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 藤田 功博
(おのぞみドットコム
  編集長)
【5月27日】

店主ご挨拶

このサイトを運営しているのは、「のぞみ」という会社です。2002年に京都の大学生グループで立ち上げたこの会社が、5月21日付けで株式会社になりました。

僕らはひとつの企業体として世の中に存在する以上、新しい価値を提供し、お客さんに喜んでもらえなければ、その存在の意味がありません。

資本のない僕らには、頭を使って工夫し、考えることでしか商売を続けることはできません。アイデアを喜んでもらうことが、企業活動を続けるただ1つの方法です。このサイトも、そうした取り組みのひとつです。

ゼロから何かを生み出す力。
何かと何かを組み合わせる力。
企画力と実現までのスピードこそが、のぞみの生命線です。

現実を見据え、あちこちに見つかる課題をアイデアによって解決していけるような、そんな仕事ができればいいなと思います。

株式会社化にともなって、現在当社では新規スタッフを募集しています。ベンチャー企業の仕事・意志決定のスピードを体感しながら、スキルアップを目指す方を歓迎します。自分で決めたことを自分でこなしていくのはとても勇気がいるし、しんどいことでもありますが、引き換えに大きなやりがいを手にすることができます。

現在募集中の職種以外でも、常に面白い人との出会いを楽しみにしていますので、ぜひご応募ください。ベンチャーの雰囲気を知ってみたいという大学生も歓迎します。

また、週明けには時間をかけて開発した新しいコンテンツが登場し、6月に入ると姉妹サイトもオープンします。どちらもお楽しみにお待ちください。

今後とも、おのぞみドットコムをよろしくお願いいたします。



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 奥 茉莉子
【4月27日】

お題:ありがたくいただく

写真の文字、何と読むかわかりますか?(もちろんイタズラで書いたものではありません)

「気は長く、心は丸く、腹をたてず、人を大きく、自分は小さく」まさに“読んで字のごとし”の禅のお言葉です。

「ほら、ここで宮本武蔵はんが剣道の極意を、当時の住職に教わったんですわ」と、テキパキと境内を案内していくお坊さん。

先週末、はるばる九州からやってきた両親を[大徳寺 大仙院]へ連れて訪れた時の事です。水が生まれ、地を流れて、海へとつながっていくというストーリーを見事に表した枯山水の庭園の素晴らしさはさておき、「1つは覚えて帰って下さいね」と、住職に念を押された禅のお言葉にハッとさせられました。

よく読み返してみれば、至極あたりまえの事のようにも思えるけれど、改めて言われるとその言葉の重みが分かるものです。「気は長く、心は丸く、腹をたてず、人を大きく、自分は小さく」人が本来あるべき性質をうまく表しています。

とても身近で、普段の生活のあらゆる場面にあてはまる言葉ゆえに、禅言葉のおもしろさは「自分で考え、解釈すること」にあるのだと思います。

こういう時代だからこそ、ゆっくりと考え、味わう言葉の存在はありがたいものです。

皆さんもありがたい言葉をいただきに、禅寺へどうぞ。

[大徳寺 大仙院]
[大徳寺 大仙院]は、臨済宗大徳寺の塔頭の1つで豪快な枯山水があることで有名。中でも方丈は永正10年(1513)の建物で国宝とされています。
京都市北区紫野大徳寺町54-1
075-491-8346
9:00〜17:00
市バス「大徳寺前」下車すぐ
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 空増 はるか
【5月31日】

こんにちは。最近足の裏が妙に硬くってなんだか情けない空増です。軽石でこすればいいのかな?情けない、という話で一つ思い出したのですが、先日東京に夜行バスで行ってきました。まさに「夜行軍」の名にふさわしいわ、なんてやっぱり言ってたわけです。アホですね。

京都駅発、東京行きの夜行バスは、そんな私やら若者やら出張帰りの少しくたびれたサラリーマンを乗せ、夜の京都を脱しました。大変デリケートな私は一睡もできないまま(これをデリケートと呼ばずになんと呼ぶ)朝の6時に東京駅前に降り立ちました。すがすがしい太陽光に、午前中にある厄介ながらも避けては通れぬ試験のことも浄化されていくようでした。そしてその時一つのことに気がつきました。携帯電話がカバンの内ポケットにない。そんなことはないわ、とカバンの中をまさぐり、ポケットの中をまさぐり、己の体中をまさぐるものの、青色の「J-PHONE」は出てこない。私史上最大のうっかり。それこそ「やってもうた」です。先ほどまで乗車していた夜行バスにこともあろうか、携帯電話を忘れてきてしまったのです。「ああ、アホな」。

どないしょ、どないしょー。とは言うものの、私にはやらねばならぬミッションがあり、携帯電話は今すぐに必要というわけではない。というわけで、実家に電話して(予断ですが、私が覚えていた電話番号は自分のものと実家となぜか[のぞみ]の番号だけでした。)おきぬけの母親に事の成り行きを説明して、兵庫ー東京の携帯電話大捜査網は引かれたわけです。

結局、翌日の京都駅の夜行バス乗り場にて携帯電話の捕獲に成功したのですが今回思い知りました。電話料金の高いことなんの。1分10円くらいかと思ってた私があまかった。100円玉何枚消費したことでしょう。大事なところできれてしまう小銭に、腹が立ちついつい「なんじゃいな」と横浜で叫んでしまうほどでした。携帯電話が普及してまだほんの数年です。でも、それまではどうやって待ち合わせをしていたのか、私は忘れていました。

「昔の人はのんびりしとったんやな」としみじみ感じ入るしだいです。そしてポケベルを妙に懐かしく思い、コードレスもない家電のコードをひっぱりまくって家の階段で電話をかけていた日々を思い出しました。あ、なんか青春ドラマ再放送みたい!

というわけで、そんなこと実感したくない、という方は努々忘れ物、 落し物にはご注意アレ!!

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 山本 有希子
【6月2日】

スポーツ小話C 変わらなきゃ。

題名からわかるように
そう、いま気分はイチロー。(解った人エライ)

1995年、日産のCMでイチローが言っておったのですよ。「変わらなきゃ」って。

このコラムを書くにあたって初めてコレが10年前のキャッチコピーだったことに気がついたのですが、何故だかずっと頭の中に残っていて10年間イチローを見るたびにこの「変わらなきゃ」という言葉を思い出していたのです。もちろんこのコピーを考えたのはイチローではない(と思う)。しかしこの言葉は彼の永遠のテーマではないかと思うくらいマッチしているではありませんか。

プロ野球で1994年から2000年の間、連続首位打者記録を更新し続けていったとき、この人はどんどん変わってゆくなぁ〜と思っていたら、あれよあれよという間に7年連続。で、メジャー移籍。そして1年目で首位打者、最多安打、盗塁王という3つの主要タイトルを獲得して新人王。ほんと待ったなしの「変わらなきゃ」。

彼の「変わらなきゃ」はとどまることなく、2004年10月2日、ジョージ・シスラーの257安打の記録を破り、262安打でシーズン安打数新記録樹立したのであった。そしてイチローの「変わらなきゃ」はまだまだ続く…。

と、いう具合に、野球という場は変わらないけれど、その中で自分の技術や気持ちなど、計り知れない程のいろんなものを変えていきながら、イチローはここまでやってきたんやろうなぁと思います。

私の周りにも最近「変わらなきゃ」を(おそらく)実行した(のであろう)人がたくさんいます。教師を辞めて企業に就職した人、仕事の拠点を関西から関東へ移した人、思いきって転職した人、留学した人などなど。そしてなんと。編集長のコラムにもあったように「おのぞみドットコム」も変わっていくようです!

「変わることは進化か」ということについてはいろいろ意見があるかもしれませんが、私はどんな変化でも進化に繋げようという気持ちがあれば必ず繋がるもんじゃないかなと思っています。

特に最近、そんなふうにして変わってゆく人やモノに刺激を受けながら、私は「あー変わらなきゃ」と日々思っておるのです。そしてそう思いながら暮らしていくのはなかなか楽しいものです。

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 上田 多真江
【6月3日】

「引越しが嬉しい理由」

いきなりだけど、慣れ親しんだ四条烏丸を離れて烏丸御池へやって来た我々の楽しみは、やはりランチにある。以前はなにかといえばすき家やすき家。それからすき家!が常だったわけだけれど、今は違う。なか卯にマクド。いきいきうどんまであるのだ。うきうき。

と、いうのはジャンキーだと自ら宣言している烏帽子さんの心の声ですから。

私の楽しみといえば、ランチである。自転車で直進すれば四条から御池なんていうのは、5分もかからない距離である。ところが、ここのところCOCONとかヴィトンとかできた烏丸界隈は、クルクル足回転のはやい背広族とヒール族だけではない。御池までたどり着くのに既に5分は使ってしまうのだ。DAKARAランチは五条の方へ下ったり東のほうへ走ったり、私は偏ったランチ域でめぐっていたのである。

しかし、ここは烏丸御池。カラスマオイケ。もう邪魔者はいない。私は後ろを振り返らない。御所へだってスーイスイ。はやくも、昨日からうきうき通りを行ったり来たりしている。

噛めば噛むほどおいしいパンがたくさんある[flip up!]が近い。そしてデザートまでついている中華ランチが食べられる[青葉]が近い。ランチ帰りにフラリと[一保堂 嘉木]に寄れるのもいい。650円でかなりボリュームある洋食が食べられる[クルート]はついにヘビーローテーションになるのか。

そうか。となると、出町柳まで最高記録の15分がついに5分短縮か。柳月堂やキュイドールにも行きやすくなったということか。北山にだって行きたいときにいけるというのか。まぁ、なんと嬉しい事態なのか。あれ。ひょっとしたら、お昼休みに金閣寺までいけるんじゃないか!?  コラッキー!

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 木下 昌輝
【5月9日】

前回のコラム

そんなフリーランスの鏡のような男であるが、ひとつだけ私たちが真似をしてはいけない部分がある。それが、彼が決して他者と握手をしないことだ。何度も彼に仕事を発注するクライアントでさえ、彼と握手をしたことはない。もちろん、ささいな欠点だが、それ以外の部分が完全無欠であるだけに、余計に気にかかるのだ。

で彼が誰かというと、もうわかったとは人も多いとは思うけど、漫画家さいとうたかお氏の代表作『ゴルゴ13』の主人公ゴルゴ13だ。

彼は、臆病とも思えるぐらい万全の準備をして挑む。必ず待ち合わせ場所に相手より、早く現れる。それは万が一、依頼が敵の謀略だった場合のことを考えてのことだ。そして、相手が自分の敵でないとわかっても、決して利き腕をあずける握手はしない。これも万が一敵からの攻撃があった場合、素早く反応するための用心だ。

だから、クライアントがゴルゴ13に暗殺を依頼する場合、必ずこんなやり取りがある。

「君の噂はかねがね聞いているよ」
と言って、右手を差し出すクライアント(たいてい政府高官、時にはアメリカの大統領の場合も)。 けれど、ゴルゴ13は、
「……」
と言う噴出しだけでノーリアクション。ポケットの中の左手と葉巻を持った右手を決して動かさない。 すると、それを見たクライアントが、
「おお、そうだった。君は他人に利き腕をあずける習慣がないということを忘れていたよ」
と言って、急いで右手を引っ込める。

こんなやり取りが必ず、依頼があるたびにある。(ていうか、みな知ってるのに必ず握手を求めようとするとこがこの漫画のちょっとおかしな部分) このように、他人に絶対心を許さないゴルゴ13、一体彼は誰とどんなシチュエーションで握手したのだろうか?

長いので次回に続く、どんなシチュエーションかわかりましたか?


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 三股 友香
【5月10日】

京都クレヨン 全12色
:: 4本目 ::萌黄色クレヨン ::


さてさて、京都を賑わわせた桜のシーズンも過ぎ、新緑の季節がやってきました。今月は「萌黄色」からです。 このコラムを書くにあたって、「日本の緑」を調べていたのですが、随分とたくさんの種類があるもので。赤・青・黄の基本の三原色にも入らない色なのに、微妙な色合いごとに細やかに分けられて、名前がつけられていました。

萌黄色と同じような明るい緑でも、まだ寒さの残る頃に食べられる菜類の「若菜色」、春になって一斉に芽吹く草の「若草色」、植えられたばかりの苗の色を指す「若苗色」などなど、様々です。もっとくっきりした「青竹色」や「松葉色」といった力強い緑があるかと思えば、逆にちょっとアンニュイな「青朽葉(あおくちば)」「老竹色(おいたけいろ)」なんてのもあります。

今だったら、微妙な色合いや濃さはさておき、「薄い緑」とか「濃い緑」で済ましてしまうところですが、昔の人は緑の変化だけで季節の移ろいや植物の年齢を表していたのですから、小さいことに随分と敏感だったのだなぁと思ってしまいます。でも砂漠や寒冷地帯ならいざしらず、緑に恵まれた日本なら、昔から赤や青以上に緑は身近な色だったはずで。染料の元にしても身近にたくさんあるわけですから、「緑」に対して細かいこだわりが生まれてくるのも当然と言えるかもしれません。これから秋まではずっと緑の季節だなぁとまとめてしまわずに、5月の緑、6月の緑、7月の緑…を全部別物として見ていったら、季節の見え方も変わってきておもしろいんじゃないでしょうか。4月のお花見に続けて、一月ごとに行事にしたりして。

ちなみに心理学的には、緑自体、気持ちを落ち着かせたりする安らぎの効果があるそうです。インテリアの分野で「アイレスト・グリーン」と言われるように、パソコンの隣にちょいと緑というのも悪くないですよね。生命力全開でギラギラした真夏の緑とも違って、5月の萌黄色には、同じ緑でも、春の柔らかさの名残があります。ながい連休が明けて五月病の声も聞こえてきそうな時期ですが、新緑浴にでも行ってみれば、また違った気分になれるかもしれません。

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 松村 貴樹
【5月11日】

やっぱり鈴木は強かった

この間、古本屋で「柔道部物語の3,4,5巻を探しているんですが」と店員に聞くと「えっ、柔道、何ですか?」と半笑いで聞き返された。まぁ、相手にとっては何やねんそれレベルのものだったのだろう。これを一般的な柔道の人気に結びつけるのはかなり強引な話だが、あながち間違いとも言い難い気もする。

そんな柔道だが、ゴールデンウィークの4月29日に日本武道館で全日本選手権が行われた。結果は金メダリストの鈴木桂治が優勝し幕を閉じたわけだが、井上康生が怪我で参加していないにもかかわらず、かなり見どころが多い大会だった。

全日本選手権は、オープン大会ではないので文字通り選りすぐりの精鋭たちのみで行われる大会。といっても100キロ級、100キロ超級の選手たちがやはり有力。期待されている棟田にしても高井にしても攻めの姿勢を存分に見せこの先に繋がる面白さというものを残してくれていた。

準決勝での鈴木の内股は、もう「これぞ安定」と思わず叫んでしまうくらいに余裕の1本。これが見られるから柔道観戦は止められない。そして、海外のどうしようもない審判たちに見せてやりたい。これが1本なのだと。(決まる瞬間だけをダイジェストで見れます。)

とまぁ、試合の内容はこんな具合だったのだが、思わず笑ってしまったのがアナウンサーと解説の人のちょっとしたコメント。打撃がない柔道の試合だが、組み手争いの時に手が顔に当たって鼻血が出たりということが、たまに起こる。そんな時は、当たり前だが試合が中断しティッシュで止血する。野球中継なら こんな時、前の打席などの話をして楽しませてくれるのだが、この日は、こともあろうにアナウンサーと上村春樹先生は、「血が出ているようですね」「ティッシュで止めるんでしょうねぇ」などと、見たままの発言をかましてくれた。

柔道選手の試合後のインタビューを聞いていても分かる様に、真面目すぎるのだ。融通の利かない体質が、こういう時には裏目に出る。知っていれば、これはこれで面白いんだけど…、これじゃあ子供たちが楽しんで見れる様になるのは当分先の話なんだろうなぁ。

天の邪鬼的かも知れないが、個人的にはこのままの面白さを残して欲しい気もするんだけれど…。




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 永田 希
【5月21日】

さて、春です。東京は今日は雨です。腰が痛いです。関節に負い目のある人は雨が降るとちょっとくじけそうな気持ちになりますね。ちょっとくじけそうなとき、読者のあなたはどう対処しますか。人それぞれの対処法があると思うんですよ。それぞれの対処法で、その人の人柄とかがわかったりしますね。自分がくじけそうなときに他人の人柄なんか全然気にならないと思うんですが。だから僕の対処法は書きません。書くと品性を疑われるかも知れないし。というか、自分がくじけそうなときにこそ、自分の品性なんか問題にならないくらいくだらないことをやってみるのがきっと良案なんでしょうね。まあそういう客観的な分析もこの際どうでもいいです。

春になると気分が昂ぶり、その分、雨が降ったりして落ち込むことがあります。こういうときに頑張ってなんかクリエイティブなことをやると、痛みのわかる、優しい作品ができあがったりするのかも知れません。だから僕も頑張ってできるだけクリエイティブな文章を書こうと努力してみたいと思います。あー、でも、クリエイティブって、なんなんですかね。創造的。あー、あほらしい。

創造性かあ。字面はかっこいいし、「君は創造的だね!」とか言われたらちょっと嬉しい(言ったヤツに対して、何を偉そうに、バカじゃねえの、とは思いますが)ですが、書く前から創造的とは何か、とか考えてもどうしようもないですね。いや、冷静に考えれば別段ほんとうにどうしようもないとも言い切れないのですが。ていうかなんかなんでも言い切るひとは胡散臭いですね。かといってなんでもかんでも言い切らないでクサクサしてるひとも胡散臭い。ときと場合によって言い切るところは言い切って、迷うところは迷う。それが正しい気がしますが、そんな風に無難にまとめるのも良識人ぶっていて嫌です。

たぶんね、そういう胡散臭さを感じさせないような、一発で聴いた人や読んだ人が納得するような何かを生み出せたら、それが創造的ってことなんじゃないですかね。正しさや無難さよりも、話し相手や読み手を納得させるような表現や魅力が大事なんじゃないかと。まあ、そういう大事さは確かにある程度は大事ではあるんですが、しかしね、そういうときはたいてい既に了解されているような常識とかをちょっとひねっただけのものが歓迎されるんです。その結果、少数派の意見は黙殺されたり迫害されたりする。いまの時代のいいところは、少数派は少数派で群れることが出来て、黙殺されたり迫害されたりしても、お互いを励ましたり、多数派ぶってるひとたちに向かって毅然と立ち向かうことができるってところなんですが、そういう連帯もできないような孤立無縁な気持ちのとき、いったい何を頼りにしたらいいんでしょうか。

そんなとき、そんな絶望だけを支えにすることも言い訳に思えるとき、あなたはどうやって乗り切りますか。それともそんなときはありませんか。対処法はお尋ねしません。僕の対処法も書きません。でもいつかどこかで出会えたら、お互い生き延びたことを祝福しあいたいと思います。そのときの笑顔を思い浮かべながら僕は今夜は寝ます。おやすみなさい。

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 片瀬 亜貴子
【4月8日】

わだち

春です。別れと出会いの季節です。今回は「サッちゃん」(前回参照)の話を交えながら、出会いや別れや再会について思い出したことをつらつらと綴ります。

さて、サッちゃん(男・韓国人)と私は2年前に日韓青年交流ツアーという旅で出会った。その旅は韓国の名所を1日に何ヶ所もまわるタイトなスケジュールで、自由時間がほとんどなかった。基本は班別行動だし、まさしく修学旅行のような感じ。就寝タイムに活性化するというところもまさしく。大人の我々は、まくら投げの代わりに毎夜酒盛りドンチャン騒ぎであった。宿に着いてからが青年交流の本番である。それはそれは楽しかった。こういう場ではなぜかせんだみつおゲームや牛タンゲーム系統が重宝する。国境を越えても。何ででしょうね。毎夜飽かず盛り上がった。 おつまみはいつもコンビニのおやつだったけれど、1度だけ宅配ピザを頼んだ。毎食ヘルシーでバランスのよいごはんだった反動か、アブラギッシュ大歓迎。皆大喜びでピザと骨付きチキンにかぶりついた。それはそれは旨かった。最終日の夜は外出許可が出たので繁華街へと繰り出した。移動はタクシー。「異国のタクシー」というシチュエーションに酔った。バーでビールをたくさん飲み、チヂミやナムルを食べ、シメにケーキを食べた。明日でお別れやなとか言いながら、住所やメールアドレスを交換し、再会を約束した。

そのわずか2ヵ月後、サッちゃんが日本に遊びに来た。交流ツアーで知り合った日本人友達を頼りに、東京〜名古屋〜京都〜大阪〜福岡と、贅沢な5都市横断を敢行した。ちなみに私は大阪担当でした。「韓国にはない」というカレーパンを食べさせ、お好み焼と焼きソバをごちそうした。店を出ると、音楽好きのサッちゃんは、路上ライブに目が釘づけになり、なかなかその場を離れようとしなかった。アングルを変えながら何度も写真を撮っていた。そして新幹線に遅れそうになりながら次なる目的地・福岡へと旅立っていった。笑顔で別れた。その後、サッちゃんから自家製キムチが届いた。片瀬家で美味しくいただいた。

そして先日、サッちゃんの5都市横断で東京を担当した友達から「今度は韓国で再会しよう」と旅行の案が持ち上がった。それがちょうど前回コラムを書いた時あたり。私は残念ながら行けなかったけれど、友達はサッちゃんや他のメンバーとも再会できたようで、たっぷりと楽しんできたもよう。

友達からの報告によると、サッちゃんはこの2年間、兵役でみっちり訓練浸けだったらしく、「お腹ムキムキになったヨー」と誇らしげだったらしい。最近連絡が途絶えているので、メールしようと思っている。前から言いたかったことをついに言おうと考えている。サッちゃんに、日本には「さっちゃん」という有名な童謡があることを。初めて会った時から言いたかったのだが、詩の内容を説明するのが面倒になって、言いかけて止めてしまうことが何度もあったので。きっと物凄く食いついてくると思う。
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 三浦 裕一朗
【5月13日】

タクシー111

出発時刻は21時33分。

目指すは再び宮城県である。黄金の休日は、多くのひとのそれのように、僕もまたふるさとを目指す。それは少なくとも「のんびりする」ということを目途にしており、だから僕は「のんびりと」荷造りに励んでいたわけだ。そんな「のんびり」もタイミングを間違うと、突然スピードの速さを要求されることがある。

例えば今が21時8分だったら、どうだろう。

夜行バスは京都駅発である。ここ北山駅からはおよそ20分かかる。地下鉄を降りてバス乗り場まで行く時間を考えても、ギリギリである。「走れば間に合う」感じだ。

しかし今、目の前で21時8分発の電車にギリギリで乗り遅れたら、いったいどうすればいいのだろうか。

電車のダイヤはこんなとき、とても残酷に見える。次の発車は18分。これはちょっと間に合わない。しかもこのホームで10分間、何を考えて待てばいいというのか。状況は、もっとも冷汗の似合う感じになっている。取りあえず残された選択肢はタクシーしかない。ついさっき通ったばかりの改札を抜けて、急いで階段を上る。こんなとき、前方の人の歩みはとてもスローに見えるものだ。

只今、21時11分。

財布の中には頼りない三千円。タクシー代を僕は払えるかどうかわからない。ここでも再び、ギリギリなのだ。取りあえずタクシーに乗ると、女の運転手だ。この人だって今までちょっとは「のんびり」していたはずで、僕がこの今の状況を話せば、この人もまた「急がねばならぬ人」として僕の相方になってしまう。少し心苦しいが、とにかく、「急いでいること」をこの人と共有することで、僕は少しの安堵感を手に入れよう。これは責任点火ではなくて、責任分割だ。

状況を告げると、「ああ、どうかなあ」の次には「とにかく間に合わせるよ」と、戦闘モードへ突入した運転手は、安全運転をしないことを暗黙に告げたようだ。彼女の武器はクラクションとハンドルとアクセルとブレーキ、そしてこれまで築き上げた土地勘、さらにポジティブ思考である。

街は相変わらず「のんびり」している。初心者マークの車の多さがゴールデンウィークの証だ。急ぐことに不利の条件がこの日ばかりはすべてそろっているように思えてくる。そんな「のんびり」とした街にはクラクションの攻撃がなされることになる。

運転手はプロである。心臓の高鳴りを和らげるのは、運転手の場違いにも思える「たわいもない会話」であり、「空々しい高笑い」であり、根拠のない楽観的な思想だ。タイムリミットまであと5分。時計を気にする僕のそばで、彼女の口からはあいかわらず世間話である。僕はこの人を尊敬できる。やっと見えてきた京都タワーが、僕の安心を促した訳ではない。

「すいません」を連呼する僕に、「こういうの、順番だからね」と言う。運転手にとっては「お金と引き換えにやっている」ことで、「このぐら いの奉仕は当然の行為」だと言うのだ。そして、まだ着いていないにもかかわらず、「二千円でいいよ」と言い、僕が二千円を渡せば、なぜかおつりが返ってくる。

「コーヒー代ね」

この200円は無条件に人のぬくもりというものを含んでいる。運転手は言う、「今度はお兄ちゃんが誰かに何かしてあげなさい」と。

タクシーは21時33分ちょうど、バス乗り場に到着し、少し遅れて夜行バスが到着した。その間、コーヒーを買う余裕があった。

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 吉田 智尋
【5月16日】

たいせつにしたいもの3
「The Blue Day Book」


誰にでも落ち込む日がある。

高3の冬、勉強に行き詰ったとき。大学に入って目標を失いかけたとき。仕事でくじけそうになったとき。

いつもポンと背中を押してくれた本がある。どうしようもないくらいに暗くなり、落ちたらその度に開け、声を出して繰り返し文を読んだ。

1ページに一言と、それに合わせた絶妙な動物の写真。特にココロに響くのがここのフレーズ

まず悩み事に真正面から立ち向かうこと。逃げまわるのはもうやめることだ。

(中略)

怖がらずに自分の限界に挑戦することだ。少々の危険にたじろぐな。ひるまずチャレンジしてみよう。


買ったのは高2か高3だった。あれから何度声に出して読み、自分の心に言い聞かせただろうか。

「自分で自分自身を乗り越えること」は想像以上に難しい。昔解けなかった数学の問題は、今でも解けない。逃げたような気になっているだけで、逃げ切れてはいない。置きっぱなしになっているだけで、問題は今でもそこにある。

「つまずくところはいつも一緒」と教えてくれた人がいる。逃げて別の道に進んでも、結局同じ壁にぶつかることになるということだ。

壁を乗り越えるためには、正面からぶつかるしかない。それはとても辛かったり根気のいることだったりするけれど、そばに1冊の本や信頼できる人がいるだけで随分と心強くなれる気がする。私は強くなりたい。

5月病にはご注意を。

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 辻 将志
【5月17日】


『のぞみ
 うどん食べに
 四国まで
 行って来ました。』








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 廣田 彩香
【5月18日】

蓋を開ければシネマな日
『海を飛ぶ夢』


スペインの俊英、アレハンドロ・アメナーバル監督が、全身不随で「死ぬことも権利」と“尊厳死”を求め法廷闘争を起したラモン・サンペドロの半生を映画化した『海を飛ぶ夢』。監督自身33歳という若さと過去作『オープン・ユア・アイズ』『アザーズ』でならせたように、この重いテーマを表面では軽く描いている。なかでも、邦題に繋がる主人公ラモンが闘病部屋から助走を付けて飛翔するシーンは、ファンタジックで清々しかった。この映画で涙する人は「生きること」を見直した人だろう。かくいう私も、観た当時は隣の人・前の人と何ら味の変わらぬ涙だったと思う。

主人公は自殺が出来ない。誰かの手を借りなければ死ねない。ともすれば、彼の願いの達成には周りの人間を殺人者にしなければならない。「あなたに救われた」と近づいてきた女性が「恩返しに、なんでも言うことを聞いてあげる」と言えば、彼は「なら殺してくれ」と返す。「そう意味じゃないの」と言って愛を与えようも、彼が一番自分を愛してくれてる女だと思い描くのは“殺してくれる女”でしかない。やがて女は愛の証明に乗り出す…が、この女の深さは今の私には分からなかったので、もう少しこの女にスポットを当てて欲しかったように思いもしたが、そうしてしまうと商業的ラブドラマになってしまう。観客の欲求を満たすものが良作ではないワケで、満たされたかったら全ての動作に説明のある『冬ソナ』とかを観れば良い。

この映画を観てから2ヶ月あまり立つが、ほんの1週間前から“痛い映画”と成り変わった。尊厳死が何故悪い? という疑問が身近になった…と言いたいが、そんな綺麗なモノじゃなく、自分の汚さを思い知ってしまったからだったりする。

1週間前から身体が自在に機能出来なくなった祖母と一緒に暮らしている。それまでは一人で暮らす家か病院に居て、父母が世話をしていた。薬の副作用から痴呆が出た祖母から「アンタ誰」と発せられるのが怖くてもう何年も会わずにいた。そんな薄情者は、軽薄にもなお“逃げたい”と思っている。下の世話を拒否するのは明らかに汚れモノという意識があるからで、ご飯を食べさす最中はその後の行為に気が滅入る。父が赤ちゃん言葉になるのも、ご飯時にファンタを注いであげていることも、些細な事すべてが逃げの足踏みとなる。

ある日、お腹が痛いというのでトイレに座らせたとき、力むチカラも無い祖母は「お腹を殺したい」と言った。その時、恐ろしいことに私は「殺」だけをピックアップし、死も幸せなのかなと考えてしまった。これは“苦しみからの解放”というクサクサしい言い訳を置いた、脳裏の中の殺人行為にほかならない。

もちろん祖母は死を望んでいない。だから尊厳死は身近ではない。しかし、尊厳死が殺人でないかと問われると、1週間前の考えとは明らかに変わっている。主人公が居なくなれば、残された者の経済面や生活は楽になるが、その決断をエゴだとは思って欲しくない。残された者には殺人というものを背負うことになるのだから、味わったことのない第3者には何も言う権利はない。

よって、死をちらつかせる『海を飛ぶ夢』はかなり観たくない映画である。


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 岸本 亮
【5月19日】

建築なるウンチク/第6回「サヴォア邸」

先日、日本建築界の巨匠・丹下健三氏が亡くなられましたが、世界の建築3大巨匠といえば、ル・コルビュジェ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエなわけですが、今回はコルビュジェの傑作からひとつご紹介したいと思います。

それは、パリ郊外にある「サヴォア邸」という個人住宅です。この建物には、コルビュジェが提唱した近代建築5原則というものが見事に織り込まれています。その5原則とは、ピロティ、屋上庭園、自由な平面構成、水平連続窓、自由なファサードなのですが、一見ファサードはいたってシンプルで、真っ白な四角い箱のようです。しかし中に入るとそれはそれは複雑な構造になっています。螺旋階段があったり、スロープがあったり、とてつもなく細い廊下もあったりします。さらには1階にある柱が2階にはなかったりと、日本では地震が怖くて考えられないような構造が多々見られます。

私はヨーロッパをはじめて旅したときに、ここを訪れました。最寄り駅から確か30分ほど歩き、目の前にこの建物が見えた時はそれはもう感動で鳥肌が立ち、震えがきたくらいです。次は中を見学している時に、勝手にバスルームの浴槽に土足で入ったものですから、係員から酷く叱られ、怖くて震えてしまいました。全く分からない言葉でまくし立てられると、恐怖は倍増するものです。そして帰り道。道端に見つけた小さなパン屋さんで買ったサンドイッチは、今まで食べた中でも最高の味でした。パンの味に満足していたところに、今度は帰り道が分からなくなって、迷子状態。やっとの思いで駆け込んだ交番のポリスマンは一切英語を話さず、適当にあしらわれ、半べそ状態。フラフラと辺りを徘徊している時に、親切なおじいさんが丁寧に英語で道を教えてくれ、やっとのことで帰路に。

と少し回想してみたわけですが、素晴らしい建築を見たときは、そこに行くまでの過程、そこから帰る過程までもをしっかりと覚えているもんなんですね。あ〜またこんな旅がしたい。



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染田 リサ  染田 リサ
  【4月18日】

「星の王子さま」

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おそまきながら一分コラムにデビューしてしまいました。急に難しいことも書けないし何気なくつづっている日々の文章から一節をひろいました。
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あんたが、あんたのバラの花をとても大切に思っているのはね、そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ。(『星の王子さま』サン=テグジュペリ作 岩波書店 より)

ハコネで「星の王子さまミュージアム」に行くということで、『星の王子さま』を再読した。

「かんじんなことは、目には見えない」という有名な文句よりも、そのあとに続くこちらのほうがじんときた。

ここでの「ひまつぶし」は、手間ひまをかけるということ。

大切に思っているからかかわりを持つ。ということは多いけれど、かかわりを持ちつづけていくうちにだんだんと大切になっていく。ということもあるのだ。

ということを、ここ数年の家族との関係の中で知ったところだ。

そして、カメラを持ち歩くようになってから、この世界のことが少し好きになったのは、この世界を見ることに手間ひまをかけるようになったからかもしれない。

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これは、半年前、大学院で写真を専攻しているときに書いたものです。あともう数ヶ月したら、わたしはものを売る人になる。他のひとが手間ひまかけてつくったもの、どれだけ大切に売ることができるだろう。つくる人も売る人も、買う人もハッピーになる「売り方」。手間ひまかけて、考えよう。
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 烏帽子 真理
【5月20日】

「おいしいものについて」 vol.2
好きな人と食べる幸せ


誰かが言っていた。
「趣味は食べること、と言うやつはバカだ」と。彼曰く「食べると言うことは、人間の基本的な営みだ」そうだ。

だから、「食べることを趣味だと宣言するやつは、バカで、睡眠や排せつを趣味だと言ってるのと変わらない」らしい。

人生75年として、1日3回ちゃんと食べたら、人は82125回食事をする機会がある。その中で、人はどれくらい幸福な食事をしているんだろう。「食べる」ことって、命を繋ぐ大切な営みなのと同時に、ココロの栄養補給だと思う。どんなにおいしいフレンチも、一緒に食べる相手を間違えたら、ただの高カロリー食になってしまう。だから、私はできるだけ、好きな人(男女問わず)と食事をしたいし、してきたと思う。

コンビニのおにぎりだって、ジャンクフードだって、私にとっては、人生の中のごちそうだ。

好む食べものはジャンキーでも愛する人たちはジャンキーではないのです。

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 前川 慎司
【5月23日】


G.W.に横浜に行ってきました。
関西人にとって、横浜ってあまり馴染みがなく、「神戸みたいなもん?」ぐらいの印象でしかない。

実際僕も数日行っただけなので、「思っていたより広いなぁ」ぐらいでたいしてイメージは変わっていない。

そんな話を行きつけの美容院でしているとおもしろい話をしてくれた。

60、70年代、横浜は東京よりオシャレな街だったとか。東京の人が横浜に遊びに来て「田舎もんは帰れ」っていわれるくらい。

そんな横浜に、当時の不良と呼ばれる人たちが集まるゴールデンカップというバーがあって(今でもあるそうです。)、そこで演奏する「ゴールデンカップス」というバンドがいた。

60、70年代といえば、グループサウンズが全盛でスパイダースやタイガースなどが代表的だろうか。そんな中、「ゴールデンカップス」もテレビではGSをやって金を稼ぎ、バーでR&Bなどを演奏していたという。

この日本初のR&Bバンドを観に東京から耳の早いミュージシャンがちょくちょく来ては、「あんたらの来るとこじゃないわよ」と追い返されていたという。



そんな「ゴールデンカップス」のドキュメンタリー映画がみなみ会館で上映されます。

「ザ★ゴールデン★カップス ワンモアタイム」

映画自体は、オッチャンの同窓会的なものらしいのですが、当時の背景を知るにはいい映画だそうです。

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 あさひ めぐみ
烏丸日記<焼きそば編>

今日のオススメ
→ふくいの焼きそば その2


なぜふくいが好きか。

それは、待ち時間にある。


まず、お店の前で並んで待つ。長いときは30分とか。

飲み物を注文(意外とキリンレモンが合う)。

「エプロンください☆」 とお願いする。

焼きそば大2人前を注文

お兄さんが、麺と豚肉を鉄板にのせる。

(15分〜20分)

「あぁ、今からこの焼きそばにああなってこうなるんだ」

と期待に胸を膨らませながら、

わいわいとおしゃべりをする。

(※前で麺が焼かれていることなんて忘れてしまうくらい楽しい。)

忘れた頃に、お兄さんが1玉分程のキャベツ投入!

(歓声&撮影)

鉄板からはみ出すぐらいの勢い(※はみ出すのが普通)で一気に混ぜてくれる。

キャベツを入れて2分後。
キャベツいっぱい[ふくい]の焼きそば 完成。



さて、わかったでしょうか?
待ち時間の理由。


[ふくい]
京都市下京区中堂寺櫛笥町7
075-841-7374
火曜休、第2・3月曜日(祝日が重なる場合 第2・3月曜日は営業)

やきそばのおいしさ ★★★★★
豪快さ ★★★★★★
好き度 ★★★★★★
四条烏丸からの所要時間 チャリで10分
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 カナディアン a.k.a. カナズ
【5月26日】

山に登る「謎の白い犬登場」


編集って怖いね。


〜 前回までのあらすじ 〜
山に登ることになった。

三角池は外周が100mもあるかないかの、僕も昔に何度か訪れた小さな池だ。だから、小学2年と3年になる甥っ子が「三角池に行きたい」と言ったときは、久し振りにという気になった。

三角池のあるその山の登り口は、山の中の一軒家の脇にある。カヤかワラのようなもので葺いた屋根。どこまでがそうなのかはっきりしない広い敷地は段々畑になっていて、池には鯉が泳ぐ。水路には水車が周り、その動力で杵は絶えず石臼の中の穀物を叩き続ける。相変わらずそれは、見られることを意識して作ったんじゃないかと思えるほどの完璧な風景だ。余談だがヤマコ(♂)という僕の友人の実家である。凄いよヤマコ。更に余談だが、アクセントは“ヤ”ではなく“マ”でよろしく。

記憶が古くなり過ぎて、獣道みたいな登り口はなかなか見つからない。ふと気付くと、家の方から真っ白な犬がこちらを見ている。じっと見つめ返していると小走りにこちらに寄ってきた、かと思うと、僕らを通り過ぎて山へ入ることの出来そうな一ヶ所で立ち止まった。

次回へ続く。(正直もういいかなとも思う)

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 田口 晴香

【3月22日】

お久しぶりです。最近久しぶりな夢をみました。私はいつも食欲旺盛な時期に突入すると、ある夢を見ます。

それはこんな夢です。

「チョコレート工場に招かれたラッキーな子供達。その内のデブな少年がチョコレートの滝を見て興奮。チョコレートの滝から流れてくるチョコレートを飲もうとした瞬間、ドボンっと落ちて流されちゃう」
何年間も何年間も、食欲旺盛な時期になるとこのシーンが夢に出てくるのです。特に春です。

実は、これは、「夢のチョコレート工場」という子供向けのアメリカ映画で、それは私が6歳の頃に見た一瞬のシーンなのです。友達の家から帰らなくてはならない時間が迫り、結局最後がどうなったか、わからないまま何年間も過ごしてきたわけです。“楽しくて、おいしそうで、怖くて、不思議な映画”、こんな感想。

何年か前に、その映画が一体なんだったのかを探りたくなりました。しかし、そのシーンだけで映画を探すのはとても執念の要る作業でした。レンタルビデオ屋で「このシーンが出てくるんですよねっ」と聞いたら変な顔されるし、題名さえもわからない。とりあえず、チョコレートという題のついている映画を探し続けたあの頃・・・

ふと、思い出したのです。「ワンカ」という単語を。そのチョコレート工場の名前はワンカだ!!!ウンパルンパも怒涛の如く頭の中を駆け巡る。

以下アマゾンから引用▼
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世界中の子どもたちに愛され続ける『夢のチョコレート工場』。1971年の初公開以降、そのおもしろさは今なお色あせることがない。時代を超えて読者を惹きつけるドアルド・ダールの児童向け小説が楽しいミュージカルとなってその魅力をあますところなく伝えている。カーニバルを思わせる色とりどりの見事な衣装に目を奪われ、終始流れる挿入歌「ウンパルンパ」のメロディには思わず口ずさんでしまう。ウイリー・ワンカが行儀よくしろと言っても聞く耳を持たないやんちゃな子どものところに現れては、親のように歌詞に織り交ぜてたしなめる(ウンパルンパ、ドゥンパディドゥ♪)、あのちっちゃなウンパルンパ族のことを誰が忘れられるだろうか。いや、そんなことより本筋に戻ろう。物語の主人公はチャーリー・ブラケットという貧しい少年。憧れの金色のチケットを手に入れ、謎に包まれた夢の王国ともいうべきワンカの製菓工場を見学できることになる。チャーリーのほかに4人の子どもとその親たちも同行するが、4人が皆いいかげんで聞き分けのない子どもたちであることが次々に判明、ワンカを感心させたチャーリーだけが期待していた以上のご褒美を受け取ることになるのだった。しかしそこに至るまでの工場の見学シーンが圧巻。目もくらむようなお楽しみの数々に、ジーン・ワイルダーの卓越した演技が光る不気味なキャンディマン、ワンカの存在感が脅威と狂気をかもし出し、物語のセンチメンタルな甘さをほどよく緩和している。ワンカの工場のようなおとぎの国も悪い子どもにとっては怖い場所に変わるのだ、といった恐ろし気な展開も敢えて意図したものであろうし、それゆえファミリー映画の古典として息の長い作品となりえたのだろう。
(by Jeff Shannon, Amazon.com)

夢のチョコレート工場
監督:メル・スチュアート
出演:ジーン・ワイルダー, ジャック・アルバートソン, その他
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春は近い。おなかがすく。

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 大西 恵子
【3月29日】

「感謝」

お父さんとお母さんの娘に生まれて、わたしはほんとに恵まれているなと、はじめて感じたときのことを覚えています。その時、“これが(誰かの仕業による)「運」だったらあまりにもあっけないし、しょぼすぎていやだな”とも思い、どっとカラダが重たくなるほど、悲しくなりました。

そう感じてからしばらくし、聞いたことがあります。「人は、生まれる前に自分の人生を選択している」というものです。これを聞き、カラダ全部が軽くなりました。“お父さんとお母さんを選んで生まれてきたんだな。わたしの選択だったんだ”と、心の底からうれしくなりました。

二人だけではありません。お父さんとお母さんに出会って以来、たくさんの人々と出会いました。その方々との出会いもまた、自分で選んだのです。そうして、これまでとは異なる感情を抱くようになりました。これまで、折り合いがつかない人を否定し、出会わなければよかった!と歯を食いしばったことが年に何度あったでしょう。けれども今は、すべての出会いに意味があるのだと感じ、(実は)誰しもを自分とおなじに大切に思うのです。100%思い切れるわけではありません。また“いやだな”と思うときもあります。けれども、いやなところはその人の一部分であり、すべてではありません。それに第一、いやと感じるとき、わたしはわたしの物差でその人をはかっているのですから。

「人は、生まれる前に自分の人生を選択している」のであれば、誰しも自分の路を歩いています。選択権は自分にあります。親の敷いたレールのうえを歩いていると言って嘆く人がいますが、それもまた自分で選び、歩いている路なのです。

とはいえ、すべてが決まっているというものでもないようです。大きな人生において、こまかな選択肢があります。どれを選ぶのかは、今の“わたし”によるところなのです。

ある本で、「“選択”と“決断”は違う」と教わりました。「決断」はアタマで考えて出した答えなのだそうです。そのとき人は、何かと何かを天秤にかけ、よりいいほうへ進もうとするのだそうです。いっぽう「選択」は、本当のところ自分はどうしたいのか、その気持ちのむかうままに行動することなのだそうです。

わたしは、ライターを辞めます。文章をお金にかえることが不思議に感じてきたからです。理論的には説明できません、ただ感じるのです。

再就職先を決め、京都を離れ、地元・三重へ帰ります。これは、わたしの「決断」です。ライターを辞めると「選択」したときと異なり、確実に、何かと何かを天秤にかけ、よりいいと思うほうへと進みました。けれども、決断して以来、“こうもできたかもしれない”“仲間と離れたくない、京都にいたい”と、もう後悔の嵐です。今、自分の居る状況を見ず、決断をくだした過去、そして待つ未来ばかりを気にしているのです。前回のコラムで書いたように、“今”を感じて生きたかったわたしと、現状とは、大きく隔たるものとなりました。

そして昨日、やっと天秤を捨てることができました。天秤をつかっていることに気づいたからです。今、自分がどこに居るのかを知ることで、自分をとりもどしました。

「決断」をくだすとき、そこでは「結果」を気にしています。「結果」という概念は、自分がかわいいから発生するものです。いずれ、わたしは何にも執着をせず、自分のすべてを手放せたらと思っています。選択した路を、ただ“今”を感じながら生きてゆきたいです。これは、とてもシンプルなこと。みなさん、1分コラムを読んでくださって、今まで本当にありがとうございました。また、この場を与えて頂いたこと、わたしは本当に恵まれていたと感じます。感謝の気持ちで、いっぱいです。

2005年3月28日
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 新井 葉子
【3月14日】


『春という季節』

昨日はとても寒かった。雪も降った。今日も寒いんだろうか。雪、もっと降ればいいのに。と、思ったりしつつも、何となく春を感じる今日この頃です。

始まりの季節だとか、よく言いますが。去年の今頃も、何だかんだと、もたもたしてて、迷子みたいでした。今とそう変わらないなぁと思います。よちよちと、自分なりに歩いてたつもりだけれど、一体どこへ向かおうとしていたのだろうかと、フと我に返ったり。どこまで走るべきかとか、もっと明確に見えてたらいいのに。なんて思うのも、きっと単なる甘えだろうという自覚もあり。そして、見えてたら見えてたで、きっとつまんないし走ったりしないんだろうなぁ。ただ言えるのは、きっとなるようにしかならないし、なるようになる、という事。

何も無いって事は、何でも出来るって事だ。とか、闇雲に信じたりなんて、あいにく私には出来ないけれど、信じようとしてみる事くらいなら、出来そうな気もする。今居る場所を、自分の居場所に出来るか否かは、当人の意識の問題。つまりは、そう思う事が出来れば、どこだって居場所に出来る。

もたもたよちよちしてばかりだけれど、結局はまた新しく頁を開こうとか、安易にも思ってしまったりする、そんな季節ですね、春。支離滅裂ですが。

ホワイトデーにあたったというのに、全くそのネタに触れずですが、(寧ろ触れないで頂きたい/笑)最後くらいは、少し真面目に書いてみようかと思いました。

コレを書き終えたら、とりあえず、明日の事を考える。うん。

BGM:BUMP OF CHICKEN 「ロストマン」

状況はどうだい 僕は僕に尋ねる
旅の始まりを 今も思い出せるかい

選んできた道のりの正しさを祈った


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 中林 美果
【2月10日】

先週、京都御所が積雪で真白な雪化粧姿となっているのを見て私がどうして京都の学校を志望したか思い出した。私は約10年前の冬、同じ光景を見たのだ。

それは早朝の出来事で、誰の足跡にも侵されていない一面に広がる真白な雪景色。小学生の私を魅了するには十分過ぎた。年に1度、見ることが出来るかできないか解らない雪景色の京都。少しでも多く見たい、そう感じた。しかし、京都という地に振られつづけ、現在も京都とは言い難い地域に通う中、忘れてしまっていた。

「人は一生に何回、桜の花を楽しむ事が出来ると思う?」

そう言ったのは中学時代の恩師。人は何十年も生きている中で、何度と無く春がくると桜が咲くことを学ぶ。しかし、言い換えれば春にしか咲かないのだ。日本の平均寿命が男女約80歳で世界的に長いとしても、桜は80回しか見ることが出来ない。これは他の事、全てに置き換えられる。


なんて、ちょっと堅い話になってしまってすみません。就職活動という見えない敵を相手にしていると、幻想を見るようで…。でも、自分が本当に何をしていきたいのかを考える上では譲れないものがそこにはあると思ってみたり。昨日、長岡天満宮でひっそりと咲く可愛らしい梅の花を見ました。人は何かに追われてしまうと、こういった些細なことに気を配れなくなると思うのです。どんな事があっても心に余裕を持ちたい、これが今の私の1番の目標です。忙しいとは思いますが、たまにはゆっくり空でも見てみて下さい。意外な発見があるかもしれませんよ!

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 西片 友樹
【2月1日】

ある日の撮影

×月×日、すっぽんラーメンで有名な「太尊」にネット動画の撮影へ。ついたらすぐ店長に段取りを説明して撮影の準備に取り掛かる。店の奥では巨大なすっぽんが泳いでいる。とりあえず「食用ですか」と聞いてみる。「ペットです」と店長。店長が指を水槽のガラスに這わせると、すっぽんはどこまでも指についてくる。最初はなついているのかと思ったが、指が鳥のささ身に見えるからとのこと。少し淋しい。すっぽんラーメンのスープには朝鮮人参も入っているらしい。スープ用のずんどうを覗くと、確かに朝鮮人参らしきものが浮かんでいる。すっぽんもいい感じの姿で浮かんでいる。ちょっとグロテスク。撮影後にラーメンをいただく。醤油ベースのスープはあっさりしていてクセがない。全部飲みほす。店長が抱くすっぽんと宝塚歌劇団への熱い想いを聞いた後、店を出る。

こんな感じでいろんな店の撮影をしてきましたが、来月で動画スタッフを辞めることになりました。これから、ある映画の助監督見習いとして撮影現場で働きます。働く予定です。次にコラムを担当する時は撮影現場のことを書ければいいのですが。では、またその時までごきげんよう。

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 小西 由希
【11月24日】

  ガッツの巻

熱気のこもった体育館、或いは炎天下のグラウンド。汗をしたたらせて「いっぽーん!!」と叫ぶマッチョがばばーん!「ガッツ」という言葉はまるで象形文字のように、スポ根映像に直結します。それはウルフルズの名曲“ガッツだぜ!”の歌詞そのまま、“パワフル魂”や“ど根性”など、熱いファイトを意味する言葉。「ガッツ」の語源は何なのでしょう?

答えは字ずらのまま、英単語にありました。英語の「guts(ガッツ)」がそれです。この「guts」は「gut(ガット)」の複数形。gutは腸を意味するので、複数形のgutsは腸を含む内臓や腹わたの総称として使われます。

「肝っ玉が大きい」や「腹がすわっている」という慣用句にもあるように、日本人にとって“腹の内”とはどこか度胸や根性と結びつく言葉。gutsが「腹」や「肝」などと和訳されたとき、サムライスピリットあふれる日本人はそこに度胸・根性を見出し、定着させていったのですね。

「ガッツがある」と言われるのはほめ言葉、体育会の私にとってはうれしい限りです。けど“ガッツだぜ!”が韓国とかで“腸だぜ!”って直訳されてCDになってたら嫌だなぁ。

「ガット」で思い出すと言えば、テニスラケットの網の部分。これも実は「gut」が語源で、ガットは最初、羊の腸から作られていたそうです。クラシック・ギターなどナイロン弦のギターをガット・ギターとも呼ぶのは、昔、弦に羊腸を使っていたことの名残だとか。


 
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