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おのぞみドットコム究極の絶景>第2回 広沢池の夕景
広沢池の夕景 広沢池の夕景

いにしへの 人は汀に影たへて 月のみ澄める 広沢の池 (新千載集  源三位頼政)  あれにける 宿とて月は 変わらねど 昔の影は なほぞこひしき (風雅集  薩摩守平忠度)


平安の末期、源氏と平氏を代表する二人の武将が詠んだ歌だ。当時、この池のほとりには月見堂が設けられており、彼らの他にも、数え切れないほどの武将や歌人、僧侶が優雅に月を眺め、筆を走らせた。

おこりは平安時代の989年。宇多天皇の孫である寛朝僧正が、遍照寺という寺を建立した。その際に庭園の一部として作られたのがこの池だ。

歴史の流れの中で、寺は荒廃し、月見堂もなくなった。しかし月の輝き、その美しさは変わることなく僕らの心を打つ。この池の魅力はそれだけではない。朝もやのかかる早朝、ぼんやりと向こうに見える山々と、その脇の田園風景を眺めると、現実と空想の境界が曖昧になる。街の景色が頭から消えてゆく。夕暮れ時には湖面がオレンジ色や紫色に変わり、自然の不思議さ、美しさを改めて意識させる。反面、昼間はのんびりとした広いだけの池で、目をやる人は少ない。

時間によって、季節によって表情を変える広沢池。その表情の多さがそのまま魅力につながっている。広沢の池に限らず、僕らは場所の価値を、その表情の豊かさで判断している。京都に惹かれる人が多いのも、この場所が日本で最も春夏秋冬を感じさせる場所だからではないだろうか。

ひるがえって、僕らは人や自分の魅力をどのように感じ取っているだろう。単なる一面だけを見て、その人のことを判断していないだろうか。

「自分はひとつ」と思いこんでいる人は多い。「あなたはどんな人ですか?」そう聞かれて、答えがすぐに出てくる人がいる。だけど考えてみてほしい。誰といるか、どこにいるかで当然、自分はいくつも存在する。親の前の自分と、職場の自分と、友達の前の自分がそれぞれ異なるように。明るい自分も、暗い自分も、輝いている自分も、そうでない自分も、生きていれば顔を出す。でも、そこから逃げてはいけない。どんな表情も、すべてひっくるめて自分なのだ。

世の中にあふれる「本当の自分」とか「自分探し」などという言葉は、自分がひとつであるという考えから始まっている。そんなものは、探しても絶対に見つけられない。あなたは決して、ひとつではないからだ。

自分の中にさまざまな面があること、それは決して悪いことではない。たくさんの自分の中に少しでも輝く自分がいれば、人は目に止め、愛してくれる。あなたが元々持っている、様々な表情を隠さずに生きよう。笑いたい時には笑おう。泣きたい時にはがまんしないでおこう。表情が豊かであることは、人間として魅力あることなのだから。



 
 

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