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吉田 智尋 |
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【4月12日】
たいせつにしたいもの2
「マルシェかご」
今日はあいにくの曇り空(雨?)ですが、先週の週末は見事な晴天でしたね。桜の花もちょうど見頃を迎え、お出かけされた方も多いのではないでしょうか。私もあまりにぽかぽかと暖かいので上着を着ずに、薄着で出かけました。
暖かくなると外に出たくなります。そして、そのお供として去年から愛用しているのが「マルシェかご」。「マルシェかご」とは、昔からパリのマルシェで買い物をする際によく使われているバスケット・バッグの俗称です。初めて買ったのは、去年の夏でした。神戸へ行った時、たまたま入ったお店[BLANC]。店先にかごが吊るしてあったことに惹かれ、飴色の階段を上ってお店に入りました。そこは決して広くはないけれど、凛とした飾り気のない空間でした。梁が剥き出しになった天井に、床を踏みしめる足の感触。窓から入ってくるそよ風。そしてその空間に大切に飾られているひとつひとつの商品。女性のオーナーが外国で買い付けてきた文房具が少しと、アンティーク物のリネンのシャツが何点か、そしてかごが無造作に積まれていたのです。そのかごが、何とも素敵に見えました。私はそこで大きなかごをひとつ購入したのです。安くはありませんでした。しかし、しっかりと編まれていたそのかごは、どんなに物を入れても、びくともしません。夏から秋にかけて、随分と使い、冬はかばんの収納として部屋で活躍し続けました。
かごは青空と緑の芝生がよく似合います。行き先は公園でしょうか。お花見、ピクニック、おさんぽ。とにかく今年も大活躍することは間違いないでしょう!
[BLANC]
兵庫県中央区栄町通1-1-10
078-393-5310
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【3月11日】
20歳を過ぎて、モノに対する想いが変わった気がします。最近は安いものをたくさん買うのではなく、少々高くても長く持てるものや、自分が本当に欲しいと思ったものを選んで買うようにしているのです。そうして選んだものは、自然と自分にとって、たいせつにしたいものになりました。そんなものがこれからも増えていくといいなぁと思います。
たいせつにしたいもの 1
「カランダッシュの万年筆」
去年の迎えた誕生日、自分に何か買おうと思い立ちました。それも、ずっとずっとこれから先使えそうなもの。愛着のもてるもの。これは21歳の誕生日に買ったんだ、と記憶に刻めるもの。服とか、靴とか、そういう消費していくものではないもの。そして私は1本の万年筆を買うことにしたのです。
きっかけは一冊の本でした。それは「ステーショナリーワンダーランド」という本で、東京の銀座にある文房具店[伊東屋]で扱っている文房具を特集しているもの。中でも、万年筆のページが気に入りました。万年筆は芸術品。1ページに1本、贅沢すぎるページの使い方でしたが、それが逆に価値を高めているようでした。そして私は、「誕生日にちゃんとした万年筆を1本買おう。」と決めたのです。それから、お店の片隅に置かれた万年筆に気を留めるようになりました。万年筆といえば、モンブラン、ラミー、パーカーといった老舗メーカーがあります。ただ、小売店にはそうそう置かれておらず、結局品揃えの豊富な百貨店で買うことにしました。売り場はちょっとした高級感に包まれています。そんな中で選ぶのも、たまらなく楽しいものでした。ショーケースに並んだ何10本もの万年筆の中から、さんざん悩んだ末に選んだのは、スイスのメーカー[カランダッシュ]の万年筆。シルバーで6角形の形をしたちょっとレトロなものでした。
パソコンや携帯でのメールのやりとりは、簡単で便利です。しかし、そうやってデジタルが普及する一方で、“字を書く”機会が少なくなってしまったように思います。それは仕方のないことかもしれません。それならもっとその機会を楽しめるように、字を書く道具や紙なども、自分の気持ちが高まるようなものを使いたいですよね。私は、今回買ったこの万年筆で“字を書く”ことが大好きです。みなさんも万年筆1本どうですか?“字を書く”ことが、今より何倍も楽しみになるかもしれません。
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【2月9日】
兼好は、ここにいます。
先日、久しぶりに会った子が「けんちゃんのコラムいつも読んでるよ。」と言ったので、驚きました。その子は昔、アルバイト先だった塾で教えていた生徒でした。私は、以前個別指導の塾で講師として働いていました。
“けんちゃん”というのはその塾での私のあだ名で、いたずら好きな中学生が、吉田という苗字から「兼好」と呼び始めたのが始まりでした。『徒然草』を書いたあの「吉田兼好」。最初はなんてあだ名をつけるんだ、と思っていた私でしたが、次第に気に入るようになっていきました。
例えばあだ名がついてから、なぜか受け持つ授業が増えました。そして1番うれしかったのが、「けんこ〜」とか「けんちゃん」と呼ばれ、前よりずっと生徒と距離が近くなったこと。そこには講師と生徒の、あの距離感はなかったかもしれません。講師ならもうちょっと厳しくしたり、色んなことを諭すことも必要だったかもしれません。でも私には、そうすることが出来ませんでした。そういった意味で、私は講師としては不十分だったと思います。でも、距離が近づいたことによって、受験の悩みを相談してくれた子がいました。思春期には大切な恋の悩みを打ち明けてくれた子もいました。それは、きっと講師と生徒ではなく、人と人として真剣に向き合っていたからです。塾で働いている間に、教えた何十人かの生徒とそうして向き合えたことは、私にとって財産になりました。
当時教えていた中学3年生の男の子は、もうすぐ高校3年生になります。高校1年生だった女の子は、もうすぐ高校生活を終えようとしています。大学1回生だった私が、この春で4回生になるように、みんなみんな同じように歳を重ねていくんですね。
その塾を離れて約1年。私が辞めた後に入った新しい講師の先生が、講師の半分を占めるようになったとか。今日も、チャイムの音と同時に授業が始まることでしょう。
私は、今、ここにいます。会う機会がなくなっても、喋る機会がなくなっても、こうしてこのコラムを通じて、今でも繋がっていると感じてくれる子がいるなら、それはとてもうれしいことです。「けんちゃんのコラムいつも読んでるよ。」と言ってくれたその子に、この場を借りて、お礼が言いたいです。ありがとう。
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【1月13日】
ぴっかぴかになーれ。
昨年の年末、1足の靴が家に届きました。ずっとずっと心待ちにしていた靴です。 12月のはじめ、神戸へ行った時にセレクトショップ[haus]で購入しました。お店に行った日はすでに売り切れてなかったので、入荷を待って送ってもらいました。
『オーロラシューズ』と呼ばれるその靴は、ニューヨークの郊外の小さな町で作られています。オイルドステンの柔らかい革を使用し、すべての工程を手作業で作っています。私は今回購入したのは「Middle
English」という形のブラウン。見た目はぽってりとしています。お店ではソールの張替えにも応じてくれます。何年も履いていたら、ソールが擦り減ってしまいますから。今履いている革の靴は3年履き続けて、とうとう両足共に穴が開きました。雨の日にやけに染み込んでくるなぁと思っていたら…発見してしまったんです、穴。この靴も気に入っていたので、見つけたときはショックでした。今でも晴れの日は履いているのですが、そろそろ引退の時期が近づいています。そして後任に『オーロラシューズ』を就任させようと考えています。
靴は手入れすればするほど、愛着が湧いてくるもの。革の靴を初めてオイルを使って布で磨いたとき、つやがでてきたことに感動しました。それまで手入れをしたことがなかったので、単純に「わぁぴっかぴかになった」ってうれしかったんです。そうやって手入れをしながら履きこんでいくうち、革がどんどん足に馴染んで、自分だけの形になる。そんな変化が、これからまた見られると思うと楽しみです。大切にしたいもの、大切に自分で育てていきます。大好きな靴だからこそ、3年先、5年先もずっと履いていられるように。
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【12月6日】
クリスマスとサンタとプレゼント
12月ですね。12月といえば、やっぱりクリスマス。緑のツリーに色とりどりの電飾、食卓に並ぶごちそうと赤いくつした、そしてリボンのかかったプレゼント。まだ私が小さかった頃、クリスマスは私にとって特別な日でした。
12月に入ると、まず押入れの中にある1つの大きなダンボール箱を引っ張り出しました。その中には、組立式のクリスマスツリーの部品が無造作にいくつも詰め込まれていて、私はその箱を開ける瞬間がとても好きでした。独特のにおいがするのです。そのにおいは、クリスマスの始まりを私に知らせてくれました。オーナメントを飾り、てっぺんに星を飾れば、クリスマスツリーの出来上がりです。仕上げには、電飾のスイッチを入れました。7色の電飾がチカチカと変わりばんこに光り、それはそれはキレイでした。
クリスマス当日は、食卓がいつもより華やかになりました。普段はシンプルなテーブルですが、向きが変えられ、赤と緑のテーブルクロスが敷かれて、よそいきな雰囲気になるのです。そしていつもなら、1人ずつお皿に盛られている料理も、この日に限っては違いました。大皿に盛られ、そこから取り分けて食べるのです。そんなスペシャル感がたまりませんでした。ごはんを食べ終わった後は、デコレーションされた苺のケーキが登場。口いっぱいにほおばった写真が今でも残っています。
そして何より楽しみにしていたのは、サンタさんでした。クリスマスイブの夜、赤いくつしたを枕元に置いて寝るのです。するとクリスマスの日の朝、目を覚ますと金色のリボンがかかったプレゼントがひとつ、そっと置かれていました。朝からテンションは最高潮。リボンのほどき、包装紙を勢いよく開けるとプレゼントが顔を出しました。もちろん私はにんまり顔。そのまま弟の部屋に突入します。まだ寝ている弟に向かって「サンタさん来たで!」と叩き起こしていたような…。そうやって毎年楽しみにしていたサンタさんも、気づいたら来なくなっていました。毎年飾っていたツリーも古くなったといって、何年か前に捨てられてしまいました。小さい頃のものはそうやってひとつずつなくなっていきます、いつまでも持っていることは出来ない。でも、思い出はちゃんと心に残ります。最近、こうやって小さい頃のクリスマスのことを思い出して、とても幸せな気分になりました。
男でも女でも、その日を自分が大切に思っている人と過ごしてください。みなさん、楽しいクリスマスを!
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【11月8日】
「幸せ」とは
「幸せ」とは何だろう。
最近暗いニュースが多いですね。台風23号が残した爪痕や、今も続く余震で不安な日々を送っている新潟の話題。そしてイラクで殺害された香田さんのこと。
この間、テレビで兵庫県豊岡市のとある家が映っていました。豊岡は台風23号で街ごと水没、非常に被害の大きかった地域です。その中で1階が浸水、家中泥だらけの家が映っていました。カメラを向けられて、その家の奥さんは「平凡な生活が本当に幸せやと思うわ。でもみんな元気やし、これから少しずつ頑張らなね。」と言っていたのが印象的でした。平凡な生活を維持すること、それは簡単なようで1番難しいことではないでしょうか。
最近私はあることがあって、“人が死ぬ”ということを意識するようになりました。意識すればするほど、普段の何気ない生活が、どれだけ幸せであるかということを思い知らされるのです。同時に何も知らなかった昨日が、どれだけ幸せだったのかということも。普段何気なく送っている生活は、ふとした瞬間に崩れてしまうかもしれません。だから、今こうして過ごしている1日1日がとても大切で、尊いものだと思えます。生きているということは素晴らしいことですよね。どんなに平凡な人生だって、誰かがその人を必要としているなら、生きている意味は十分にあるはずです。そして誰かに必要と感じてもらう為には、それまでの時間をどうやって使ってきたか、どうやって周りの人に対して接してきたかによるものが大きいと思うのです。自分のことを犠牲にして、周りの人の為に尽くしてきた人なら、その人がいなくなったことで周りの人は困ることになります。周りの人はその時初めて、自分達がどれだけその人に頼ってきたかを知ります。そうやって、“人が死ぬ”ということを意識することから気づくこと、そして得ることもまたあるのです。
「幸せ」はきっと何気ない日々の中にあるはずです。だからほんの些細なことでも、感謝の気持ちを忘れないでいたい。おいしいご飯が食べられたら、「ごちそうさま」と言うこと。優しくされたら、「ありがとう」と言うこと。そんな言葉をこれからもひとつずつ、私は大切に積み重ねていきたいです。
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【10月14日】
【失恋人生】その2
前回に引き続き、ヨシダが失恋から学んだことを綴る、第2話。今回は高校時代の話です。
☆片思いの目標を「付き合う」ことにしない
女子高で3年間を過ごした、高校生時代。中学生の頃のように、同じクラスの子を好きになることもなく(当たり前?)、それでも日々楽しく過ごしていました。余談ですが、女子高って楽しいですよ。みんな開放的なんです。緊張してないんです。男の子の目、気にすることないですから。何の気兼ねもないわけです。のーびのび。ただ、若い男の先生の授業は違いますけどね。どんな先生でもでも、男で若かったら絶対モテるんです。これ、本当に不思議。さてさて、本題に戻ります。そんな女子高生活を満喫しながら、大きな恋をしたのは、高校3年の夏。予備校で一緒になった、とある男子校の男の子でした。
フラれる覚悟で挑んだ告白。これが予想に反して、うまくいってしまいました。片思いをしていた状況から、いきなり彼女になるわけで…。それはそれは大きな転換でした。
片思いをしている時って、付き合っていることが奇跡のように思えます。だから街中に溢れるカップルを見ては、何でみんな付き合えるんだろうと真剣に知りたくなったりするんです。「付き合う」ことが目標になりがちな片思い。でも、「付き合う」ことを目標に置いていたら、告白がうまくいった時点で目標を達成したことになってしまいます。だから、それで満足してしまう。でも本当はこれから始まるんですよね。告白がうまくいった時点から、“用意、ドン!”です。「付き合う」ということは、夢ではなく日常のことです。普段の生活に組み込まれるものです。相手の嫌なトコロも見えるし、決して、楽しいことばかりじゃない。
私はあの頃告白がうまくいった時点で、ちょっと満足してしまったんだと思います。で、失速。小さな障害も乗り越えられませんでした。でも、うまくいかなかったからこそ、もう片思いの目標を「付き合う」ことに設定することはなくなったんです。本当の勝負は付き合ってから。そんなことがわかった高校時代でした。まぁ。告白してもされても、うまくいかなければ、何も始まらないんですけど、ね。
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【9月17日】
【失恋人生】 その1
たくさんフラれてきたなー。こんなところで暴露するのも何ですが、これまでの私の人生を一言で表すと「失恋人生」でした。でも、うまくいかなかったことから、たくさんのことを学びました。
☆あまり物をあげすぎないこと
初めて夢中で人を好きになったのは、小学5年生の頃でした。クラス替えで同じクラスになった男の子。小学生って誕生日プレゼントをあげたり、もらったり1番プレゼント交換が盛んな頃です。私は好きになると、何か物をあげたくなる性質らしく、その好きな子の誕生日にはプレゼントをあげ、バレンタインにはチョコをあげ、卒業式には…。しょっちゅう何かあげていました。ようするに貢いでいた…わけです。でも結局その男の子と両思いにはなれませんでした。
当時は別に振り向いてもらおうと思って、物をあげていたわけではありません。でも、小学生にしては、やりすぎだったかな。今でも、男の子で女の子に振り向いてもらおうと、やたらに物をあげる人がいますが、賛成出来ません。それで振り向いてもらっても、それはきっとその人を見て振り向いたのではなく、物につられてやってきただけです。それでもいいんだと思えるなら、それでもいいけれど。私は、それでは嫌なのです。そんなことを学んだ小学生時代。
☆モテる人には近づかない
1番多感な中学時代、学校で1、2を争うモテる男の子を好きになってしまいました。気になり始めたのは、ほんの些細なことで…何て惚れっぽかったんだ、私。恥。
そして告白。当然フラれるわけですが、フラれ方が悔しかったぁ。「好きです。」と言って、1秒も経たないうちに「ごめんなさい。」だって。少しは考えたらどうなんだ。そんな素振りぐらい、嘘でもいいから見せたらどうなんだ。きっと相手の男の子は、興味のカケラもなかったんでしょう。でも、フることに慣れてしまった男の子って、どうなんでしょう。
私はフラれるとしても、ひとつの気持ちをちゃんと受けとめて欲しい。だから、今でもモテそうな人には、近づかない傾向にあります。相手にされなさそうということもありますが、何だか自分の気持ちが軽視されそうでコワイのです。そんな傾向を築き上げた中学時代。
次回、高校時代へつづく
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【8月23日】
高3の夏。まだそんなに生きてないけれど、今まで生きてきた中でダントツで1番楽しかった。大学に入ってから、仲のいい友だちが出来たり、サークルにも入ったりして、毎日それなりに楽しいのです。けれど、やっぱりあの夏には勝てそうにありません。何だか違った、あの夏。ちょっと思い出したくなりました。
高3の春。真剣に受験勉強をしなければ、と予備校に通うことに。当時、女子高に通っていた私にとって、予備校の授業はとてもとても刺激的。先生は面白いし、説明がわかりやすい。それに色んな高校から色んな子が集まってきていることに、私は毎回ウキウキしてばかり。かっこいい子もたくさん。かわいい子もたくさん。まるで共学気分で楽しくてしょうがなかった春。そして不純?な受験生活はスタート。
人間観察をしながら勉強して、あっという間に夏の天王山に突入。勉強をしている傍ら、学校の友だちを介して、予備校で1人の女の子と仲良くなりました。すると、その女の子を介してまた1人、また1人と知り合いが増えていきました。どんどん、どんどん。広がるものです、人の輪って。それも速度が早―い。ちょうど学校が夏休みだったので、夏期講習で入り浸っていたせいかもしれません。そうそう。私の通っていた予備校では、自習室の机をめぐって、毎朝熾烈な競争が続いていました。自習室が開く1時間ぐらい前から、予備校前にずらーっと並ぶんです。その日、自習する机を確保するために。いい席取るために、です。今では、あの並んでいる時間が無駄だったような気もします。でもやっぱり家じゃ集中できないんで、私もしっかり並びました。並ぶ中には知り合ったばかりの子もたくさん。声を掛け合いながら、お菓子を分け合いながら。そんな毎日が積み重なって、仲良くなっていきました。あの頃、仲良くなった子たち、みんなみんな今でも大切な仲間です。辛いときは励ましあったり、嬉しいときは一緒に喜んだり、毎日がとても濃かった。そして何より人間関係が分厚かった。
色んな人と出逢えた夏。好きな人が出来た夏。がむしゃらに勉強した夏。何にでも、一生懸命ぶつかった夏。またあんな夏、送れたらいいのにな。今高校生の人にも、ココロに残る夏を送ってほしいです。まだまだ、夏は終わりません。
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【7月5日】
今日は何を着ていこう。。。起きたら、たいがい毎日悩む。
服のコーディネートって、私にとってはとても大事なことだ。なぜか。それはその日の気分を大きく左右するから。今日は決まったー!と思った日は何だか気分が明るいし、自分に自信も持てたりする。でも何を着ていいのかわからなくて、納得の行かない格好で街に出たりしたら、それはそれは大変だ。ガラス越しに見た自分がダサくてしょうがなくて、前を向いて歩くことさえ難しい。いやはや極端。
私はオシャレじゃない。だから、頑張るのかもしれない。毎日これでもない、あれでもないとベッドの上が服で埋まるぐらい考える日だってある。ある。ある。で、結局どこか1点決まらないまま出かけるパターンがとっても多い。センスのある人はいつもどんな服を着ていても、格好よく決まっている。ショップの店員さんとかね。あぁ。うらやましい。
今の時期だとTシャツ。私はなかなかオシャレに着こなせない。野暮ったくなってしまうので、今ではすっかりタンスの肥やしになっている。オフィスにはかわいく着こなしている方多数。どなたか。Tシャツのオシャレな着こなし方を教えてください。難しくないですか、Tシャツ。そう思っているのは私だけ?
さておき、今日は仕事でこれから神戸に行ってきます。ハイカラ神戸。オシャレな人わんさか注意報が発令されている模様。今日は何を着ていこう。また悩みの渦に突入です。
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【6月14日】
「ちょっとのキボウ」
この間、あるお店で服を買いました。どれがいいかなと迷っているうちに、お店の店員さんと仲良くなりメンバーズカードを作ることになったんです。
名前と住所と生年月日、そして年齢を記入。そこで店員さんが一言。
「えぇっ!20才なんですかー見えないですねぇ。25ぐらいかと思ってましたー。」おっと、きた。それも25かぁ。ジャジャーン。またレベルアップ。
そう。わたし。実年齢に見られません。本当に、今まで一度も。若く見えるならいいけれど、わたしの場合は上なので、大人っぽいってことだよと言われてもイマイチ喜べない。
小学生の頃は、よく駅員さんに止められました。「ちゃんと大人料金払いなさい。」って。確かに161センチのおおきい小学生でした。でもね、同じ駅員さんに2回も止められたことも。いやいや、この前止めたでしょ。以来、中学生の時は高校生に間違われ、高校生の時は街中で「20才以上の方にオススメしています。」そう、勧誘されたっけ。そして今では25才…。今までプラス3ぐらいで留まっていたのに。とうとうプラス5になっちゃた。
でも、よく言います。老け顔の人はある一定の年になったら、それ以上年は取らなくなるって。だからわたしの時代は25からやってくる、今はそう信じているんです。こりゃイタイ子だ、なんて思わないでくださいね。25になって30に見られたらどうしよう…そんな雑念は飛んでいけっ!ちょっと25になるのが楽しみです。あと、もうちょっと。もうちょっと☆
ある日、会社のNさんと一緒に仕事をした日のこと。色々話し込んでいるうちに、Nさんがぽつり。「えっ。よしださん、20才?」そうです、わたしハタチです。結構ビックリしていた、Nさん。本当は何才に見えましたか。是非とも、今度教えてください★
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【4月26日】
はじめまして。こんにちは。
ずっとこの1分コラムを狙っていたわたし。いよいよ参加させてもらいます。ヤッタ☆
突然ですが、あなたの好きな食べ物は何ですか?
わたし、この質問にいつも迷わされてきました。ちいさい頃はかわいく、ハンバーグって言ってみたり。小学生の頃はませて、お寿司なんて言ってみたり。高校生の時はなぜか、トマトって言ったりして。統一性がない。そこでわたしは何が1番好きなのか。考えてみることにしたわけです。
わたし、朝はいつも決まってパンを食べます。パン、好きです。でも1番じゃない。お昼、あまり決まってないけれど朝にパンを食べるので、やっぱりコメが食べたくなります。パンとコメ…。…コメの勝ち。パンさん、ごめんなさい。晩、だいたいお母さんの作った家庭料理を食べます。コメと母…。……母勝利。コメも必要なんですけどね。
そう。だから。結局わたしの好きな食べ物は、「お母さんが作った料理」。いくら外でおいしいものと出逢っても、毎日は食べ続けられません。お母さんがちゃんとバランスを考えて作ってくれる、一汁三菜の晩ごはん。これを食べることがわたしにとって、小さな楽しみになっています。だからやっぱり、なるべく晩ごはんは家で食べたい。人間の生活の基盤である、衣食住。好きな洋服を着て、おいしいご飯が食べられて、夜寝る場所がある。ごく当たり前のことだけど、実はとっても幸せなことじゃないですか。
でもこんな歳にもなって、好きな食べ物が「お母さんの作った料理」だなんて笑われちゃうかな。。。
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吉田 智尋 |
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【4月26日】
はじめまして。こんにちは。
ずっとこの1分コラムを狙っていたわたし。いよいよ参加させてもらいます。ヤッタ☆
突然ですが、あなたの好きな食べ物は何ですか?
わたし、この質問にいつも迷わされてきました。ちいさい頃はかわいく、ハンバーグって言ってみたり。小学生の頃はませて、お寿司なんて言ってみたり。高校生の時はなぜか、トマトって言ったりして。統一性がない。そこでわたしは何が1番好きなのか。考えてみることにしたわけです。
わたし、朝はいつも決まってパンを食べます。パン、好きです。でも1番じゃない。お昼、あまり決まってないけれど朝にパンを食べるので、やっぱりコメが食べたくなります。パンとコメ…。…コメの勝ち。パンさん、ごめんなさい。晩、だいたいお母さんの作った家庭料理を食べます。コメと母…。……母勝利。コメも必要なんですけどね。
そう。だから。結局わたしの好きな食べ物は、「お母さんが作った料理」。いくら外でおいしいものと出逢っても、毎日は食べ続けられません。お母さんがちゃんとバランスを考えて作ってくれる、一汁三菜の晩ごはん。これを食べることがわたしにとって、小さな楽しみになっています。だからやっぱり、なるべく晩ごはんは家で食べたい。人間の生活の基盤である、衣食住。好きな洋服を着て、おいしいご飯が食べられて、夜寝る場所がある。ごく当たり前のことだけど、実はとっても幸せなことじゃないですか。
でもこんな歳にもなって、好きな食べ物が「お母さんの作った料理」だなんて笑われちゃうかな。。。
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