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おのぞみドットコム教授の扉>立命館大学 津田正夫先生(1)
メディア側の人間が、地元の人と協力して番組を作っていくという姿勢がとても大切なんじゃないでしょうか。津田 正夫先生
津田先生は、放送メディアに対する市民のアクセスの権利と行動を研究テーマとしており、日本では未開拓の分野です。情報化社会に不可欠な、メディア・アクセスの権利の調査・研究を行い、市民が主体的、理知的にメディアを利用できるような「情報市民社会」を目指しておられます。アメリカではコミュニティの市民が700ものチャンネルをもつほど、メディアを使いこなす能力が高まっている現状があります。日本においても、テレビ放送のデジタル化やコミュニティFMの普及などによって、メディア・アクセス行動ができる条件が広がりつつあります。積極的な海外視察を通じて、さまざまなアクセス行動の実態と政策的課題を研究してゆくとともに、市民団体を設立して一般市民の情報利用能力の開発に取り組んでおられます。

学生に対しても、単なる知識だけでなく、現実のメディアに積極的に関わることを義務付けており、ゼミ生を中心にして京都三条のコミュニティFMで番組作りなども行われています。今回は、メディアの役割とは何か、現在の課題は何かなどをお聞きしました。




Q、まず、NHKに入られた経緯を教えてください。

僕らの小さい頃は、テレビなんてあんまりなかったんですよ。皇太子のご成婚とか、東京オリンピックというような大きなイベントのある時は、電気屋さんの前に群がって見ていましたね。卒業して、新聞社に入ろうかと思ったけど、あっちは競争率が500倍だと聞いた。NHKはというと300倍。それなら、こっちのほうが楽なのかなぁと(笑)。学校では絶対教えてくれないような、世の中のドラマや仕組みを教えてくれるドキュメンタリー番組が大好きだったから、自分もそういうものを作れたらいいなと思っていました。


Q、NHK時代はどのようなお仕事をされていたのですか?

まず1966年に入局してから2年間はアナウンサー。'68年からは報道部のディレクターになりました。転勤していきますが、地域のくらしや文化、課題を基にした番組制作をする仕事です。’87年からは朝の『ニュースワイド』のデスク、そして’90年からは衛星第一テレビのデスクとして立ち上げに関わりました。この時は予算が全くなくて本当に苦労しました。衛星放送のスタッフは頭をひねって、パリーグの試合をノーカット・フルタイムで放送することをウリにしたり、大相撲の中入り前の熱戦を中継したり、外国のマイナーな映画祭で映画作品を買い付けたり、けっこうしんどかったですねぇ。その代わり世の中に隠れている面白いネタにたくさん巡り会いましたけどね。そして’91年からはプロデューサーとなり、新しい番組開発に携わりました。テレビの仕事は、会いたい人と会うことができたり、面白い企画を持ってる人間がたくさんいる中で仕事ができたりすることは、本当に楽しかったですね。


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【プロフィール】
津田 正夫
(つだ まさお)

立命館大学 産業社会学部 産業社会学科情報メディア学系

1943年金沢市生まれ。‘66年京都大学経済学部経済学科卒業後、NHKに入局。報道番組ディレクター、プロデューサーなどを29年間勤める。

その後、東邦学園短期大学などを経て、2002年から立命館大学産業社会学部教授をつとめる。著書に、『メディア・アクセスとNPO』(リベルタ出版、2001年)、『パブリックアクセスを学ぶ人のために』(世界思想社、2002年)、『テレビ・ジャーナリズムの現在-市民との共生は可能か』(現代書館,1991年)がある。




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