収まっているけれど価値としては「焼き鳥=久々チキンラーメン=懐石」にはならないはずだ。少なからず、私はこれらの3つに同じ価格を支払うことはない。まあ、チキンラーメンの価格で懐石が食べられるのなら諸手を振って歓迎するが。

話は戻るが、純粋に全ジャンルとっぱらって、美味いものはなんだろう?と考えたら、自分の好きなものになると思う。ちなみに、私の好きなものはくるみパン、出し巻き卵、揚げだし豆腐、ういろう、焼き海苔、チーズケーキだ。あ、もちろんお酒もね。よろしく。

で、ケーキが好きな人は、どんな珍味や豪華な料理よりも、500円の街のケーキが最強だし、マクドナルドを食べ育った世代には、おふくろの味がマクドナルドになってしまうように、人が美味い、と思うのには育ってきた文化背景や、生活リズムのような物がある。これが、内田樹先生のいう文化資本、とやらの一番身近な例なのかもしれない。

あ、違うかもしれない。

酔っ払いの戯言には、いちゃもんをつけない、というのが世間一般の常識ですので、違うわよ、というクレームは受け取りません。あしからず。

しかーし、訂正およびご教授は承りますので、くだらん戯言、と流さないで「まあ、もう1軒行こうじゃないのよ」と誘ってください。望むところよ、です。


【3月3日】

「似たような日本語の巻。」

いつもの日本語誤法講座は勝手にお休みです。今日は先日行ってきた沖縄のお店をご紹介します。酒好き必見!

みなさん、泡盛って飲んだことありますか?一口飲んだら「しゅわー」って口の奥で細かく液体が破裂するような感じのお酒です。 焼酎の一種で、アルコール度数が非常に高いのが特徴。飲んだ後も甘ーい感覚が口の中に残る、そんなお酒です。

沖縄には泡盛酒造所が46あります。しかし、その46酒造の泡盛をすべてそろえているお店というのは、沖縄の中でも大変少ないのです。でも、でも、せっかくやし、飲み比べがしたい!沖縄まで来て、日本酒なんて飲めるか!といのが酒好きの素直な気持ち。

そんなあなたにオススメなのが那覇市にある「うりずん」というお店。1972年創業の地元使用のお店で、顔の濃いーおっちゃんやおばちゃんがいっぱい。2階は座敷になっていて宴会もOK。

で、なんでここがオススメか、というと46酒造すべてがそろっているから。そして、また料理がむちゃうまい。観光客向けではないから、メニューにはいちいち説明が載っていない。「え?これなんですか?」ってなことをお姉さんに聞きながら頼むのが観光客のスタイル。

「ドゥル天」というドゥルワカシを揚げたもの、といってもなんのこっちゃわかりませんが、要は芋の練り物をあげたもの、がこのお店のオリジナルでむちゃうまい。食べた後、かすかにしいたけの香りがするのですが、後引く味で一番人気。

そしてここのお店、「泡盛100年古酒の会」というものを作っています。話は簡単。100年寝かせた泡盛を作ろう!という途方もないような、酒好きのロマンがぎっしり詰まった会なのです。

一口1000円で会にはいれるという気軽さから、沖縄だけでなく、全国の酒好きが加盟しているそうです。100年後なんて自分は飲めないじゃん、なんて言ってるようではダメなのです。後世にむっちゃ美味い酒をのこしてやろう、という心意気が大事なのです。

立地条件もいいので、沖縄に遊びに行った際には是非、行ってみて下さい。泡盛カクテルなどもあるので、泡盛が苦手な人も楽しめます。もちろん「さんぴん茶」もあります。

「うりずん」
住所:沖縄県那覇市安里385−5
電話番号:098−885−2178
営業時間:17:30〜0:00
定休日:第2・4日曜休
アクセス:沖縄都市モノレール安里駅徒歩3分
100年古酒に興味がある方は是非!
「泡盛百年古酒元年ホームページ」
http://www.urizn.gr.jp/



【2月16日】

「似たような日本語の巻。」

先日、元中学国語科教師の人にこんな問題を出されました。「“おざなり”と“なおざり”の違いを述べよ。」文系大学生数名一同「ええっと〜」と、もごもごしながら視線はあらぬ方向へ。

お恥ずかしながら「おざなり」は使ったことがあるけど、「なおざり」を使ったことは一度もない。ましてや違いなど・・・。というわけで今回は「おざなり」と「なおざり」の違いです。

あ、ちなみに言うとこれ、慶応高校の入試問題らしいですよ。私受かりませんね。ふふん。

・おざなり
漢字で書くと「お座なり」。
意味:当座の間に合わせ。

・なおざり
漢字で書くと「等閑」。
意味:いいかげん。

文字を置き換えて作られる2つの言葉。一字しかあってないのに、響きも似ていますね。意味は近いような、近くないような・・・。どっちにしろあんまりいい意味ではありませんねぇ。

Mr.Childrenの「ファスナー」という歌に「御座なりの優しさは今一つ精彩を欠くんだ」というフレーズがあります。歌詞は少し悲しく滑稽な大人の男女を描いています。

これが「等閑」に置き換わったら意味合いも変わるし、とりあえず、大人な恋愛じゃなくなりますよねー。ま、それはそれで面白いけども。


【1月14日】

「責任について」

いつも日本語講座なるものをやっていますが、今回は趣向を変えて、新成人諸君に「責任」について考えてもらうようなコラムをば。

さてはて、「責任」といいましても「ちょっと、あんたの子供よ!責任とってよ!!」ってな責任ではなく(これは勿論とらなきゃいけない責任ですが・・・)
法律での責任の話。

普段、仕事やプレイベートなことで「責任」を背負うことはありますが、仕事はチームで動いているときもあるし、プレイベートで責任が発生するようなことには、対外相手がいる。もちろん責任は取らなきゃいけないけれど、そこから逃げ出すことも可能なのです。でも、法律はあなた1人に向かって責任を問いかけてきます。そしてそこから逃げ出すことはできません。

高校を卒業した最初の夏、私は車の免許を取りました。地元の図書館やスーパー、レンタルビデオ屋など家の近くでしか運転することはありませんでした。ある晩、酔っ払った父親を駅まで迎えにいきました。家から30分ほど離れた少し大きな駅です。そこで私は軽い事故を起しました。本当に小さなもので、何か壊したり、傷つけたりはしていませんでした。便宜上警察を呼んだ、というようなもの。

でもその時、初めて「当たり屋」と呼ばれる人がいる、と思いました。今でも思っているし、その時は警察にも保険会社にも言ったのですが、当たり屋に当たられた、というのが私の事故に対する受け止め方です。言い訳がましいことですが、法律上加害者の私が、心の中では被害者なのです。しかし、法律はそんなことかまいやしません。

事故の内容はともあれ、かなりの違反点数と、初心者講習の受講と、警察への呼び出し、保険会社への説明、家庭裁判所への説明などとりあえずわずらわしい事を色々とやりました。しかし、家庭裁判所で突きつけられたように思ったことが1つ。「私は未成年だから責任は問われない」というもの。

そこでは私のように、未成年で何らかの軽い事故を起したという若者が、親と一緒にたくさん座っていました。家庭裁判所の説明はとても簡単なもので、「神戸まで来たのだから」、と美味しいものを食べて帰ったくらい。でも「未成年だから〜」という言葉が、お腹の中で岩のように鎮座して、なんだかすっきりしない気分でした。

たとえばその時、私がもう成人で社会人だったなら、点数以外に数万円の罰金を支払わなければならないし、保険会社との交渉やらなにやらまで自分でしなければいけなかった。「もし、たら、れば」を考え出したらキリがないけれど、法律に触れることがなければ、私は恐らく自分の責任について真剣に考えることはなかったと思う。

新成人に告ぐ。
あなたが何か法を犯したら、あなたがその責任を負い、咎を受けるのだ。覚悟して、今手にいれた数種類の自由と権利を行使せよ。


【12月23日】

「タカをくくる」の続き。

前回のコラムなんてすっかり忘れているかと思いますが、今日は続きなんですね。「高をくくる」と「腹をすえる」の合体が、「腹をくくる」になっている、という誤法を紹介したんですよー。覚えていない方、知らない方は前回コラムを見てください。

前回「高」とは「出来高」や「生産高」の「高」である、と。「高いところ」という意味ではないんですよーってなことを言ったわけなんです。しかし、どうして収穫や売り上げを意味する言葉から、相手を見くびるような意味になったのか?そこに疑問が残りました。

さてそれが今日の本題。
昔日本は税金の変わりに米を「年貢」として納めていました。しかし、その生産高を決定する役人の中には結構いいかげんな仕事をする人もいたそうです。そのいい加減な年貢の見積もりという意味が、いつの間にやら人間に向けても使用されたそうです。そして「いいかげんな人間である、と見くびる」意味にも転じたそうです。

んまかいな、な日本語ですね。

なお、反論は弱腰で受け付けていますので「嘘ついてんじゃねーよ」というご意見の方、メールお待ちしております。

そして、さらに誤法。
「タカをくくる」を耳だけで聞いていた方は時々「鷹をくくる」と書いてしまうようです。Yahoo!で検索したところ14件ヒットしました。「空高く優雅に舞う鷹だって、人間にかかればとっ捕まえてくくってしまえるわ!」というような意味にも解釈できないことはないけれど・・・。

うーん、日本語のニュアンスって難しい!!

【12月8日】

「どうやってくくるの?」

誤用される日本語の1つに「腹をくくる」という言葉があります。これは「腹をすえる」や「腹を決める」などの意思決定の言葉と、「高をくくる」という相手を見下した結果それが誤りだった、つまり「相手の実力をなめてた」時に使用する言葉とが混じってできたと思われます。

言葉自体は「腹をすえる」というような意味でもっぱら使われているようです。実際にこの言葉を使ってしまい新聞で大批判を呼んだ方がいました。言葉使いには重々気をつけましょうね。

ってここで終わりませんぞ。一歩踏み込んでみましょう。「腹」はまあ、よしとして問題は「高をくくる」のほうです。高、ってなんでしょう?高いところから見下ろすから、というような感覚がしますね。

でも、実はこれ、収穫や売り上げのことを意味する言葉なのです。歴史の授業で「禄高」とか聞きませんでしたか?今でも使われる「出来高制」の「高」もこのこと。「生産高」とか「売上高」とか探せばいっぱいありますね。「○○高」。つまり「高をくくる」という言葉は「できたもんをまとめる」、「収支の合計を出す」という意味なんですね。

さて、その言葉がどうして「相手を見下す」意になったのか。それは次回にお知らせしましょう。
【11月20日】

「〜〜なんて笑止千万!片腹痛いわぁ!!」脂ぎったお代官様が汚い歯を丸出しに、叫ぶ叫ぶ。大きな声で「わ〜っはっははっはははは!!」続いてアップの農民が「ひぃ〜」と涙、涙・・・。

という話ではなくて今日は「片腹痛し」について。これは「腹がよじれるほど笑えて、片方の横腹が痛い」という意味ではありません。お代官様はおかしいのかもしれませんが、意味は見ていて滑稽だ」という意味なのです。

この言葉は「傍ら痛し」という「ク活用」の古語が転じた言葉です。高校生のとき、古文の引っ掛け問題でよく見かけたので、若い方は記憶に新しいかもしれません。この「かたはらいたし」は「そばで見ていていたたまれないような気持ち、はらはらする気持ち」の意味です。

しかーし、中世から「ばかばかしい、くだらない、滑稽だ」という意味も確かに使われています。昔は使えた意味が今ではその意味を失っている。しかし、人々は使っている・・・。言葉というのは難しいもんですね。


【11月5日】

言葉ってのはどんどん変わっていくものです。
何十、何百年とかけずとも、あっという間に変わる。最近の若者は正しい日本語が使えない、というような記事をよく見かけますが、その中でひとつ身近なものをご紹介。

(1)
A「あーなんかいいアイデアはないものか・・・」
B「お、ゆきづまってるなぁ。ちょっとは休めよ」
A「おお、ありがとう」

(2)
A「あーなんかいいアイデアはないものか・・・」
B「お、につまってるなぁ。ちょっとは休めよ」
A「おお、ありがとう」

以上の会話のパターンで日本語の意味として正しいものはどちらでしょうか。「え、同じ意味じゃないの。何言ってるのよ」と、怒られたあなたは、著名な文化人の餌食。

普段あまり気にせず使う「行き詰まる」「煮詰まる」。この2つの意味はまったくの正反対。「行き詰まる」は読んで字のごとく、前に進めない状況をいい、「あーもうどうしたらいいんだ!」的な状態を指します。

一方「煮詰まる」は、煮えて水分が無くなること、転じて、 会議など議論が出尽くし解決間近な最終段階をいいます。つまり「よーし、あとちょっとで完成だ!」的な状態なのです。

「行き詰まる」「煮詰まる」まったく正反対な言葉が、どうして同じ意味で使われるようになったのでしょう。「〜詰まる」が同じだからでしょうか。

しかし、間違っているとはいえ「煮詰まる」の意味をまったく反対の意味にとってしまうのも仕方がない気がします。煮物を煮詰めすぎて焦げちゃったら、「行き詰まる」ですもんね。


【10月20日】

日本語においては、額面通りそのまま受け止めてはいけない場合がままある。助詞一つ、主語一つ抜けているだけで意味は変わってくるのだ。そんな言葉の例を一つ。「情けは人のためならず」ということわざの意味を以前朝日新聞が全国3000人の男女に調査したことがある。回答は2つに分かれた。

1 「情けをかけることは結果的にその人にとってはタメにならない」
2 「情けをかけることは、その人のタメではなく、巡り巡って自分のタメになる」

どちらの回答数が多かったか?驚くなかれ、「1」が若干ではあるが「2」を上回ったのである。こんな風に言うからには、本来の言葉の意味は「2」なのだ。つまり、間違った解釈が本来の意味を超えて広まっているのだ。

なぜ間違った解釈が浸透したのだろうか?考えうる可能性は二つ。一つには別の解釈もまた世の中には当てはまるから。二つめは「ためならず」だけが古典口調だから、であろう。

「1」は「ためならず」の部分を「ためにならない」と訳し、「2」は「ためではない」となる。普段話している言葉から考えたら「1」の方が近いようにも思えてくる・・・。

ううむ、間違っても仕方がないかなぁ、という微妙な言葉だ。
今後辞書が(新)(旧)なんて、意味を両併記したら嫌だけど・・・。



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